第35話 スナイパー対スナイパー

文字数 3,785文字

サトミが町に入り遠くに響く銃弾の音に、あたりに視線を走らせる。
人通りはほぼ無い。
人の住んでいる家の窓にはカーテンを閉めて、ひっそりとしている。

「ジョーク、ドローンは止めたか?」

『オッケー、電波領域確認出来たのでジャミング開始した。トレーサーには監視続行指示』

「了解、目標確保まで監視続行。デッド、どこにいる?」

『町の中央、ばらけて探しながらジョークからの情報待ってます』

デッドは、ファーストのA班とガレットの探索に町に入っている。
恐らく女が一緒だと思われるが、モーテルから出た2台の車は町の手前で川と町の2方に分かれた。
一方の町中央部に入った車をデッドが確認へ行ったが、無関係の一般人が乗っていた。

『車、女に馬と交換で貰ったって言うんですよ〜。空から追ってることは気がついてんでしょうねえ』

「まあ、バカじゃねえってこった。女の方が脳みそ働くようだな。
川沿いの車には目標は乗ってないだろう。
だが、必ず車はどこかに準備していたはずだ、ガレットは病み上がりで体力が落ちてる。
ここはアルケーから密かに手助けがしやすい場所だ。
奴らの行動が始まったという事は、女は俺の近くにいるだろう。
川側の陽動はセカンドに任せろ。
ファーストは町の入り口付近に移動して探せ。
アルケーからの侵入者に気をつけろ、恐らく一般人と区別が付かない」

『イエス、総隊』

通りの先で、耳が遠い婆さんが外を眺めて立っている。
町の衆は軍人が来ているという事で、何かが起きるという確信を感じているようだ。
親切に注意喚起はしていない。そんな物必要の無いほど、この町はいまだに時折銃声が聞こえる。
ため息をついていると、嫁さんが慌てて手を引き家へと誘導を始めた。
何人か銃を持ち、外の様子を伺いに出ている。
一般人は引っ込んでて欲しいが、この町の奴らは自ら闘って生き延びてきたのだから仕方が無いことだ。

「ホーク、まだスナイパー見つからねえのか、俺がナイフ撃ち込む方が早いぞ」

『すいません、方向からあの川近くのビルのどれかからだと思うんですが、どこからか見当付かなくて』

「あの辺のビルは人が何人か住んでる。目鞍滅法撃つな。
視線を感じる。早くしろ……チッ!!」

『総隊?!』

サトミが馬を止め、突然雪雷を抜き、道の脇にある通りの標識の鉄のパイプを切った。

カンッ!キンッ!

標識を切り落とし、パイプの上の切り口から4インチ(10cm)ほど切り、落ちる瞬間、雪雷の峰で受けて乗せる。

コンコンコン

刀の峰でお手玉して、意識を集中する。

「来るぞ、来るぞ、来やがれクソッタレ」

突然パイプの切れ端を高く放り、空へと向かって叩く。

カーンッ!

キンッ!!

打った切れ端が、空中で何かに当たって弾かれた。
再度、鉄の棒を切る。峰で打つ。

キンッ!!カーーーン!!

キンッ!

また、何かに当たって弾かれた。
それは、アンソニーが撃った弾丸、老婆と付き添う女を狙って撃った弾だ。

おかしい。

アンソニーが、ヒットしない理由を探す。
変だ、風に流されるほど風は強くない。
サトミを見る。彼は長いナイフを持っている。
ボルトを引いて、次弾装填する。
動きの遅い老女に固定して、別のスコープでサトミの動きを見る。
撃つ。
瞬時にサトミが何かを放って打つような仕草を見せた。

「は?……は?そんな訳、あるわけねえだろ??」

再度ボルトを引き、狙いを定めながらサトミを見る。
サトミは横の棒を切って、刀の先をポンポン動かしている。

「なんだよ、あいつ。まさか、馬鹿な、え?え?アレで弾くって?ウソだろ?」

婆さんから、窓から外を眺めるおっさんに狙いを移した。

 撃つ。

サトミが刀を振り、また弾かれた。

「ハハッ……ははははは!マジかよ、そんな奴、……マジかよ!!」

そんな奴がいる訳ねえ!
だが、目の前にいるのだ。

この遠距離から撃つ弾に、何かを的確にぶち当てて弾いてくる。
そんなマジシャンみたいな奴が。



ターン……

カーーーン!!キンッ!!

「さっさと探さねえと、俺がナイフ撃ち込むぞ!」

『えー、わかってんなら教えて下さいよ。
この野郎、警戒心のかたまりでサプレッサーつけてやがるんすよ』

スナイパーのホークと組む、ラインがへたれた声を出す。
いつもスッとラインを引くように目標を見つける彼が苦心している。
何しろ薄暗い中、相手は目の前にいてもわからないステルスコートに、銃口の火花を押さえるサプレッサーまでつけている念の入れ様だ。

「それはお前らの仕事だろ、お前ら寝てんじゃねえだろうな!!」

『探してます!』

ターーーン、カーーーン!!キンッ!

