第50話 デッドエンド、ノットエンド

文字数 2,622文字

部下に指示を送って車から降りてきたイザベラが、歩み寄りサトミに一応敬礼する。
この取引前、サトミは師団のキャンプに顔を出していないので、会うのは久しぶりだ。
サトミはファーストに途中合流だったので、師団の配置は説明を受けていた。

「よう、ババア久しぶり、結婚どうなった?」

相変わらずの悪口に、独身39才婚活中のイザベラの顔がヒクヒクと引きつる。

「結婚は断ったんだよ!あー、久しぶりだな、復帰したって?」

「ああ、てめえらがカスだから復帰しろってよ」

サトミがチッと舌打つ。
イザベラは腕慣らしで一般を回っていた時、分隊で指導をやってくれた女性兵士だった。
サトミの口の悪さに激高し、激しい口げんかを3日続けたヘビみたいにしつこい女だ。
が、なんとなく馬が合うのか気に入ったのか、あれが元々の性格なのか、休暇のたびに妙に美味いお菓子をくれた。

「まったく相変わらず口の悪いガキ。
敵兵殺しまくりやがって、一人ぐらい生きてんのかね!」

サトミが爆破された家を指さす。

「あれ見て可愛そうとかほざきやがれ!さっさと持ち場に戻れババア!
てめえ、来るの遅いんだよ!」

「あー悪かったね!じゃあな、また会おう!お詫びにクソ甘いチョコでも送るよ!
ロンドの郵便局だって?!はっ、同僚に同情する!」

「何言ってやがる、俺はベリーキュートでチップ率最高額だ!」

「お前が黙ってニッコリしてりゃあ、騙される奴も多いんだろうさ!
ケイト!!何ぼさっとしてるんだ!現場検証、上が来るまでに記録を残せ!」

「イエス!ボス!」

戻って行くイザベラは、軍服美人だ。
黙ってれば結婚出来ない理由なんて見つからない。まあ、怒ると毒蛇になるのが一番の理由だろう。

「ようババア、まだ結婚諦めるの早いぜ。うちのマッスルとかどうよ」

「あの筋肉か〜、まあ考えとくわ」

帽子を取って振り、また車に乗り込む。
サトミはフッと笑ってため息を漏らし、デッドを探した。

「あいつ生きてるのかな」

見ると2人の衛生兵が、デッドの元に来て首を固定している。
駆け寄ろうとしたその時、ヘッドホンにジョークから情報が入った。

『エアーと補佐官、ガレットは無事安全圏に保護回収した。
師団から2機、応援の輸送ヘリが回される。
サトミ、エアーの吐いたカプセルは持ってるか?と補佐官側が』

「持ってる、あめ玉の袋に入れたから無事だ。あとで補佐官の秘書に渡す。
隊員の被害状況はまとまったか?」

『セカンド1名が腕に受傷、2名軽傷、ファースト2名軽傷、あとデッドの状況つかめない』

「わかった、俺が確認する。次の指示を待て」

『承知』

一息に、デッドの元に走った。

「俺の部下だ、生きてるか?」

「今、意識戻りました、首を固定しています。手足は反応あるので脳しんとうかと。
脳の異常と骨折の有無がわからないので、ボディも固定して運びます。
名前はわかりますか?認識票が見つからなくて。」

デッドの手首に、5番の札がつけられる。
デッドは偽名が彫ってある認識票を、意味がないと言って持ちたがらない。
俺以外、彼の本名を誰も知らなかった。

「名前?えっと、どの名前だ?」

「名前です、偽名は駄目ですよ!本名!本名!」

「あーオーライ、わかった。ネイサン・エバンスだ。ただし、イニシャル扱いで頼む」

「イニシャル?今混乱してますから病院側が対応出来ないと思いますよ。
じゃあ、偽名でも何でもいいです」

「デッドエンドで呼んでくれ。その方が本人は落ち着く。本名にはトラウマがあるんだ」

「ああ、そう言う事でしたら伝えます。対応オッケーです」

衛生兵は名簿にカリカリ書き込んで、連絡すると1人担架を呼びに走る。
サトミはうつろな目のデッドの顔をのぞき込み、血に濡れた前髪を掻き上げた。

「おい、デッド、生きてるか?しっかりしろ。」

デッドは定まらない視線で瞬きする。
喧騒の中、小さくかすれた声がサトミの耳に聞こえた。

「……ミ……すいませ……」

「いいさ、お前のおかげで補佐官も無事だ。
俺達の仕事はここまでだ、お前は身体を治せ。」

少しホッとしたのか、デッドの顔がはっきりしてきた。

「……妹さ……付き合って、……いっすか?」

サトミが、思わぬ問いにプッと吹き出す。

「はあ?それ今聞くことかよ。ははっ!それはお前が自分でミサトに聞け。
あいつはジンみたいな奴だ、付き合うなら覚悟がいるぞ。
て言うか、まだあいつ14じゃん!お前目ぇつけんの早過ぎる!」

彼の頬を指でピンと弾く。

「一目……れです」

「お前がかよ、ははっ!」

少し笑って、ホッとした。

「運びます」

「頼む」

担架が来て、手際よく身体を固定されるとヘリの方へと運ばれていく。
入れ替わりにマッスルが走ってきた。

「どうでした?デッド。
イエローも頭切ったんで今応急処置受けてます。
ファーストとセカンド、今のところ軽傷です。
コーディーが左腕にヒビ入ったみたいで、一応精密検査指示ですかね。
外を警護していた一般が重傷者多いですね、今のところ死者は無いそうで、不幸中の幸いでしょうか。
まさか爆弾持ってくるとは思わなかったんで、隙を突かれました。」

「そうか、死者ゼロは良かった。上手く車を盾に出来たのが良かったな。
おっさん隊長の采配か」

「サトミのカンの良さがみんなを救ったんですよ」

サトミが大きくため息付いて、視線の先の大きな壁の塊に目をやる。
汚れた白い壁には血の跡が付いて、歩み寄り持ち上げようとするが重さがある。
デッドは中肉中背、鍛えてると言ってもこんな物に直撃受けたらたまった物じゃない。
骨が折れてないこと、脳や神経に異常が無いことを祈るしか無い。

「デッドはどうもこいつの直撃のようだな。
補佐官守るだけで精一杯だったんだろうさ。
あいつだから、あの一瞬で守れたんだ。首が折れてなきゃいいけど」

「まったく……ひでえ状況で……これじゃタナトスも半壊ですねえ。」

「何言ってやがる。デッド以外軽傷だろうがよ。
今ごろあのクソ野郎、のんびり高級車でお帰りか。ああ!くそっ!!クソ野郎!
ジョーク、聞こえるか?」

『イエス、通信クリアー』

「作戦行動ナイン、オー(90)発動しろ」

『了解、ナイン、オー発動指示する』

通信を切って、サトミが空を仰ぐ。
風も無く、青い青い空が、澄み渡るように綺麗だ。

「くそっ、くそっ、くそう!こんな命令させやがって、あの野郎!俺の心は真っ黒だ!」

「戦争、ならなきゃいいんですがねえ」

マッスルが、横でため息を付く。

「あとは政治屋の仕事だ」

サトミが大きく息を吐いて、バンと彼のガッシリした背を叩いた。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


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