第41話 グリズリーババアに要求あり!

文字数 2,981文字

ミサトを投げ飛ばしてパンパンと手を叩き、サトミがポカンと口を開けて立ち尽くしているイレーヌに手を上げる。

「あー、めんどくせえ。悪ぃ悪ぃ、待たせてすまねえな。
あれでも可愛い妹だ、俺に免じて許してやってくれ。
さ、続きでもやるか。」

やるかと言われても、もう勝てる気がしない。

「あたしがあんたに勝つ確率が、限りなくゼロに近い気がするんだけど?
こんな…殴られるなんて初めてだわ。今まで散々殴ってきたのに。」

「殴って殺してきたんだろ?グリズリー。
殺しは楽しかったか?殺したくて殺してきたか?」

「そんなことある訳ないじゃない!!
あたしは命令の下で動くだけよ!入隊だって、そうするしか無かった!
殺せ!殺せ!殺せ!何がアルケーのワンダーウーマンよ!私は普通に普通の女でありたかった!」

心に秘めていた言葉を吐き出すと、サトミが苦笑する。

「フフ……まあ、俺はあんたを生け捕りに出来りゃそれでいいんだけどよ。
なあ、イレーヌ・ボウ、あんた……俺の部下にならねえ?」


「 は? 」


「は?」「え?」

「え?」「うぇ?」「グハッ!」


「ええええええええええええええええええーーーーーーー!!」


『無理!無理ですよ!何言ってンすか!ボスは俺達だって信じてない奴ですよ?
こいつがスパイに鞍替えしたら筒抜けになるんですぜ?!』

『トレバー!止めろ!総隊が暴走してる!グリズリー女なんか、誰が仲間に入れるかよ!』


愕然としたあと、騒然と騒ぎ立てるヘッドホンからの皆の声を無視してボリュームを下げ、サトミがもう一度聞く。

「今の軍抜けて、フリーにならねえ?って事さ。
そしたら俺の隊が雇う。あんたにはその価値がある。」

価値があると言われ、その言葉にドキッとする。
動く心を抑え、冗談じゃ無いわと手を上げた。そんなこと、できるわけない。

「人殴っといてなにそれ!こんな酷い目に遭ったこと無いわ!
あたし、明日は見せられない顔になるわ!」

サトミがヒョイと肩を上げる。

「俺に銃を向ける奴は全部敵だ。敵に男も女もねえ。そう言うこった。
俺の拳は、あんたに殺された奴らの気持ちも載せている。
まあ、身から出たサビの結果だ、受け止めろ。

だいたい俺には兵隊に男とか女とか関係ない。分けるのもめんどくせえ。
だが力に男女差があるのはわかっているし、女には男にレイプされるリスクがあるのも知ってる。
俺はそう言うリスクを承知の上で、国のため、生活のために入隊する女には敬意を表する。」

サトミが真剣に彼女に向き合う。
言葉がいちいちハートに響く。
そう言う彼は、見た目よりも大きく見える。まだ子供だという事を忘れる。

「でも……、あたしに親兄弟殺せって言うの?それは出来ないわ。
国を捨てて牙をむくなんて、出来るわけないじゃない。
それに、あんたにそんな権限ある訳無い。」

サトミがハハッと笑う。
そんなこと、自分だってそうだ。でも、まだ猶予はある。
彼女は、ただ、国と言った。自分の国、私の生まれた、育った国とは言わなかった。

「今、戦後だぜ?敵はアルケー人とは限らない。
隣国とは決着付いている、多少の小競り合いに俺達が出ることはまあ、滅多に無いってこった。
今回は、例外中の例外だ。何しろあんたの国にこっちが挑発されている。
俺達は、今の平和を継続するのが、させるのが仕事だ。

まあよ、考えてみてくれよ。俺今休職中だけどよ。
俺がこのちっちゃなハートを傷つけながら、メレテの中にいる悪党を倒すことだってあるワケよ。
こんな子供の俺が泣きながら殺しやるの、カワイソウとか思わねえ?」

サトミが妙に芝居付いて、大げさに胸に手を当て悲しそうな顔をする。
そして、パンと手を合わせて、オーバーアクションで手を差し出した。

「だからお姉ちゃん!それをあんたがやってくれたら、僕はね、ちょっぴりラクになって、助かるなあって…

僕はそう思うんだよ、お姉様!」

媚びるサトミの声色が変わって、可愛くキュンキュンしてる。
さっきの大人びた言葉からの変化の大きさについて行けない。
あんぐり開いた口の塞がらないイレーヌが、思わぬ展開に、えーとと言葉を考える。
無線の先で部隊の面々が、ゾオッとして身体をバリバリかいた。

