第27話 キュートワスプの一刺し
文字数 4,115文字
昨夜は飲み屋で酔っ払ったリッターが帰りに4人組みに襲われ、ちょっとした騒ぎになった。
リッターは、この辺でも珍しい白人の上にケンカっ早いので、アタッカーの有名人だ。
ダンクが心配して飲み屋に付き合っていたので、4対2&飲み友達も加勢に来て派手に撃ち合い、ポリスがやって来て終了した。
結局相手は懸賞金目当てだったらしい。
ポリスにガイドがやって来て、散々怒られ片が付くまでプライベートタイムは外出禁止を食らった。
翌日、早出はリッターの妹セシリーだった。
大きな青毛のナイトには、郵便局の荷物も小さく見える。
セシリーはバター減らしたのがだいぶ功を奏し、毎日外回りで鍛えられてかなり痩せた。
おかげでアタッカーの制服であるダークグリーンの戦闘服も入るようになって、遠出の時は防弾装備がしっかり出来るようになり、リッターも随分安心したようだ。
ただ、金髪のお下げが可愛らしく、元々美少女だけに見た目で強盗に狙われる確率が上がってきた。
デリー郵便局の帰り、ナイトを飛ばしながらふと顔を上げる。
後方の上空からは、ドローンが監視している。
その音とは違うと彼女の第六感が、危険信号を出した。
「来る!来るわ!フフフ……あたしのナイト、その命、あたしに預けてお前は走れ!!」
顔半分を守るハーフタイプのフェイスガードを顔に付け、ゴーグルを直す。
鞍に付けたショットガン、スパスを取った。
フォアエンドを引き、片手で手綱を引く。
「クククク……さあおいで、ベイビー。美味しそうなミンチにしてあげるわ」
ドドドドドド……
複数の馬の足音が近づいてくる。
振り向かなくてもわかる。
左の低い岩山に隠れていた奴らだ。
恐らく、強盗同士で連合組んでやって来たのだろう。
喉から手が出るほど欲しい金を独り占め出来ないほど、アンノウンの恐怖は奴らに染みついている。
金を貰ったらその金で、ここを離れようとでも考えているのかもしれない。
パンパンパンパンッ!
タタタンッ!タタタンッ!タタタンッ!
パンパンパンパンッ!
チュンッチュンッ!キュンッ!
バスッ!バスッ!
銃弾が飛び交い、馬やセシリーの防弾装備に当たる。
落ち着いた彼女が、左右を見て状況を把握する。
いくつもの弾がヘルメットやボディアーマーに当たり、間違い無く殺しに来ている。
だが、彼女の馬ナイトの立派な体格に、殺すのは惜しいと思ったのだろう。
セシリーだけを狙っていた。
「いいわ、それでなきゃ!」
手綱を放し、右手にショットガン、そして左手にハンドガンを持って身体をひねり、荷物に銃を乗せて保持すると撃つ!!
「まずは後ろ!」
バンッ!!
「ギャッ!」「ガッ!」
一度に2人が血を吹いて倒れ、男たちが目を見開く。
「こっ!こいつ!バックショット撃ってるぞ!!」
思わずひるんで馬の速度を抑え、セシリーから距離を取る。
その間にもう一発浴びて、また2人倒れた。
チラリと気配に眼をやると、反対から2人窪地から狙っている。
パンッパンパンッ!
セシリーが、ニイッと笑って窪地の男たちに腕をクロスしてハンドガンで弾を打ち込んだ。
「ククク……あたしを誰だと思ってんの?
軍人殺しのキュートワスプ(可愛いスズメバチ)って呼ばれたのはいつだったかしら。
あんたらに怨みはないけど、あたいをレイルなんかと同じだと思わない事ね。」
護衛ポイントの3人が、双眼鏡とドローンからの映像見ながら呟く。
「何か、一般人にもスゲえ女がいるよなあー」
「どうする?なんか手え出したら殺されそうなんだけど。」
スナイパーポジションから頭を上げて、セシリー無双から2人がなんだか戦意喪失で眺めていた。
『どうした?!何故動かん?!何があった報告しろ!!』
通信機から、トレバーのデカい怒号が飛び出した。
「しまった!ドローンでキャンプも見てる!」
2人が慌ててスナイパーポジションに戻り、盗賊を狙撃しはじめる。
それを見て、1人が通信機を取った。
「えー、狙撃開始してます!問題ありません!」
『 何が問題なしだこのクソ野郎!!ボケッとしやがって、終わったら本部に戻れ!
てめえら股間に電流流すぞ!!保護対象は総隊の同僚だと言っただろうが!馬鹿野郎!! 』
「ハイィ!!ハイッ!!了解です!!戻りますっ!!」
声が裏返った、マジ股間に電流流されるかもしれない。思わず恐怖でドッと冷や汗が流れた。
「なんだよ!お前が見てていいんじゃね?とか言うからだろ?!」
盗賊狙撃しながら前で2人が叫ぶ。
「うるせー!クソッタレ!!
