第53話 エアーが語る

文字数 3,110文字

デッドを見舞いに行った時、エアーも同じ病院に入院していたのでミサトをデッドの所に置いて見舞いに行った。
俺が持ち帰ったカプセルは、調べるとやはり毒物だった。
全部吐いたか心配だったけど、彼は無事生きている。

ただ、肋骨が折れたらしいけど、……俺のせいかよ………俺のせいかっ?

「久しぶりだな、相変わらず隊長かね?」

ベッド上に座っているエアーは、痩せて年を取った顔をして、俺が一度軍を抜けたことは知らなかった。

「あんたが捕まったおかげでさ、辞めてたのに戻されちまった。
今、勤めてた郵便局に出向扱いさ。責任取ってくれよ」

むくれて言うと、驚くほど明るく笑った。

「ハハハ!そりゃあ悪かったな。
郵便局か、君のことだから…そうだな、アタッカーかな?」

「キシシ!ご名答!」

「そりゃあ、盗賊たちが気の毒だ。
どこの郵便局だい?」

「ロンド、スゲえ田舎だよ。
でも、いい奴らに囲まれて、環境もいい。
俺、今、教会の学校行って字を習い始めたんだ。
正解がちゃんとわかるって、凄く楽しい。」

「それはいい。
君は読み書き出来ないだけだったから、大丈夫。すぐに覚えるよ。
簡単な物は読めたじゃないか。書くのは大人でも苦手な者は多い。自信を持ちなさい。

君に勉強をさせなかったのは、エバンスの策略だ。
読み書き出来ないと、外の世界を知ることが出来ない、外に出ることが遠くなる。
君は自分で自分のことを軽く見ているだろうが、上からは『神の子』と呼ばれて重宝されている。
亡命されるのを一番恐れているのだよ。
だから、エバンスには勉強していることは秘密にしなさい」

「えっ」

そうか、そうなのかな。
それは、考えもしなかった。
確かに、勉強はしようと思えば出来ることだ。
最初の頃、焦ってなんか勉強出来る物は無いかと思ったけど、そんな物ある訳も無く、俺は新聞で勉強することにした。
でもガキの俺に新聞は難しすぎる。
結局読んで貰ってばかりで、耳からの勉強しかしていない。
まるで俺は、目が見えてるのに、見えない時と変わらないような状況に(おちい)っていた。
だから俺の文字の勉強は、とても中途半端な物になってしまったんだ。

「わかった、ありがとうエアー」

「なに、この助言がお詫びでいいかね?」

サトミが足をそろえ、美しい敬礼をした。

「イエス、My dear friend。
どうか、2度と捕まってくれるな。
俺はまたあんたの為にいつでも命をかける。だが、それをあんたは望まないだろう。
だから、2度と捕まるな」

そう言うと、彼は一瞬目を見開いて、うつむき、苦笑して首を振った。

「ハハ、善処するよ。
でも、次に会う時、私はすでに遺体かもしれないな。
そうだな……月並みだが君の善意にこう言おう。
私のために命はかけるな。私のことは、覚えておいてくれるだけでいい。それで十分だ。」

暗い顔でそう言うこの人は、知らない。
自分の事が何もわかってない。
サトミが吹き出して、思わず笑い飛ばした。

「プッハハッ!アハハハハハッ!何言ってやがる!
あんた、どれだけ自分が生きることにしがみついてるか、ぜんっぜんわかってねえ!
いつも死を見つめているようで、ちっとも見ていない」

そう言うと、サトミが大きく手を広げてエアーを指さした。

「良く聞けエアー。
あんたが見てるのは、この国だ。
ひたすらこの国の先を見てる。
そろそろさ、あんたもこの国の真ん中で、下らねえことする奴、殴り倒す事にシフトした方がいいぜ。
頃合いだろう?この国のてっぺんに、腐る果物が出る頃だ」

親指を立ててニッと笑うサトミに、エアーが目をむきプッと吹き出す。

「お前さん、本当に……もう40くらいの男が子供の皮被ってるんじゃないのかね?
ハハッ!ハハハハ!考えておくよ。
君も、どうか元気で。また会える時が来るのは近い気がするよ。

