第22話 ガレットの怨念
文字数 2,852文字
ガレットはアルケーの通信ルートを使い、父親に増援を依頼するが満足のいく人員を許可してくれない。
「だからよぉ!ガキ殺ったら帰るって言ってるだろぉ?!」
何度も同じ事を訴えても、父親はガレットの執着をよそに、大きな案件の前に早く帰るよう伝えてくるばかりだ。
結局、退避に足る数だと追加の人員4人しか許可してくれなかった。
それで、彼も諦めるだろうと親心かもしれない。
しかし、彼はそれでもあきらめなかった。
電話を切って、乱暴にテーブルに放る。大きく息を吐き、ウォッカをグラスに注ぐ。
「くそぉっ!!誰が帰るかよ!せめてあいつを確実に殺さねえと気が済まねえだろぉ!
アンソニー、アーガイルの女は結局どうなったんだ?」
アンソニーが、思い出したように口を開く。
バタバタして、伝えるのを忘れていた。
「ああ、あれ、どうも戦中からあの町にいるそうですぜ。
と言うことは、どうも探してるガキと違うみたいですねえ。」
「はずれか〜、何で棒しょってる奴が多いんだよこの国は」
ハアッと大きくため息付いて、グラスのウォッカを一息にグッと飲み干した。
見つからない、見つけてもタチが悪い方に向かう。
そして結果はこれだ。
「一体この国はどうなってんだ?化け物ばかり生まれやがる。」
「あら、あたしもそう言われてたわよ。だから18になったらすぐ軍に入っちゃったわ。」
イレーヌが酔っ払いの言葉にふいと顔を背ける。
ガレットが慌てて彼女の手を取った。
「違う違う!全然違うだろ!なあイレーヌ、お前はすこぶるいい女だ。
別格のクイーンだぜ、アルケーのワンダーウーマン。お前がいたから我が国は勝利したんだ。
俺の勝利の女神。」
「まったく、口が上手い男」
苦笑して二人、キスを交わす。
ガレットが、唇を離して見つめ合い、イレーヌの髪を優しくかき上げ頬に手を当てた。
監獄での年月は、10倍長く感じられて気が狂いそうだった。
父親は心配するが、あんな所に帰る気はサラサラない。
「こんなカスみたいな国がお高くとまりやがって。デカい爆弾作って一掃しちまえばいいのさ。
あのガキ殺してさっさとおさらばだ。」
「物騒な人ね。フフ……」
もう一度キスを…二人が唇に触れたとき、テーブルに置いた電話が鳴った。
「俺が取る」
傍らで二人の様子を眺めていたアンソニーが取ると、神妙に聞いて明るく表情を変えた。
イレーヌにうなずき、電話を渡す。
「棒のガキ、見つかったみたいだぜ?」
「ほんと?」
イレーヌが、電話を受け何度もうなずいている。電話を聞きながら、ガレットに親指を立てた。
「……よし、折り返しかける。指示を待て。」
そして電話を切ると、ガレットに抱きついた。
「見つけたって!戦後帰りの棒持ったガキ!
なんでもこの隣の郵便局で速達の配達やってるらしいわ!
強盗たちの間でついたあだ名が『半殺し野郎』半殺し?なんでだろ?!
キャハハハハ!!マジビンゴじゃない?」
ガレットの顔が、喜びと憎しみでつり上がった。
「よーっし!こんな所にコソコソ隠れてやがった!どうしてやろうか。」
「デリーとロンドの間は馬でかなりの難所らしいよ。
ゲリラ上がりの強盗が多くて、速達を早馬で運ぶ奴らは、ポストアタッカーって言うんだってさ。
中でもそいつは一番小柄の子供だって。面白そうじゃ無い?」
「へえ、じゃあ、やるならそこか。デリーとロンドの間の荒野?」
アンソニーが、ボスッとソファーに座って身を乗り出した。
「じゃあさ、俺がライフルで撃ち抜いて、トドメをやるってどう?」
「足止めさせて、俺がボコるって事か。
もっとよお、恐怖をあおるようなことねえのかよぉ。それじゃ普通の強盗と変わらねえじゃねえか」
酔って回らない頭をぐしゃぐしゃかいてると、また電話が鳴った。
今度はガレットが取る。イレーヌの部下は、少し焦ったように声を潜める。
『ティです!ケイから連絡受けて、デリーで一番でかい郵便局の様子見に来たんですが、軍です!軍の奴らがかなりいます。
この分ではロンドの方にもかなりきてるんじゃないでしょうか?
