第4話 背中に棒のガキ
文字数 2,966文字
憎しみを募らせ、いつか復讐をと考えてきたのだろう。
「なあ、誤魔化しても無駄さ、あいつが軍辞めたことくらい知ってらあな。
まあよ、辞めたってのが大笑いだぜ、俺も情報屋から聞いたときマジ信じられねえって思ったもんさ。
ちっこいクセに、副官を秒で殺してこの俺を一発で沈黙させやがった。
しかも、素手でダゼ?
よお、ひっでえだろ?見ろよ。俺はあばらが3本ひしゃげて、ショックで一時心臓が止まって、そりゃあひでえ目に遭ったぜ。まるで爆風受けて吹っ飛んだ気分だ。
内蔵全部破裂したかと思った。
脱走どころじゃねえ、獄中で歩き回れるまで半年以上かかったんだぜ?」
シャツを上げると、筋肉が落ちて痩せこけた腹の肋骨がいびつにへこんでいる。
よく死ななかったと思わせる傷跡だった。
「ふうん、可愛そう…ダーリン」
「ああ、あんな化け物だ、あんたらが野放しにする訳ねえだろぅがよ、軍の上の奴なら知ってるだろぉ?」
「知って、どうする」
「そりゃあ!挨拶に行かなきゃ失礼だろ?
あん時俺を生かしてくれたお礼もしなきゃよぉ。
おかげで俺がどんな目に遭ったか、ボコボコにして存分に教えてやりたいと思ってな?
え?知ってる?」
制服の男が大きく息を吸う。
折れた歯を血と一緒にペッと吐き出し、下から睨めつけた。
「知らんよ、少年兵なんかその辺にうじゃうじゃいる。」
「あ、そう」
パパンッ!!「ぐあっ!」
女が右足を撃ち、銃口を更に左足に向ける。
「ピンときたんだろ?教えてくれなくてもよぉ、俺は構わねえぜ?
ヒヒッ!俺はいいんだがな、この女が我慢できなくて引き金引くだけだ。」
制服の男が、絶望感に誰か生きているものはいないのかと視線を巡らすと、近くに倒れる兵の銃が、いきなり宙に浮く。
驚いて、目をこらす。
足音が、近づいてくる。
良く見ると、チラチラとそこの部分だけ景色が揺れ、下から2本ブーツが歩いていた。
数回、それがチカチカときらめき、そしてようやく姿を現す。
その少し疲れたような若い男はライフルを下げ、すっぽりとフード付きのコートに身を包んでいた。
コートの男はため息をつくと、手錠の男に拾った銃を渡した。
「相変わらず敵には非情な人だなー、エンジェルのくせに。」
エンジェルと呼ばれ、ガレットがいきなり女の腰に差したハンドガン取ってコート男にバンバン威嚇して乱射する。
「てっ!めえ!!俺はガレットだ!!……俺のミドルネーム今度言ったら殺す!」
「ハイハイ、あー、みんな待ってますぜ?」
「そうそう!みんなで飲もうよ!
ねー、ダーリン、あたしずっとずうっと待ってたの、寂しかったわあ。」
「すまねえなぁ、イレーヌ。相変わらずお前は魅力的な女だぜ。」
イレーヌがガレットに抱きついて、キスを何度も交わす。
「あー、ガレット。すいませんけど、逃げてますぜ?」
「え?……あー!逃げた!」
制服の男は、必死で足を引きずりながら、隣の車に乗り込もうとしている。
「逃げるな!」
パンパンパンッ!
キキンッ!
ドアに当たって、運良く辛うじて乗り込む。
「あら、いやだ。やっぱりコロしとけば良かったわ。
あたしの若い頃はさ、さっぱり狩ってこんなヘマなんてしなかったわよ。]
「イレーヌ、いいから捕まえてこい。」
「了解」
女がダッシュして急発進する車を追いかける。
早い!
「一体何だ?!サトミ・ブラッドリー並みに早い!こんな奴が他にもいるなんて!」
人並み外れた足の早さに、バックミラーを見て制服の男が焦ってアクセルを踏む。
パパンッ!パンパンッパン!
