第1話 夢での再会、そして事のはじまり
文字数 2,384文字
俺の子供の頃の夢は、白いもやの向こうに音がするだけだった。
それでも、最近は帰ってから見た光景が合成されて、ガキの頃の音と誰もいない家から音だけが楽しそうに響く。
ひどく寂しくて、周りを走る妹の足音がコトコト軽い。
11で家を出て、たった4年しか経っていないのに、家族はどこに行ったんだろう。
無駄とわかっていても、今日も夢の中で目を閉じて心で語りかける。
ミサト……ミサト……
夢の中の小さな妹の声が、お兄ちゃんと囁く。
「ミサトッ!」
あ、声に出ちまった。 と、思ったときだった。
“ お……ぃ…ちゃん…… ”
ハッと息を呑む。待て、落ち着け、心を乱すな。
“ にいちゃ…………お兄ちゃん? ”
ミサ…ト?! ミサト!お前、どこにいるんだ?今どこに住んでる??!!
“ え?え?マジ繋がった?! やっだ!マジィ??これほんとに兄ちゃん?夢??
うっそ、ボヤッとしか見えない。どこいるのー?つか、やっぱ生きてんだーー!
あたしの声、聞こえてるー?ヤッホー ”
なんで!なんで今まで!なんで今まで……
「 返事しなかった!!ミサト!!」
デカい声で叫んで、パチッと目が覚め飛び起きた。
「 あああああああああああ!!!!! 」
ボサボサ頭で愕然として、着ていた毛布を丸めて床に叩きつけた。
「あーーーーーーー!!俺の馬鹿やろおおおおおおお!!
ずっとこれ待ってたのに、何でこんな中途半端なとこで目が覚めるんだよおおおおお!!!」
バリバリ頭かきむしって、ベッド転げ落ちてジタバタ一人で転げ回ってピョンと飛び起き、壁をドンと叩く。
「あああああああああーーーーーーーー!!!くっそおおおおおおお」
手が引っかかって見ると、拳で壁に穴が空いて突き抜けてた。
「くっそ、くっそ、くそう!」
廊下から補修用の板持ってきて、釘をどんどん叩く。
バキイッ!
叩きすぎて、金槌でまた穴が空いた。
「くそうっ!!」
駄目だ!落ち着け!家を半壊にしたらオヤジに怒られる!
ピピッピピッピピッ
時計のアラームが鳴り始めた。
そうか、もう起きる時間か。
「とにかく!とにかくだ。
成功か失敗かは微妙だが、とにかくお互い生存確認は出来た。」
どうせ俺の声はあいつに届かない。
生きていることはなんとなくわかっていたが、声が聞けたのは大猟だ。
あいつは俺の、どんな姿を見たんだろうか。
俺は声だけ、妹は姿だけ。俺達兄妹は、微妙にすれ違った夢の交信で繋がっていた。
男が一人、昼間だというのに薄暗い路地の石畳を急ぎ足で歩く。
時々振り向くのは、なにか後ろめたいことでもあるのだろう。
ここはサトミ達の国メレテの隣国アルケーだ。
元は一国が分裂したこの一帯の国は、文芸の女神ムーサの名をそれぞれの国が冠している。
その中でも、メレテは比較的大きい国だ。
だが戦時中、メレテとアルケーは対立国だった。
アルケーは国としての歴史は浅い。
過去、近代にメレテから分離独立した歴史を持っている。
戦時中メレテは独裁を敷いた大統領の指揮の下、大国の後ろ盾を持ってアルケー侵略を繰り返し、幾度も国境を越えての激しい小競り合いが頻発していた。
アルケーは小国ながら善戦したものの次第にメレテに押され、苦肉の策として隣のテレクシーと連合を組み、それを繋ぎに国際連合軍と手をつないだ。
それで、戦況はがらりと変わった。
次第にメレテが劣勢となり、メレテの国境近くは最前線となって、終戦までに町は破壊されてしまった。
ロンドもその一つだ。
戦況は泥沼化し、大戦が収束した後も尾を引いた。
連合軍はメレテの大統領に何度も退陣を要求し、それでも引かない大統領がやがて側近に暗殺されたことで後ろ盾の大国が手を引き、ようやく終戦を迎えた。
その時、政権幹部はほとんどが粛正され、軍主導ではあるが穏健派の新政権が国際連合と条約を結んで今に至る。
結局、大統領はすべてを背負って死に、政権が変わったことでメレテは敗戦国とはならなかった。
2国は表面ではにこやかに笑みをかわしながら、裏では今でも犬猿の仲だ。
敗戦国として誰も責任を取らない形がアルケー側には不服で、メレテ側には虎の威を借る狐状態のアルケーが卑怯に思えて毛嫌いされている。
だから、2国は今でも非常に危うい状態だ。
常に相手の腹を探り合い、情報を探り合っていた。
路地から通りに出ると男が立ち止まり、耳を澄ませる。
サッと横の暗がりに入り、後ろを確認すると別の路地へと入る。
そうやって、何度か繰り返してあるアパートに入って行く。
慎重に慎重を重ねたつもりが、彼が気がつかないうちに、自分に行動パターンが生まれていることに気がつかなかった。
コンコンコン
ドアを鳴らし、小さく合い言葉を告げる。
すぐにドアが開き、ネクタイを緩めたサラリーマン風の、少々疲れた風貌をした白髪の仲間の姿にホッと息を漏らした。
「デビッド、例の裏取引の情報掴んだ。情報提供者はT・Bだ、信頼出来る。
やはりウランだ、しかも取引をどこでやると思う?
国境のメレテ側だ。」
デビッドが、パンと頬を手の平で打った。
思っていた以上の最悪の情報に、首を振る。
「取引をメレテに偽装されると面倒なことになるぞ。
とりあえず、まとめて本部に暗号で送ろう」
そう言って、ふと、顔を上げる。
「なにか?」
「しっ」
車のドアの音を聞いた気がして、壁に隠れながらそっと窓を見る。
この時間、いつもならほとんど通行人など見ない路地を数人の男がうろついている。
デビッドが指で合図した。
緊張した部下が急いで荷物をまとめ、資料やメモを暖炉に放り込み、傍らのガソリンをかけて火をつけ燃やす。
そこに、自分の手帳も中をちぎって放り込み、かき棒で燃えた灰を粉にして行った。
外には次第に足音が増えて行く。
焦る気持ちを抑えて、何度も同じような危機を乗り越えてきたデビッドは、落ち着いてベッドルームヘのドアを開くと逃走への準備を開始した。