あーーーー!!総隊に殴られたら俺達、みんな頭が吹っ飛ぶーーー!!」
連絡係がザッと血が下がった。
自分も銃を取り、盗賊を狙う。が、動揺して当たらない。
「バッ!馬鹿野郎!そんな縁起でも無いこと言うな!!お、お前見た事ねえからそんな軽く言えるんだ!!俺はウォーターメロンヘッド(スイカ頭)になりたくねえ!!くそっ!くそっ!てめえらのせいで!俺は……ああああ!!死ねえっッ!!」
本気を出すと、彼らもタナトス、腕はいい。
あっという間に数を減らし、逃げる盗賊もすべて撃ち倒していった。
速達は通常郵便の1割も無い。
ただし、通常郵便と違って小包も含まれるので荷物は多い。
特に多いのは薬だ。
ロンドは町医者があっても薬局に置いてる薬の種類が少ないのか、遠方の専門病院から常備薬取り寄せる人が多い。
ふわっと膨らんだ大きな封筒は、だいたい薬だ。
「良かった、2日前に薬が切れてヒヤヒヤだよ。ありがとう。」
「いえ、お大事に。またどうぞ。」
お辞儀してドアを閉め、伝票にサインしてカバンに直す。
アントが馬の所で、ニヤニヤして待っていた。
「なんだよ」
「普通の生活って、こう言うもんでしたねえって思いまして。」
「俺は普通の生活がしたいんだよ」
「ハハッ、すいません」
馬に乗り込もうとしたとき、2軒先から知り合いの婆ちゃんが手を上げる。
「あらっ!丁度良かったわ、サトミちゃん!いいものあげるわ!うちに寄って頂戴!」
「あれ?何だろ」
ベンを連れて歩いて行くと、婆ちゃんがうれしそうに奥に引っ込み、2冊の本を持ってまた出てきた。
「ほら!サトミちゃん最近お勉強はじめたんでしょう?神父さんに聞いたの。
うちの孫が昔使ってた参考書、使えそうならあげるわ。どう?」
「えっ!ほんと?!ちょ、ちょっと見せて!」
「戦時中、パパが出稼ぎ先で買ってきたの。この辺で持ってる子はいなかったのよ。
活用してくれるなら嬉しいわ。」
教科書は教会にあるけど、参考書ってものは見たこと無い。
中を見ると、カラフルで目新しくてなんか教科書とは違ったものが沢山載っている。
QとAが明確に載っている。
「もらう!!いいの?!ほんとに?トニーに怒られない?」
「トニーは了解済みよ。ほら。」
ドアを開けると、トニーが豆むしりながら手をひらひらして持って行けとジェスチャーしている。
トニーは自分より5才上の、この辺でも超悪ガキだった。
勉強しない子に勉強して欲しいと親心だったんだろうが、参考書の折り目は数ページしか付いてない。それでも、表紙や角がすり減っているだけで中は綺麗だ。
「持ってけ!どうせ捨てるか古本屋だ。
お前も物好きだなー、これから勉強するとか寒気すらあ」
「ありがとう、トニー!大事にする!」
「おう、俺の落書きは気にするな。大事になんかしなくていいぜ!」
落書き?
裏返すと、裏表紙の女性の顔に、ボインの裸がM字開脚で付け加えてある。
「わかった!横にトニー・ブライアン作と書いといてやらあ!
サンキュー!助かった!」
子供用の本なんて、初めてだ。
嬉しくてニッコニコで馬に戻ってカバンに入れる。
ヒドイ落書きに笑って、横にトニー・ブライアン作って書こうとして、つづりが良くわからない事に気がついた。
伝票のメモ部分に、書いてみる。
横からアントがのぞき込み、書いてる先から指さした。
「あー、大文字小文字がグッチャグチャですぜ。人の名前は大文字が頭に来てデスね。
これLじゃなくてR。MじゃなくてN。」
「駄目だ!俺は人任せで書く事を放棄してきた自分を殴りたい。」
戻って、トニーに本を差し出す。
「トニー画伯、サインお願いします。」
「はあ?バッカじゃね?」
「うるせー、いいから書け」
「ハハッ!お前書けないんだろー、お前点字だったもんなあ。聞くと書くじゃ別次元じゃん?
元々戦時中、俺達あんま勉強出来なかったし、みんな同じようなもんよ。
ほら!サトミ・ブラッドリーへ、サー・トニー・ブライアンより!
お前なら、ちょっと勉強したらすぐ追いつくさ。
今だって仕事、俺よりちゃんとしてるじゃねえか。」
サラサラ書いて、俺の名まで書いてくれた。
こいつは、お母さんとお父さんが死んであれだけ荒れてたこいつは、周りのことが何も見えなくなっていたのに今、俺のことがわかってくれている。こんなに人に気遣いすることが出来る奴になっている。
それにビックリした。
俺は、思いがけない思いやりに、涙が浮かんで思わずトニーに抱きついた。
「おー、なんだよ、お前らしくねえなあ」
トニーが笑って抱き返してくれる。
俺は、今、確かに自分の町に帰ってきたんだと再確認した。
「サトミ〜、お前凄いなあ。俺はお前がうらやましいぜ。
お前は国のために戦えた。でも、俺は入隊前に戦争終わっちまった。
お前は俺達の分も戦ってくれたんだ、お疲れ様でした。」
「ハハッ、お前がそんなこと言うなんてさ。成長したじゃん?」
身体を離して、手を広げパンと手を叩き合う。
「バーカ、お前が成長しなさすぎだろ、チビ助。もっと美味いもの食え!」
「ハハッ!食ってるよ!」
今度またシロイ亭で会ったら一緒にメシ食おうと約束して、俺はトニーの家を出た。
カバンに入れて馬に乗ると、アントが黙って馬に乗りあとを追う。
戦えなかった者の分まで……
そう言う考えは、俺にはなかった。
戦うことにも意義がある。
戦うスキルがあるのは、不運か幸運か。
ああ、今日はすこぶる天気がいい。
ベンに翼が生えて、飛んで行けそうな、そんな気さえする。
青い青い空だ。
俺は、ならば俺は、不運を捨てて幸運を取る。
戦えることの幸運を。この国に住む奴らのために。
俺は、黒い戦闘服への気持ちが、少し軽くなった。