第54話 鰐切 雷電
文字数 3,623文字
国境のゲートでは、検問所を買収してかなりの金を渡す。
その様子はどこか手慣れていて、すでに常態化しているような様子だった。
「大きいな、何を積んでるんだ?」
「建築資材だ。そう聞いている」
こんな金まで渡して中に入るようなトラックが建築資材の訳がない。
そう思いながらも、生活のために金を受け取り、検問の職員は黙認してゲートを開いた。
一方、アルケーのメレテ国境近くでは、合流地点を目指して、谷間の道ならぬ道を前方にオフロード車と後方に適当な資材を乗せたトラックが走る。
この道は特に戦時中からメレテを間に挟んだカラビナとの密輸に使われる最短ルートで、一部の崖の上にはカモフラージュのためにネットを張ってあり、そこで車を偽装して衛星対策をしていた。
アルケーに隣接している国、テレクシーは戦後政治が安定せず、復興の遅れから難民流出を警戒して国境警備が厳しく、国連軍の目もあるのでアルケーは密輸をメレテ経由でカラビナから行っている。
そのルートは一般には知られず主に政府系の密輸に使われる為に、ポイントにアルケー兵が常駐している。
メレテはそれを把握はしているのだが、時に食料の輸送に使われることもあり、人道的見地から大目に見ていた。
だが、アルケー側はそれを利用して最近は、武器や核関係の物まで密かに密輸していた。
「国境を越えるぞ」
「ああ、車の交換だからやり方は簡単なんだがな」
「向こうには私服の護衛が付いてるし、メレテ側でトラック交換してアルケーに帰るだけだ。
あまり緊張するな。ん?」
ヘッドライトに照らされて、前方に1人の男が見えた。
年は40代だろうか。
上には黒いロングのコートを羽織り、首にアラブスカーフを巻いてゴーグルをしている。
腰には見た事もない長剣を差して、その辺を散歩するような格好では無いことは明白だ。
たった一人、強盗でも無いだろう。
一体何を考えているのか、あまりの不気味さに運転の男は止まろうとしてアクセルに踏み替え、男の右に少しハンドルを切る。
助手席では銃を取りだして、正体不明の男に窓から銃口を向けた。
「キシシシシ、なんだよ止まらねえのか。つれねえなあ」
正体不明の男が笑う。
タタタンッ!!タタタンッ!
スッと銃弾を避け、ゆらりと前に身体を倒すと一瞬で消えた。
「消えた?!どこだ?どこに行った?」
タタタンッ!!
後ろを走るトラックから、援護の銃弾が車の上を狙う。
無線から、悲鳴のように声が聞こえた。
『上だ!!』
その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、車の天井が横に切り裂かれ、車内に血をまき散らして二人は一瞬で天井から生えてきた長い刃で命を絶たれた。
死んだ運転手がハンドルに倒れ、車は横の崖に突っ込んで行く。
男は車上から飛び降りると、次にトラックに向かって駆けていった。
笑う男が日本刀をクルリと回して逆手に握る。
その一瞬、刃が何故か雷光のように光った。
トラックが、正面から来る男をはね殺そうとスピードを上げる。
その瞬間、男が飛び上がると、横しまに運転席ごと切り裂く。
その刃は雷光を上げてフロントガラスをへし割りながら、座る兵士たち2人の首を一緒に跳ね飛ばした。
ブオオオオオ……ドーーーンッ!!
