第20話 核の懸念
文字数 2,868文字
それはおよそ15の子供とは思えない不気味さで。
床に転げ落ちて見上げるジョークが、思わず彼の密かなあだ名を呟いた。
「……アスモデウス…」
「ハハッ、ハハハハハハ!!ヒャハハハハ!!ヒヒヒヒ!!
笑わせるぜ!俺の短え人生最大の笑いぐさだ!なあ、聞いたか?デッドよ。
核だと?しかも、俺の国の、このメレテの土地で受け渡しだって?
とんだ女神だ、ゼウスもぶっ飛ぶぜ!
その情報を何に使うか、使いたいのか、これ以上無くわかりやすい。
メレテを世界から孤立させるつもりか。
核と言う物は、『持っている』ことより、『持っているかもしれない』と思わせることの方が国として危険は数倍跳ね上がる。
世界中の奴らの懸念(けねん)は膨らみ、否定はすべて隠蔽(いんぺい)と取られる。
オヤジが言ってたぜ、核って奴は蜂の巣と思えってよ。
クソ野郎が、アルケーの奴らの考えそうな姑息なやり方だ。」
「サトミ、ど……どうする?」
ジョークが席に這い上がって座り、サトミの顔をのぞき込む。
サトミは腕を組み、視線が宙を巡る。
そして、口元を親指ではじいた。
「エアーの命がけの伝聞だ。俺達はそれに応えるしかねえ。
タナトスが
間違えればアルケーに嬉々として槍を持たせる事になるだろう。」
「これ、取引材料に使えねえですかい?ボスも何も言ってねえですし。」
「いや、これは政治的な最後の切り札に残す。
ボスはこれを使っていいと、猶予を残しているだけだ。
だが、一情報部員の身柄と交換するには惜しいデカい情報だろ、情報部員の救出はその次だ。
運が悪けりゃ死ぬ、俺も目の前にいないおっさんを必ず救える確証は出来ねえ。
ジョーク、先日の捕虜交換の取引日前日から、取引指定場所を確認しろ。
車の出入り、捕虜を連行したと思われる車の出入りが有るか無いか、そこにエアーの姿があるかどうかだ。
それでアルケー側の今回の交渉の目的が単にガレットの救出か、本当に捕まえた情報部を出す気があるか無いかがわかる。
明言してないことは、出す気は無いと判断して作戦を立てるが裏取りはした方がいい。
軍上層部の気概が変わる」
「承知、本部に解析させる。」
「ああ、それと捕虜連れてご丁寧に隊列組ませた馬鹿野郎は、逃げ帰ってると思うから処分しろとボスに伝えろ。死んだ奴らが浮かばれねえ。
あと、奴らの使ってる通信の回線領域特定しろ。」
「承知、ただ、傍受は国際法に抵触するかも」
「傍受じゃねえよ、回線の特定だ。ちゃんと法律は守らねえとな、俺達正規軍だし。
周波数を把握しておけ」
「承知」
「あーー、クソ、頭いってえ!とりあえず、向こうが動くまで護衛の準備だ。
護衛はセカンドが重点的にやれ。ファーストは町に慣れてるだろ?情報収集と動ける位置に配置。
ジャッジ班には奴らの行動を逐次記録に残せと伝えろ。
何が脅しのネタに使えるかわからねえ。」
「承知、伝える」
「デッド、俺は一旦家に帰る。この町では駄目だ、俺はヤバい寝癖がでるかもしれねえ。
お前ら殺したら頭数が減る、作戦に支障が出る。
緊急の連絡は無線か電話を使え。俺は普通に仕事に出る。
デッド、無線の一式出せ、ヘッドホンがいい。
あの辞める前使ってた、耳に差し込む奴は俺のサイズに合わない、クソ痛い。周りの音が聞きにくい」
「あー、なるほど、わかりました。
これ、持ってくる装備の一覧の音声情報です。」
デッドがサトミが愛用していたボイスレコーダーを、ジョークがスマホをサトミに差し出した。