奇妙な撃ち合いが、続いていた。


スナイパー組のラインとホークはその時、町の消防署の監視塔の上にいた。
戦中に激しい戦闘のあったロンドでは、高い場所と言えばここと、廃墟に近い川沿いのマンションぐらいだ。

ラインが一番高い、斜めに傾いたマンション跡をスコープと双眼鏡で丹念に見て行く。
すでに暗い中、通常なら撃てば多少の火花が小さく光る。
どんなに隠れても銃口は、外に出さねば撃てないからだ。

「マジかよ、あの距離から撃つ弾弾くとか、あのガキなんか病気でも持ってんじゃねえの?」

「ライン、通信切ってぼやけよ?」

ハッと慌てて口を塞ぐ。
その時、常人なら見落とすほどの小さな微細な光点がかすかに見えた。

「あっつ!ホーク、斜めのビルの上から2階左から2部屋目、フラッシュっぽい光が見えた!
ジョーク、スナイパーは川沿い斜めになったビルの上から2階左から2部屋目だ。セカンドに伝えてくれ」

『承知、伝えて直行させる』

「2階左から2部屋……」

暗視スコープで、じっと壁の崩れた部分を凝視する。

ターン……

カーーーン……キンッ…

今、撃ったはずだが見えない。
サトミはカンだが、ラインは確かにその目で見るのだ。
ラインの目の良さは隊の全員が信頼する。

「マジ?」

「マジ!見えた、撃ってみろよ。」

その時、アンソニーの着ていたコートにチラリとノイズが見えた。

「いた!見えた!部屋の右よりスリーファイブ(3/5)、床から8インチ!風、3ノット!」

「ラジャ」

ホークが指示された場所を狙う。
そして躊躇無く引き金を引いた。


ターン…

キュンッ!!

銃身に弾がかすって火花が散り、アンソニーが目を見開き顔を上げた。

「まっ!まさか!!」


ラインがホークに告げる。

「高さそのまま左に5度」

「ラジャ」



アンソニーが恐怖に身を起こし、下がろうとした時だった。

ターン

バシッ!

「ギャッ!」

膝立ちだった彼の、防弾装備の無い大腿を弾が突き抜けた。

「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

痛みより、その現実に悲鳴を上げる。

ターン……

バシッ!「ヒイッ!!」

再度胸に当たったが、そこはボディアーマーで守られた。
だが、アンソニーはパニック状態で、這いずるように部屋を出ようともがく。

「逃げなきゃ、逃げ……逃げなきゃ!!イレーヌ!イレーヌ!ああああ!!」

複数の足音が、階段を上ってくる。

「ひ、ひ、ひ、だ、駄目だ……駄目だ!」

アンソニーは腰から銃を取ると、こめかみに銃口を当てた。
『捕虜になるな、俺のために死ね』それがガレット隊の掟(おきて)だった。

引き金を引こうとして、ボロボロと涙が流れる。
イレーヌの顔が、浮かんでは消えた。

ああ、俺は…
俺は……

愛し合う二人を見るのが好きなんじゃない。

俺は……

イレーヌを……愛してたんだ。


『お前は俺のために死んでくれるよなぁ』


ビクンと手が震えた。
ガレットの、自分を見下す顔が頭の中にいっぱいになった。
彼から貰う金で、家族は生活している。
アルケーの一般兵なんて、給料は働きアリだ。
大臣の息子で、金を持っている彼に目をつけて貰えたことが幸運のはずだった。

でも、仕事は、俺の仕事は。
卑怯な暗殺の仕事ばかりで心が黒くなる。

この人は生きていないと戦争は終わらないのに。

そう思いながら、善人を嫌悪するガレットが指さす人物を狙って、引き金を引いた。
イヤだという言葉は、すぐにあいつの言葉でくつがえされる。
危ない仕事はいつも綱渡りで、自分が死ぬと家族には保証金が送られる取り決めだ。

だから、家族は安泰だ。
俺が、俺だけが、犠牲になれば、それでいい。

迫る靴音が、『死ね』という文字に置き換わる。
泣きながら、引き金に指をかけた。

パンッ!パンパンッ!

手を撃たれ、吹っ飛ぶ銃を撃たれて、身を縮めたアンソニーが呆然と廊下の先をみる。
息を切らしたウィルが、銃を向けたままズカズカと歩み寄ってきた。

アンソニーの襟首掴むと、引きずり上げる。
歯をむいて、彼はアンソニーに叫んだ。

「今のお前なんか死んだって、誰も悲しまない!
お前なんか、お前なんか、誰も覚えているもんか!!」

アンソニーが、ポカンとウィルの顔を見る。
眉をひそめ、引きつる頬で、笑ったようにくしゃくしゃになった。

「そうかも、しれない……な……」

心が、酷く空虚だった。

「だから生きろよ!この戦後の世界をさ!もっと生き生きと!日を浴びるとこで歯を食いしばって生きろ!」

ドサンと手を離され、アンソニーの身体が床に落ちる。
死ねと言われ、そして生きろと言われた。
ずっと、ずっと、コソコソ隠れて人を殺してきた俺に。

どっちが正解なんだよう……どっちが……
どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって……

イレーヌ、今の俺は……お前に、俺は愛してるって、一緒に逃げようなんて、言えない……
言えないんだ……

彼は顔を覆って、嗚咽をこぼし泣いていた。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


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