第33話 檄を飛ばす
文字数 2,489文字
残っていた数人が部屋から出てきて、サトミにニヤリと敬礼した。
「準備は?」
「抜かりなく配置しています。」
「よし!てめえらヘマして逃がすなよ。」
「ハハッ!ヘマする奴ぁ、この隊にはもう生きてませんぜ?」
「言ったな、マッスル。少し食って出る。何時だ?」
「5時20分です。日没、6時35分。」
マッスルが、携帯食と1ポンド(約500g)入りの砂糖とペットボトルの水持ってくる。
隣の応接室に入ってサトミが受け取り、立ったまま食べ始めた。
砂糖は袋の端を噛みちぎり、そのまま口にザッと流し込む。
「40分に出る。ジョークと繋げ」
デッドがテーブルにあるパソコンを開く。
画面には、音声のみで何も映っていない。
『ハーイ、隊長。何でも言いな』
「ジョーク、増援やられたのは隣も知ってるはずだ。
さらなる増援の出方を見ろ。
無人機はどうか」
『無人機、今のところ無い。ドローンの有無は監視中。
隣から車が2台、ミルドの西、ロンドとの最短距離国境際にいるが、越えてはいない、
目標の車2台は、4時過ぎにモーテル出たのを確認。今日は雲が多い、解像度が落ちる』
「わかった。国境警備隊を呼べ、増援なんざ国境越えた途端、全部捕まえてやらあ。
だが、恐らく奴らドローン飛ばすぞ。
無人機の警戒から、小型ドローンの警戒に切り替えて重点を置け。
すでに何人か入り込んでいると考えるのが自然だ。」
『承知、本部に連絡する。
あと小型ドローンの警戒、ポイント近くに走らせて準備させてる。
トレーサー、隣の動きが止まった。ピーパー、指定ポイント到着次第、偵察ドローン飛ばせ。』
トレーサーとピーパーは、ジョーク班のドローン担当だ。
パソコンの中のジョークの指示を、サトミが画面を見ながら携帯食をモリモリ食う。
ゴクンと飲み込み、水を飲むと口を開いた。
「トレーサー、ミルド国境とロンド間は距離が短い、侵入者と鉢合わせないよう注意しろ。
撃ってきたら撃て。車載カメラ向けるの忘れるな。だが、積極的に接触する必要は無い。
ジョーク、目標の通信領域の把握は出来たか?」
『奴らの行動開始と同時期に、民間イリジウムの通信を頻繁に把握した』
「この町でイリジウムなんか使ってる奴ァいねえよ。
郵便局、ポリスもみんな軍の衛星だ、接触と同時にジャミングかけろ。
キシシシシ……奴ら慌てやがるぜ。
ジョーク!通信オープンだ」
『オッケー、カモン』
「トレバー!隣から出てきたぞ。
セカンド4人選抜してドローン対策へまわせ、ロンド郊外のミルド西側で待機。
目視警戒、トレーサー組と連携、ジョークからの情報にも注意しろ。
ミルドの荒れ地で撃ち落とせ、ロンドへのドローン侵入は阻止だ。侵入許したと思われる場合速やかに報告。
敵のドローンは恐らく機銃もしくは爆発物を積んでる。
一般家屋に間違っても被害を出すな。
騒ぎがデカくなると、こう言うことにはマスコミ野郎が沸いて出る。
公表されると後々の取引に支障が出る。
ドローン落として目標の増援を断ち切り、奴らを孤立させろ。」
『イエス、国境側A班向かえ、B班援護。空を飛ぶ奴見つけたら鳥でも何でも撃ちまくれ。
発信源探査はどうします』
「探査はトレーサーとピーパーに任せている。セカンド国境班はジョーク班の指示に従え。
いいか!ドローンには国の名前が書いてある訳じゃねえ、隣はなんとでも言い訳をする。
国境で先に手を出すな、勝手な行動はするな。
ホーク、ライン、定置に付いたか。
目標のスナイパーは光学迷彩使っている。
ホーク、以前殺し損ねたからってホットになるなよ」
『イエス、アイスホークと呼んで下さい』
「よし、良く聞け野郎ども!
もう一度言う、一般市民への被害を出すな!
逐次報告、考えて動け、柔軟に対応しろ、だが勝手に動くな!
目標は殺すな、だが生きてればいい。
お前らは目標確保に全力で集中しろ。
グリズリー女を見ても単独で積極的接触はするな。女は早い、お前らでは追えない。
奴の相手は俺がやる、お前らは逃げろ。これは戦術的回避だ、無駄に死ぬ必要は無い。
いいかみんな、できるだけ捕虜を増やせ、戦中の殺しより戦後のスパイの方が分が悪い。
捕虜交換に奴らをマジにさせろ、捕虜の増加は掴まった情報部を無傷で返せとの無言のメッセージになる。
ボスは気にくわねえ奴だが、情報部はこの国のために命がけで生きている奴らだ。
奴らを殺すな、情報部の見知らぬ仲間を俺達で救うんだ。」
『『 イエス!隊長! 』』
「諸君の健闘を期待する!」
サトミがドンと水を置き、その場にいた部下たちに敬礼する。
モニターの向こうのジョークたちや、自分の持ち場に散らばった者達がキャンプに向かって敬礼する。
サトミにデッドたちが敬礼し、心が沸き立つのを感じた。
これだ、ジンにはこれが無い。
ジンの元では、自分たちはただの殺し屋になってしまう。
やはり、この隊にはこの人は必要なのだ。
夕暮れの中、キャンプの家のドアを開ける。
クルリと身を返してピンと手先までそろえ、緊張した面持ちで敬礼してドアを閉めた。
ベンの所に行くと、ラジオを消して鞍のバッグに入れ、庭を引いて出る。
ベンに乗って、軽快にいつものように小走りで家へと向かった。
「明日の朝、ミサトと何食おうかなー」
ベンの走る、規則正しいリズムが心地いい。
ふと、サトミが右に手綱を引いた。
キュンッ…ビシッ!
後方の地面に、鋭い音が走る。
わざとらしく振り向いて首を傾げ、また走り出す。
郊外は家もまばらで、空き屋が多い。
サトミの周囲に護衛は見えなかった。
「何だ?風に流れた?」
少し斜めに傾いだビルの、ベランダ側の壁が壊れて見晴らしのいい一室で、アンソニーがふと顔を上げSV-98ライフルの廃莢(はいきょう)を行う。
多少斜めになっているのが平衡感覚を狂わせるのかもしれない。
こんなビルでも、人が住んでいることにビックリした。
メレテは一般人の暮らしぶりが最悪だ。
周囲の国に戦争仕掛ける国らしく、軍ばかり強くて負けも認めないズルさでいまだに謝罪もしない。
クソみたいな国だ。
賑やかで明るく自由なアルケーに早く帰りたい。
そろそろ援護のドローンが来る時間だ。
顔を上げて、国境側の空を見た。