第37話 グリズリーババア現れる

文字数 3,032文字

薄暗い路地に、街灯が灯る。
その下に、イレーヌが銃を手に姿を現した。

「こんな子供とはね、彼に聞いていたけど想像以上にちっちゃい子。
あなたが彼を殴ったって?彼、肋骨ボッキボキよ?酷い子ね。」

どいつもこいつも小さい小さい連呼しやがって本当に不快だ。
しかし、実際見るとマジで派手なその姿に、つくづくイレギュラーな奴だとククッと笑う。

「キシシ!ケツを叩きたければやってみろよ。
俺に一筋でも傷をつけたら『お姉様』って言ってやらあ!」

「ま!すごい自信!ホホ!」

ブッと、ヘッドホンからジョークの吹き出す声が聞こえた。
ヒヒッと笑って、ジョークが通信でささやく。

『ファースト、周辺の探索入ってる。まだガレット見つからない』

「木は林の中だ、ポリスの廃車置き場、ホテル、郵便局の駐車場、再確認。
町には中心部を離れるほど空き屋がうなるほどある。
車は数えるほどしか走ってねえ、確認範囲を広げろ。」

『車に限定するの、マズくないかと声が』

「車なんだよ、偉い奴はみんな。馬を信用してねえ。
金属の棺桶の中にいないと安心出来ねえ、気の小せえ奴ばかりだ。
そう言う奴らは、日頃自分の乗るものにしか目は向かない。俺ならコソコソ走って帰れと言うがな」

『イエス、サトミ。グッドラック』

「誰に言ってる、ジョーク、脳みそ動かせよ」

『ヒヒッ!総隊長〜、声が踊ってますぜ〜』

「冗談ばっか言ってっと殴るぞ、この野郎。裏の通りをセカンドの新入りがこっちに向かっている。
来るなと言え。トレバーに余計な指示するなと。」

『イエス』

イレーヌが、眉をひそめて近づいてくる。

「なーに、ブツブツ言ってんのかしら。おいたが過ぎるわ坊や。
さあ!お仕置きを始めるわよ!」

イレーヌが、右に銃、左にナイフを持ち、不気味にニヤリと笑った。
ザッとダッシュを駆ける。

サトミが腰のサバイバルナイフを抜き、右に回り込んだ。

パンッ!パンッ!

ギュッと足を止めて左に避ける。

その時、イレーヌの背後、路地の裏手から息を切らせたイアソンの姿がチラリと見えた。
サトミは無言でイレーヌに気付かれないうち、路地から離れるように誘導して走る。
だが、他の2人の走ってくる音が反響して、イレーヌがニイッと笑った。

「まあ!ステキ!羊があなたを助けに来たわ!」

見ると3人がそれぞれ建物の影に隠れて、銃をイレーヌに向けている。
彼らの足の速さは素晴らしい。
スポーツならば、きっと日の目を見た足の速さだった。

タタタンッ!!

「離れろ!撃つぞ!」

イアソンが、威嚇してイレーヌに発砲する。
舌打つサトミをよそに、彼女がゆっくりと、とうとう振り向いた。

「ステキ!撃つの?私を?あなたが?ホホホホホホ!まあ!なんて可愛い羊かしら?!」

彼女が暗い顔で不気味に笑う。
サトミがサッと進む彼女のあとを追い、腰からナイフを取って投げる。

「貴様の相手は俺だ!!」

イレーヌは、身を翻してナイフを避けると、サトミに向けて銃を撃つ。

「儀式には生け贄が必要なのよ!」

彼女が、あの、映像で見たとおりのスピードで一気にダッシュをかけた。

「逃げろ!!」

サトミが叫ぶ。

タタタンッ!タタタンッ!

だが、逃げずに果敢に立ち向かう新人達が、撃っても恐れず駆け寄ってくる彼女に、次第に恐怖に駆られて凍り付いた。

「なんだ?!なんだっ?!この女!!」「うわーーー!!」タタタタタタタタタタ!!

「イアソン!!」

ウィルが隠れていた道の反対側から飛び出し、イアソンとエリックの援護に撃つ。
しかし、撃った時には女の姿はそこにいない。
イレーヌの常人を越える素早さに、銃弾が追い切れず無駄弾をばらまく。
不気味に笑うイレーヌが並んで隠れるエリックとイアソンに向けて飛び上がる。
彼女の刃渡りの長いサバイバルナイフが鈍く光り、大きく目を見開く二人の目前に刃が迫った。

切られる!!死ぬ!

