第36話 新人達の焦り

文字数 3,168文字

サトミがニヤリと笑って左を見る。
ふと、左手で腰のナイフを取って、顔にかざした。

キンッキンッ!

銃弾が音も無く飛んできてナイフで弾く。
新手だ、誰かはわかる。
まだ遠い。

女だ。

ターン………ターーン………

ラインの射撃音が聞こえる。
遠方の殺気が消えた。当たったか、逃げたな。

「ベン、お前テキトーなとこに隠れてろ。
呼んだら来いよ」

「ニンジン5本」

「はぁ?何でそこでニンジンなんだよ?!いい!何本でもくれてやる!」

「よし!」

「変な物食うなよ?」

「うん」

サトミがナイフと刀をしまい、ベンを降りた。
ベンは路地に入って見回し、ドアの無い廃屋の納屋に隠れる。
顔だけ出して、歯を出して見せた。





イレーヌの部下で、一人で行動するティーがセカンドに追われる。
先ほどから撃ち合っていて、ティーが気がついた。

あいつら、しつこく追ってくるクセに、挟み撃ちに遭っても銃を撃ちながら突破出来た。
こっちは構わず撃つが、向こうは撃つことに躊躇している。
当たってもボディアーマーだ。
殺す気ならとっくに終わってるだろう。
俺を、殺す気が無い?生け捕りする気かよ。

ティーがほくそ笑んで通路を進む。
彼のミッションは陽動だ。人を惹きつける数が増えればそれだけ成功したことになる。
一人は動きやすい、せいぜい粘ってやるさ。
切羽詰まった気持ちに少し、余裕が出来た。

その彼の舐めた態度に、イラつく一人の隊員が班長に食ってかかる。

「なんで撃たないんです?!たった一人に俺ら舐められてますよ?!」

「うるせえ、少し考えさせろ。くそ、殺すなの命令受けてるのに気付かれた。
時間が勝負だったのに、スゲえやりにくくなったぞ」

挟み撃ちを突破されるとは思わなかった。
敵は同じ殺し屋長くやってるだけあって新人をぱっと見抜きやがった。
引き金引くことに躊躇(ちゅうちょ)するイアソンが、棒立ちでやり過ごした。

「あの野郎、拳の一つも出さねえ、出せねえんだ。とにかく身体が動かねえ。
この隊にいて、瞬時の対応が出来ねえ奴なんて初めてだ。
スカウトは何見てスカウトしやがったんだ?」

班長が、イライラして足を鳴らす。
その言葉をエリックが耳にして、立ちすくんでいるイアソンの腕を掴んだ。

「行こう、俺達で捕まえればいいさ!」

「でも、命令が……」

「いいから!これから先、死ぬまで便所掃除が仕事になっちまうぞ!」

イアソンが息を呑み、小さく何度もうなずいた。
頭を抱える班長を横目に、そっと路地を走り出す。
銃声のする通りへと飛び出した時、ティーと鉢合わせた。

「あっ!」「えっ?」「わあああああっ!!!」

エリックが思わず銃の引き金を引く。
ティーがその銃口を銃で跳ね上げ、拳でアゴに一発アッパーを入れた。
エリックがノックアウトされて昏倒すると、ティーがイアソンに銃を向ける。

反射的にイアソンも銃を向け、互いに至近距離で引き金を引いた。

タタタンッ!!タタタタンッ!!
タタタタタタタタタタタ!!

イアソンが胸から腹に渡って衝撃を受けてひっくり返り、真っ白になっていた頭が、ふとアーマーに守られていることに気がつき正気に戻る。
目の前のティーが、肩から血を吹いて地面に倒れていた。

「はあはあはあ」

イアソンは、自分の呼吸の音だけが頭の中に響く。
自分が生きている喜びよりも、「生け捕りにしろ」その言葉が遠く耳に響いた。

「この馬鹿!どけっ!」

追っていた班の一同が、駆け寄ってきてティーから銃を取り上げ、起き上がろうとする彼を拘束する。
地面にサッと血が広がり、隊員の一人がパッドを取り出し押さえて止血する。
あっという間にパッドが膨らみ、真っ赤に染まった。
一人がイアソンを冷たく見る。