運転席の天井部分が足下に転がり、トラックが横転して屋根の無い運転席から血が流れる。
男がトラックの腹を横目に、後ろを振り向く。
パンッパンッ!カンッカンッ
銃声が、ガソリンタンクに命中して火の手が上がった。
火に照らされ、銃を撃った女が黒いジャケットをはだけて割烹着の胸元から、小さく切った新聞紙を取り出す。
「あなた、はい。雷電お疲れ様」
男が、逆手に持った日本刀を、手の中でクルリと回して順手に変える。
その刀は、鰐切「雷電」
妻の差し出すその新聞を受け取り刀身をふくと、差し出すそれに女がライターで火をつけた。
燃える血の付いた紙を風がさらい、女がうっとりと男に見とれる。
「あなた、ああ……カッコイイ……ステキ」
「行くぞ」
「はい」
妻を抱き上げ、男が崖の岩肌を数カ所足がかりにジャンプして、その場から消える。
あとには、黒煙を上げて燃えさかる車が2台、暗闇の中不気味にあたりを照らしていた。
満天の星空の下で月明かりに照らされ、妻が操る馬車と並び、馬に乗った黒いコートの男がアラブスカーフを緩め、ポケットから電話を取ってボタンを押す。
数回のコールのあとで、相手は静かに電話に出た。
「ベリアルか?アスモデウスだ」
相手はどこか懐かしさも含めた返事をする。
「依頼の件、終わったぜ。国境付近でボーボー燃えてるさ」
取引の相手も検問所で捕まえたらしい。
核は、出荷元に送り返せと国境を越えようとしたところで追い出した。
運転手は相当困った様子だったが、この情報を先に掴んでいただけに、メレテと隣国カラビナとの話し合いで、隣国の保護の下に出荷元のその隣の国まで戻ることになっている。
今のメレテに核を安全に保管する能力は無い。それは隣の国も同じだった。
電話の相手は、これ以上隣国との間に騒ぎを起こしたくなかったので、助かったと告げた。
「俺は金さえ払ってくれればそれでいいさ。
まあ、そろそろ殺し屋稼業も潮時なんだがね」
そう言うと、思った通りの、何度も聞いた言葉が返ってくる。
軍に帰って来いと。
サトミの父親セルシア・ブラッドリーが、星空に大きく息を吐いてそれもいいかもなとぼやく。
少なくとも、あの大統領の暗殺に失敗して、処刑から逃げた頃より今の政府はまだマシだ。
それでも、あの大統領に自分を売ったのはベリアル自身だった。
それはタナトス設立に大統領の信用を得るための地固めの為だったとは言え、結局暗殺したのは自分の息子なのだから随分遠回りをした物だ。
「お前の息子はたいした物だよ」
ベリアルが、そう言って静かに笑う。
ベリアル…そして俺、アスモデウス、そしてベレト。
俺達3人は、大統領側近でも特に恐れられ、悪魔の異名をつけられていた。
それでも俺は、本当の悪魔は、ベリアルこいつだと思う。
こいつは少しも変わってない。
誰も信用しない、そして誰も信じない。
わかった、と言ってわかっていない。
止めさせる、と言ってすべて殺した。
サトミはたいした物だ。
俺もそう思う。
こいつの下で、生きているのだから。
俺はサトミに、『生きることを、すべてにおいて優先させろ』そう言って育ててきた。
あいつは、赤ん坊の時から少し変わっていた。
追手から逃げる自分たちの状況を、まるで知っているように静かだった。
親の苦境がわかっているように、泣いてもいい時だけ泣いた。
白く濁った目が、本当に見えないことを知ったのは、娘も生まれロンドにようやく落ち着いて、買って来た絵本が見えないと言う事実を知った時だった。
目が見えないことを、感じさせない奇妙な子供だった。
おかしい、俺の子供にしては、
隣町に行った帰り、ようやく10才になったばかりのあの子を、俺は一度、真夏の荒野に置き去りにして生きて帰るか試してみた。
水場での休憩中、久しぶりに銃声の聞こえない静かな木陰で、ウトウト眠りだしたあの子は、まるで天使のようだった。
すでに、乗合馬車も通らない時間に、夏場の水もない状況で、しかも盲目だ。
ロンドは前線に近く、荒野では時折銃撃戦も起こる。
右も左もわからない状況で、まだ小さな小さなあいつは、日が落ちて気温の下がった時間に行動することを選び、そして隠れて銃弾の音が止むのを待ち、人の気配を察知して自分の足で走って帰ってきた。
驚くべきは、その感知能力。
こいつは、悪魔と呼ばれた俺への、明日が見えないこの国への神の贈り物だと思った。
ふと、ベリアルの声で頭を上げる。
帰る時は連絡しろ、迎えをやるという。
気が向いたらな、そう言って電話を切った。
あいつの迎えがどんな迎えかわかった物じゃねえと思う。
まあ、その内ロンドに戻って、老後をゆっくりなんてビジョンは浮かばないので、いずれは死ぬんだろう。
それが処刑場では無いことを祈るのみだ。
「あなた、町が見えるわ。今度はどこに住むの?」
「そうだなあ、サトミの顔も見たいしロンドに帰るか?」
一応言ってみる。
だが、父親の鰐切に手に負えない時は殺してくれと頼まれている俺の優しい妻は、
刀に魅入られて、人を切る、生きている刀が見たいと遠い日本からついてきた俺の妻は、
いつものようにおっとり美しく微笑んで言った。
「あなた、私、もう少し血に濡れた雷電が見たいわ。だって、とってもきれいなんですもの。
ああ……あなた、カッコイイ。ステキよ、雷電。」
頬を染めてうっとりとつぶやく妻に、俺は少し困った顔で苦笑して、前を向く。
心の中で、子供たちに『ごめんな』とつぶやき、ほのかに見える町の灯りに向けて馬を走らせた。
速達配達人 ポストアタッカー 4 サバイバルファミリー 〜サトミ、除隊失敗する〜
終わり。
終わりだっ!!