あっつ、また連絡します』
ガレットが、電話を置いてゲンナリした顔でべろりと舌を出した。
「軍の奴らに感づかれちまった。」
「えー?じゃあどうするのよ。諦めて帰る?ここ、もう見つかってると考えた方が良くない?」
ガレットがうーむと考えはじめた。
「そのロンドって町に移動するにしても、安全策がなあ。
どうせ軍の奴はヒマそうにうろうろしてんだろよぉ。こういう時、セスがいてくれたらなぁ。」
セスは、彼の片腕、作戦参謀だった。
細かいことによく気がつき、繊細でひっそりと、時に大胆に行動し、これまで暗殺を指揮してきた。
ガレットは、目標を指さすだけで作戦が決行されたのだ。
ガレットは父の力の下で軍でも目立った精鋭を使っていた。
しかしガレットは、掴まったときに手練れの手駒、ほとんどをタナトスに殺されてしまっている。
だからこそ、その怨みも半端なく膨れ上がっているのだ。
「増援も望めない、手元に兵隊も少ない……クソッ!
アンソニー、そのロンドって郵便局、国境に近い、これから来る4人に張らせろ。
掴まるなよ。恐らく向こうも軍が行ってるはずだ。
長い棒持ったガキだ、付けて家も特定しろ。」
「了解、連絡する。」
「そうだな、来る奴はさっさとガキを殺せとオヤジに命令されているだろうな。
ガキはできるだけ生け捕りにしろと言え。生きて意識があればいい。
俺があとは殺る。
もし……
運悪くガキを殺したら、首と棒を持ち帰れと伝えろ。
俺もすぐにあとを追ってこの国を出る。
いいな。」
ガレットの口に、牙が見えたような気がした。
アンソニーが寒気を感じて小さく首を振る。
「わかった、わかったよ。そう伝える。」
「ヒヒッ、きっと兵隊に守られてブルブル震えてやがるぜ?
除隊して平和に郵便配ってるガキがよぉ、こんな目に遭うとは思ってなかったろうなあ。
ヒヒヒッ!そうだっ!いいこと思いついたぜ。
懸賞金だ!
ロンド郵便局のアタッカーに懸賞金をかけろ。
どうせ向こうにも軍が来ているはずだ。
よし!そうだな、
アタッカー1人殺せば10万ドルだ!
ヒヒヒ……こう言うの、良くセスが使ってたよなあ、攪乱作戦だ。
もう一度裏世界と接触して懸賞金を出すと伝えろと。
ド−−−ンッ!とおおっぴらに広めろと伝えるんだ!
軍の奴ら慌てるぜ、盗賊に気を取られて、増援も俺達も動きやすくならあ!
その間に移動だ!」
「わかった。」
「ようし、ロンドってとこに行くぞ、家を特定したと連絡が来たら乗り込むぜ。
イレーヌ、恐怖をあおれよ。動けなくなったら俺が手持ちの銃弾全部ぶち込んでやる。
クソガキ、思い知らせてやるぜ」
ガレットが悪魔のように不敵に笑う。
重傷を負って捕らえられ、失意の中でガリガリに痩せてしまったガレットから、狂気じみた怨念を感じる。
だがしかし、それはよくよく考えると以前、暗殺に成功しては笑っていた彼の本性だったとアンソニーは少し懐かしささえ感じて、本国への電話を取った。