「なんのために俺達が追い回してたと思ってんだ!!囲えば逃がす、追わせればこの有様かよ!」

「出血が止まらねえ、まっずいぞ、これ」

「トレバーに連絡……いや、オープンコールで総隊に直接連絡入れる。イアソン、お前が殴られろよ!」




銃声の方角を振り向く。
いっそう激しく撃ち合いの音がして、そして止んだ。
サトミがヘッドホンのズレを直し、ベルトを少し締めた。

『総隊!セカンドC、D班です。女の部下NO.3一人確保、目標連れていません。
負傷、あの……重傷、重傷です!すいません!今はまだ意識はあります』

「回収班回す。部位はどこか、体幹か?出血は?」

『すいません、新入りが至近距離から肩撃ち抜きました。出血多いです』

「謝罪は不要だ、出来るだけの止血しろ。受け渡しにC班残してD班はNO.1、2の現場に移動。
ジョーク、回収班をNO.3の元に回せ、師団のヘリ到着次第病院へ輸送」

『承知、ヘリはすでに師団を出ている。NO.3を病院に受け渡し次第、郊外の接触予定ポイントに回送する』

イレーヌの部下、ティーが早々に掴まった。
重傷か、まあ運がよければ生き延びる。運が悪けりゃ死ぬだけだ。

続けてセカンドをまとめるトレバーから連絡が入る。

『NO.1、2が乗ってた川近くの車確認、中は無人。
二人の確保はまだです』

「グズグズするな、ご近所の方々にご迷惑だろうが!」

『殺っていいなら終わってるんすよねえ。』

「てめえ、たった二人の確保も出来ねえで部隊名名乗るな!」



トレバーが、サトミの怒鳴り声に顔をしかめた。

「んなこと言っても俺達殺し屋に、元々この作戦は無理でしょーが」

『なんだって?!』

「なんでもないっす〜」

サッと切って、トレバーがブツクサぼやく。
一人重傷とか、マジで笑いぐさだ。
確実に捕まえるつもりで、一人を8人で追わせたんだぞ?
やたら弾持ってるし、同じ殺し屋だけあって姿を隠すのが上手い。

「あの新人全然使えねえ。クソッタレ、スカウトは何見てんだよ」

新人の評価がダダ下がりだ。
その時、セカンドの連絡無線にスナイパー確保に向かった班から連絡が入った。

『スナイパー1名ウィルが確保しました!目標と女の姿ありません!
スナイパーは負傷。足貫通、止血してます』

「了解、収容班回す。止血して受け渡しまで残れ。ウィルはエリックたち新入りと合流しろ。
新人ども、総隊長の援護に回れ。女は早い、お前ら援護して総隊のご機嫌取れよ」

『あ、はい。わかりました』『わかりました!ありがとうございます!』

イアソンは、酷く焦った声を出す。
トレバーが、暗い顔でフッと笑うとサトミに通信を開いた。

「スナイパー確保しました。足を負傷、止血中。回収班よろしく。目標と女は見当たりません、以上」

『了解、回収班回す。ジョークにポイント発信しろ。
グズグズするな、トレバー。脳みそ動かせよ!』

「了解」



トレバーがさっさと通信切った。
サトミがチッと舌打つ。

まあ、セカンドは敵に合わせて3手に分かれて対応する分人員が少ない。
ファーストは、ガレット探しで町中走り回っている。
こんな作戦、元々タナトスの面々には不慣れだ。
何故ファーストを探索に回さなかったかは、隣国から一般人を装って進入してきていることが予想されるからだ。
一般人か、隣国の兵か、瞬時に見分けるのは困難だ。
自分たちは今まで、そんなことお構いなしに撃ってきた。
これからは、それでは駄目なのだ。
だからこそ、セカンドでは経験不足とサトミは踏んだ。

ふと、顔を上げた。

背後から、感じる。
女がゆっくり近づいてくる。


「ああ……なんてことだろ。こんな子供が殺しをやるなんて。」


馬を降りたサトミは小さい。
15には見えないだけに、余計に女は哀れな声を出す。

「この国はなんて酷い国だろう。坊や、おいで、アルケーにおいで。」

まるでセイレーンのように、路地の暗がりから不気味にサトミの背後からささやきかける。
サトミがククッと笑い、くるりと振り向いた。

「やれやれ、やっと出てきやがった。待ちくたびれたぜグリズリーババア。」

「あら、ひどいわ。ババアなんて言葉は誰が教えたのかしら。
そんな汚い言葉を言う子はお仕置きしないとね。」

女の声が、高く路地に響いた。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


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