女がタイヤを狙うが、弾が通らない。
バックウインドウから運転席を狙ったが、防弾で跳ね返された。
走りながら、ウエストポーチをサッと開ける。
中からピンクに塗った手榴弾を取ると、ピンを抜いて思い切り車に投げた。
「キャハハッ!!逃げちゃ駄目よ!」
ゴンッ!
ボンネットに手榴弾が落ちてきて運転席側へとバウンドする。
制服の男が焦って、思わずハンドルに伏せた。
バーーーーーンン!!
手榴弾が爆発して、フロントガラスが真っ白に一面にヒビが入って砕ける。
車が大きくハンドルを取られて、道を外れて止まった。
女がドアを開け、中から血だらけの制服の男を引きずり出すと、襟首掴んで引きずって、小走りで戻りながらガレットに手を振る。
「ダーリーン!つかまえたよー!」
「あーーー、イレーヌ、お前〜」
ガレットが慌ててよろめきながら駆け寄ると、制服の男は至近距離の爆発ですでに命を手放そうとしている。
「ちょ!ちょっと待て!あのガキのいるとこ喋ってから死ねぇっ!!」
襟首掴んでガクガク振ると、制服の男がふと意識を取り戻し、血を吐きながら力なくニッと笑う。
「じ……自分で……探…せ……」
そう言って、ガクンと力を失った。
「くそっ!ケチ野郎!!」
地面に叩きつけ、天を仰ぐ。
コート男が、横から首を傾げて聞いた。
「あん時のガキですかい?」
「そうだよ!あいつグチャグチャに殺してからじゃねえと、俺はアルケーには帰らねえ。」
「あー、妙にカンのいいガキでしたねえ、あいつの指示でスナイパーが突然こっち狙ったときは焦りましたぜ。
俺は顔と肩やられました。
ほら、頬の傷が引きつっちまって、いっつも顔半分笑って見えるから、グリンソニー(にっこりソニー)ってあだ名ついてちっとも面白くねえ。」
みんなあの時の作戦でボロ負けして、満身創痍だ。
仲間はほとんど死んで、現場にいたのはガレットとアンソニーしか生き残らなかった。
ガレットがアンソニーの肩を叩いて、ギュッとハグする。そして優しい言葉をかけた。
「アンソニー、お前が無事で良かったぜ。お前は俺の大切なコマだ、お前が生きてねえと始まらねえ。
なあ、お互いひでえ目に遭ったな」
アンソニーが、ため息を付いて顔を上げる。
「まあ、しかし…あの黒い戦闘服の部隊は何でしょうねえ。
所属イニシャルも記章も何も付けてやがらねえ。
ただ、メレテの第一師団のマークだけだ。
それに……あいつぁ、下っ端の少年兵には見えませんでしたよ?
顔は見えなかったけど、ちっこかったからいくつくらいでしょうかねえ……
3年前で10才くらい?んー、ガキの年齢はどうも苦手です」
「そうだなあ、ただの、チビの大人?」
「まあ、どっちにしても、戦後だから派手に殺しやると問題になりますよ?
お父上にご迷惑かからねえですかね」
「へっ、そんなヘタな殺しやるかよ、テキトーに犯人役殺して転がしとけばいいんだよぉ」
「あー、あたし、そいつと闘いたかったわ。あたし、子供大好き!可愛い子だったらいいのに、会うの楽しみだわ」
ライフルを肩に担ぎ、アンソニーが目をそらす。
自分は、本心を言えば2度と会いたくない。
でも、ガレットが会いたいと言えば会わなくてはならないのだ。
「メレテにいる情報部にこの辺の事情知ってる奴いるから、見かけなかったか聞いてみます。
装備に特徴があるから、意外と知ってるかもしれねえし。
とりあえず、デカい町に移動して再会の祝杯挙げましょうや。
カネ、父君から預かってきています」
「おう!酒飲んで騒ごうぜ!あーーーー!やっとこれで窮屈で臭え収容所の禁欲生活とはおさらばだ!
長かったなーーー!!」
コートの男が無線で連絡すると、しばらくして仲間の車が走ってくる。
男たちはパンと手を合わせて、ひどく楽しそうに笑い合うと、町の方角へ向かって走り始めた。