スマホは特定のアプリ3つしか入っていない。
純粋に、映像連絡用だ。
「これ、使い方覚えてるか?」
「あー、んー、だいたい。コールマーク付いたらそれ押すんだな。」
「押すんじゃ無い、触るだけ。サトミすぐバカぢからで押し割るからなーー」
ジョークが遠い目で見る。
サトミに精密機器は持たせたくない。
「割らねえよ!わかった、軽く触れる。
あと、奴らが掴んだ刀持ちの情報、どうなった?」
デッドがああと首を振る。
「それが、ゼロとメモが追ったんすけど、彼奴らの尾行が下手くそで気付かれたのか、見事に巻かれたとかで。
ただ、女という事とマフィアのボディガードっぽいことやってたような、違うような。
相手マフィアきれいに消して殲滅させたとか、……殺し屋っすかねえ……」
やれやれとサトミが肩をひょいと上げる。
「違うな、それは俺の関係者じゃねえ。残念だ。
明日からのアタッカー護衛の方法は任せる。目標の動きわかったら教えろ。
俺も接触あったら知らせる。」
ざっくり全否定して、サトミがトラックを降りる。
そしてすでに暗くなった空を見上げ目を閉じた。
なあ、オヤジ、違うよな?ミサトは普通に学校って奴行って、普通に暮らしてんだろ?
ちょっと複雑な気持ちで立ってると、トン、とデッドに肩を叩かれる。
下からのぞき込んで笑った顔を見せた。
「飯、隊長の分ありますぜ。ろくなもの食ってねえんじゃないですかい?
痩せて見えたって言ったら、ボスが心配してましたぜ?」
「余計なこと喋るな。ボスの本心は心配じゃねえ、あのクソ野郎が心配なんてする訳ねえよ。」
「ハハッ!まったくで。あいつの頭にあるのは、自分に有益か不益かの判断くらいですねえ。
あと、明日から連絡用にジャッジとアントを補佐に付けます。
私服で行かせますんで、好きに使って下さい。」
「なんだ、じゃあスマホ返す」
「夜は駄目でしょう、夜は〜」
「あー、二人とも夜はこっちか。
そうだなあ、俺は今、やっぱ家にいたいんだ。そんな気分なんだ。
お前らは嫌いじゃ無い、家族だと思う。
でも、今の俺は、普通に、普通の生活を過ごしたい。」
遠くを見てぼやく言葉は、理解出来る。デッドが並んで、肩を抱こうとして手を引っ込めた。
「メシ食ったら家まで送りましょうか?」
「俺の心配してねえんだろ?」
「やだなあ、言葉のあやですよ〜、新聞読んでもいいですぜ?」
「作戦中はやめとく、オフの時来い。」
「イエス、サトミ。………家族と…会えれば良いですね。」
家族なんてろくでもない奴らに囲まれて育ったデッドが、小さく声をかける。
小さく、消えそうな声で。家族という言葉がデッドには縁が薄い。
信頼していた親に殺し屋にされ、心身共にボロボロだった自分と、普通の家族って奴はどこか違う世界のような。
サトミが、ニッと笑って振り向く。
「久しぶりだな、みんなとメシ食うの。行こうぜ!」
たまに見せる、サトミの子供っぽいこう言う顔が、胸にキュンとくる。
この人は、家族と会ったら変わるんだろうか?
それだけが心配だけど、今は考えないようにしよう。
「ええ、マッスルに豆のスープ作れって言っておきましたけど、さてどんなものが出るか。」
「ハハッ!そりゃ楽しみだ!」
デッドはサトミの言葉に敏感だ。ダンクに漏らした言葉を覚えてくれていた。
サトミにとって、タナトスという部隊は反吐が出るほど嫌いで、それでも供に命張って闘った仲間はもう一つの家族で。
家族がどんな顔で自分と会うのか、それとも会ってくれないのか、今の不安が彼らの中に入ることで