ビュンと風を切り、白い輝きが目の前を遮った。

キイィンッ!!

イレーヌのナイフが弾かれ、黒蜜の刀身が弾ける。
ワイヤーがたわみ、地に落ちる黒蜜が、いきなりビュンと舞い上がった。

「ひいっ!!」

突然現れた見た事もない長い刀身が鼻をかすめて舞い上がり、エリックたちが悲鳴を上げて、ひっくり返る。

「なに?っ!!」イレーヌが舞い上がる刀身に目が向いた。

「隙ありィッ!」

背後からサトミの声がして、とっさに振り向く。

ドカッ!

「グアッ!」ドン!ガシャンッバンッ!

腹に回し蹴りを入れられ、イレーヌの身体が吹っ飛んだ。
彼女が大きなダストボックスにぶち当たり、派手な音を立ててゴミを散乱させながら地面にワンタッチして着地する。
サトミが黒蜜のワイヤーを巻き取り、ガキンと音を立てて柄に収めると、ウィルの目の前に歩み寄り、背中を向けた。
背にある雪雷の柄を握り鞘を倒し、黒蜜を鞘に収める。そしてウィルに叱責のように声を上げた。

「あいつが無駄弾使わないのが幸運だと気づけ!手を出すな、下がってろ!」

「そっ、んな事!俺達はあんたの援護に!!」

「足手まといだ!!命が惜しけりゃ下がれ!!」

「な!」

馬鹿にされたようで、カッと血が上る。

ドッカーーーーンッ!

その時、暗い町中に大音響が響いた。

メキメキメキ!ドーーーーンッ!!

これは家が倒壊したような音だ。

「トレバーの野郎、やっとやる気出しやがったな、遅いんだよ。
物的被害なんてどうとでもなる。結果オーライだ」

サトミは腰からサバイバルナイフを抜くと、女を恐れず向かっていく。

「一体……何なんだよ……アレ……化け物か?なんだよ、あのなっげえナイフ」

エリックが呆然とつぶやく。

「なんで…なんであんたは怖くないんだよ!なんで!!」

ウィルがサトミの後ろ姿に叫び、思わずその姿に見入った。






サトミとの通信を切ったあと、トレバーは進展しない状況に頭を抱えていた。

「どうすればいいんだよ!頭痛え〜……」

硬直した状況に、ため息しかでない。
何しろ相手は逃げ回ったあげく、空き屋に陣取って持ってる弾を撃ち尽くすまで頑張るつもりだ。
殺せないだけに、こうなると威嚇発砲ぐらいしか手がない。
空き屋は平屋の一軒家で、見るからに間取りが少なく、押し入ろうにも道の正面にしか窓が無かった。

タタタンッ!タタタンッ!

無駄弾ばかりを双方ばらまき、二人が空き屋に立てこもって時間だけがどんどん過ぎる。
まあ、サトミじゃ無くてもイライラする。
殺すなってのがこれほど難しいとは思わなかった。

「トレバー、ウィルは使えるぞ?やっぱ女に殺らせるの?」

「使えるから殺るんだよ、復讐だぜ?お前寝首欠かれてもいいの?」

「お前の思うように行くかねえ、総隊がその場にいたら誰も死なないと思うぜ?」

「わかってるよ。そこんとこ、あいつらの運命に委ねるわ。必要ない奴なら死ぬだろ。神の采配、采配〜」

トレバーが言い捨てながら鼻で笑った。

「罰当たりが、お前が神とか言うなよゲス野郎。
あー……それよりどうするよ。いっそこの家燃やすか?」

横にいたブレイクが、車にもたれてタバコのように巻いた紙を、まるで火が付いているような仕草で吸う。

「馬鹿野郎、他の家に火が回ったらどうするよ。俺、総隊に頭吹っ飛ばされるわ。」

タタタンッ!タタタンッ!

敵は元気に撃ちまくっている。
殺すなが頭にあるので、威嚇しては弾が無くなるまで撃たせると言う、のんびりした作戦だ。
平屋なので、身の軽い奴が屋根の明かり取りから攻めようとしたが、ガンガン撃たれてケガして終わった。

「セカンドはやっぱ2番でしかねえよなーって、またファーストに馬鹿にされんよなー」

ブレイクのぼやきにカチンときた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み