今度は、一緒に動けたらいいね、dear friend」

エアーがベッドに座ったまま敬礼する。
サトミは、彼と握手した。
大きな手は、暖かくて力強い。
生きてて良かったと、心から思って両手で包んだ。

「これで、今回のすべて作戦は終わった。
俺は郵便局のアタッカーに戻るよ」

「妹さんは戻ったと言ったね。ご両親はまだ?」

「まだ、親父達は何故、誰から逃げてるんだろう」

「君の……お父さんは……」

エアーが、言葉に迷う。
彼は、前政権から情報部だ。きっと何か知っている。でも、話せないのだろうとわかっていた。

「俺のオヤジ、戦争中どこにいたの?どこの所属?」

聞いていいのかわからず聞けなかった事を聞く。
エアーがため息を付いて目をそらし、そしてしっかりと俺を見る。

「君のお父さんは、戦時中、大統領親衛隊の隊長だった。
親衛隊には3人の悪魔の異名を持つもっとも大統領の信頼を得た側近がいて、君のお父さんは、アスモデウスの異名の付いた神速の剣の使い手だった」

「アスモデウス……どこかで……あっ、」

ジョークが情報説明の時、俺に向けて漏らした言葉だ。
俺のあだ名かと思っていたけど、あれは俺に親父の姿を見たんだ。

「なんで失脚したの?俺が物心ついた時は、すでに親父達は逃げていた」

「お父さんは、周りの意見を一切聞き入れない大統領について行けず、暗殺計画を立てたんだ。
だが、それは決起途中で情報が漏れて逮捕されてしまった。
もちろんあの大統領だ、激怒してすぐに銃殺指示が出された。だから私は、彼の脱走を手助けしたんだ」

ゴクンと息を呑んだ。
俺は、知らない事が多すぎる。
エアーは、そこまで喋ると押し黙ってしまう。
そこまでしか話せないのだとわかった。

「ありがとう、エアー。
俺は、それを知る事が出来てとても嬉しい。
俺は、親父を責める事はしない。親父にとって、きっと……戦後はまだ、来ていないのだろうと思う」

エアーの手を握ろうとした時、彼が急に身を乗り出して抱きしめてくれた。
俺は、知らないうちに涙を流していた。

何かわからない。色々がぼんやり入り交じっている。
暗殺は、親父が失敗したから俺がやらされたんだろうか。
親父が裏切り者だから、俺は11で入隊させられたんだろうか。
子供なのに、あんな殲滅部隊なんかになったんだろうか。

何か言いようのない、言葉に出来ない感情が、戸惑いで満たされていた。

「俺って、軍にとっては犯罪者の息子なのかなあ」

ぽつりと漏らした言葉に、エアーが激しく首を振る。

「君のお父さんは、英雄だった。真の、国民を守る兵士の一人だった。
彼が暗殺を決意したのは、国境付近のある町に隣国との癒着の疑惑がかかり、そこの虐殺命令が出たからだ。
君のお父さんは、国民を守る為に動こうとしたんだ。だから何も恥じる事は無い」

「国境近くの……町?それって……」

「ロンド周辺だよ。あの辺は戦中混沌とした地帯だった。
どこかの町がアルケーと組めば、あっという間に戦況が変わる。
だから虐殺が起きれば、かえって反旗を翻す町が出る。
お父さんは親衛隊だったが、激しくそれを抗議した。が、聞き入れて貰えなかった。

だが彼の一件で大統領は他の側近の言葉もあって虐殺を止めた。
その代わり、この一帯を主戦場に変更して爆撃もいとわなかった。
でも、君のお父さんがいたからこそ、軍は密かにミルドまで兵を送り、守備を固めたんだ。
君のお父さんは、軍でも部下に慕われ人気があった。
大統領は、それも気に入らなかったんだよ」

だから親父は一旦逃げて、追っ手をまいたあと名を変えてでもあそこに住む事に決めたんだ。
見つかる事を覚悟しても、あの大統領が生きている限り。

俺達は、だから、人の何十倍も鍛えられたんだ。
いつ自分がいなくなってもいいように、成長したら共に町を守って戦えるように。

俺は、それまでなにも見えなかった親父の姿が、何故かそのカッコイイ後ろ姿が、俺の頭には思い浮かんだ。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


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