「ああ……ほんっとに………」

イレーヌが両手で顔を覆いククククッと笑って、大きくため息をつく。

「いたた………ああ、もう、いいわ。負けた!
あたし死にたくないし、これ以上、この肌に傷もつけたくないの。
さ、逮捕?確保?どっちでもいいわ。

あんた、考えが甘いわ、やっぱりお子様よ。
あたしはこの国にいたら犯罪者だわ、それに、あたしがあんたの下で拾った情報を、隣に提供するかもしれないわよ?あたしはね、ずっと軍に、彼に束縛されてきた。
それはきっとこれからも変わらない。
ああ……ほんと、面白い子。」

「まあな、そう言うリスクあるのわかってて言ってる訳よ。
あんたなら乗り越えられるってな。」

イレーヌが、唇を噛んで首を振る。

「もう、その話は終わり。そんなのできっこないじゃ無い」

その場に銃とナイフとバッグを放り、サトミに両手を差し出した。
サトミが右手を上げると、駆けつけていたセカンドの隊員が彼女を確保する。

サトミがヘッドホンからのファーストの情報に耳を立てた。

「わかった、目標は師団回収班に引き渡し次第、撤収しろ。こちらも終わった。
師団回収班はセカンド回収班と郊外で合流、ヘリへ引き渡しを行え。
セカンド回収班のギルティは師団の指示に従え、勝手なことをするな。最後まで気を抜くなよ!

イレーヌ、あんたの旦那も見つかったぜ。」

「そう……もう、会うことも無いわ。きっと。」

そう言って、やっとすべてから解放されたようなイレーヌが、清々しい顔でふううっと長く息を吐きうつむいて笑った。
それが、ようやく開放された喜びに見えてサトミが苦笑する。

「対応はどうしましょう」

「規定通りにやれ、例外は無い」

「はっ」

自分を捕まえた兵の一人の質問に応えるサトミに、彼女が怪訝な顔をする。

「で、なんであんたが偉そうに指示してんのよ?」

ちらと、イレーヌに視線を送る。
横目でトレバーが小さく首を振った。
サトミが隊長をしていることは、何故か隊でも外部に漏らすのはタブーになっている。
まあ、師団では、顔は知らなくても子供隊長がいることを知らないものはいない。

「まあいいだろ」

トレバーが、驚いてブンブン高速で首が抜けそうなほど振っている。

「なに?」

「だって、俺がこの部隊の隊長だからな」

「………はあ???あんたが?子供が????はあ???」

「入隊、待ってるぜ。イレーヌ・ボウ」

ニイッと笑って腰に手を置き、指を2本そろえて額に当てる。

「だから、あたしは……困った子」

苦笑して、連行され背中を見せる。
サトミが彼女の背に声をかけた。

「俺はさ、少なくともあんたからは何も搾取しないぜ?
メレテもアルケーも元は同じ国、俺はただ、有能なあんたの力を借りたいだけだ。
あんたはあんたであれば、それでいい。どうするかは自分で決めろ!俺はそれを尊重する!」

イレーヌが足を止め、ハッとした顔で振り返る。

「気が、変わったらね。」

ほんと、ねえ、ミサト。あなたのお兄ちゃんは、神様みたい。

イレーヌがウインクしてチュッとキスを送る。
サトミがうなずき、タンと足をそろえて美しく敬礼した。

「また会おう!イレーヌ・ボウ!」

イレーヌが明るく笑った顔を彼に見せる。その時、彼女の頬を一筋の涙が流れた。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。

・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。


・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。


・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。


・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。


・ミサト・ブラッドリー

サトミの一つ下の妹。

・エアー

デビッド・ロスは偽名。情報部員としては他国にも知られている。数々の功績を挙げているため、苦々しく思ったアルケーに家族を殺されている。

・ガレット・E・イングラム

隣国アルケーの国防大臣の息子。

金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。

タナトスに狩られた時に印象に残った背中に棒を背負った少年兵を探している。

・ギルティ

30代。タナトスのセカンド隊長。ツンツン茶髪。口が軽くあまり物事を深く考えない。

死なない男、強運で生き残っている。仲間からは密かに無能とささやかれる。

隊、唯一の妻帯者。ボスに従順。自分で何も考えない。サトミ入隊の頃、監視役をしていた。


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