破界の使徒(1)

文字数 3,612文字

 真空の刃、すなわちカマイタチは無色透明である。しかし今は砂塵が舞っており、押しのけられたそれが軌道を教えてくれた。
「フン!」
「っと!?
 手の平で受け止めるノウブル。衝撃波で迎撃するインパクト。アイズは走りながら体勢を深く沈め、紙一重の差で回避する。通過した刃は背後のサボテンを両断した。
 今のはもちろん自然現象ではない。あの男が放った攻撃。彼女にはその発生プロセスまで見て取れている。
(人為的に『記憶の再現』を行ったか)
 洞窟でアリスが語ったように魔素という物質は接触した生物の記憶を保存し、電気刺激を受けた際にその再現を行う。ただの物質というより、そういう習性を持った極小生物群と解釈すればいい。人体には微弱ながら電気が流れており、それを利用すればやはりアリスが行ったように故意に再現を発生させることも可能となる。
 そしてどうやら、あの甲冑を身に着けた者達も思い描いたイメージを魔素に再現させられるようだ。
(魔法や加護のようなものだな)
 続く一撃も難無く回避してさらに間合いを詰める。アルトルの知識によると、世界には魔素に近い性質を持つ『精霊』と呼ばれる生物が存在しており、燃焼や凍結など様々な現象を起こす力を持つ。そんな彼等に『魔力』という対価を支払って人為的に現象を発生させる技術を『魔法』と呼ぶ。
 天士の『加護』の中には、この魔法を本来必要なプロセスを経ずに行使しているものもある。呪文詠唱や魔力操作といった高度な知識や技術を必要とする部分を加護が代行してくれるわけだ。
 男達の使っている技は精霊の代わりに魔素、魔力の代わりに体を流れる雷力を用いた『疑似魔法』とでも呼ぶべきもの。魔素の再現力にもし限界が無いとすると、習熟次第で天士の加護より強力な武器となるかもしれない。
(だが、この男は拙い!)
 三発目のカマイタチも横に跳んで避ける。初撃にこそ驚かされたものの今度は相手の顔に焦燥の色が浮かんだ。
 いや違う。
 表情はこちらの油断を誘うためのブラフ。堆積した砂で高い丘が出来ている。その丘が作り出した影の領域にアイズは誘い込まれた。途端、影の一部が鋭角に突き出して足下から彼女を狙う。
 とはいえ、それもやはり見えていた。足が沈むほどの砂を蹴って、アイズは空中高く飛翔する。その高さは男の予想を遥かに超えた。
「なっ!?
 今度こそ本気で驚く襲撃者。彼だけでなく仲間達もアイズの靴が放つ輝きを見て目を見開く。
「キッカー!?
 そう、これは天士クラウドキッカーの能力。靴を特殊な力場で包んで空中を自在に駆ける力を得る。
 眼下の男はまた真空の刃を放ったが、アイズは空を蹴って避けた。どころか稲妻の如き急降下をかけて一気に目の前に着地する。
「うぐっ!?
 振るわれた短剣をかいくぐり、的確に鎧の隙間を抜いて鳩尾に肘。相手の体がくの字に曲がった瞬間、今度は周囲の砂が巨大な拳を形作って彼女の右手の動きと連動し、男を掴む。そして強烈な力で締め上げた。
「ぐああああああああああああああっ!?
「ロックハンマー……」
「そういうことだ。今の私には彼等の力も宿っている」
 この身を救うため自身の加護を返還し、命まで捧げてくれた十九人の天士(なかま)達。彼等は死んだが、その力は今なお彼女と共にある。
 全身を圧迫された男はほどなく気絶した。残り七人、アイズは次の標的へと走り出す。全員が同じ動力甲冑を身に着けているが、彼女にとってはさほどの脅威でもない。
「アクセルライブ!」
 死した仲間の名前を呼ぶとその速度はさらに数倍に達し、音速をも突破して空間に残像を残した。



 アイズが二人目の攻略にかかったのと同時、残る六人の襲撃者はノウブル達に肉薄する。風を切り、砂を蹴立てて、互いの武器がぶつかり合った。
「むっ?」
 棒、槍、かぎ爪。次々に繰り出される攻撃を両手の平を盾にして弾きながら違和感を抱くノウブル。全ての武器が周囲の砂と良く似た色に塗られているが、素材はどうやら金属ではない。
(木製? いや違うな)
 なんにせよ鉄とは異なる感触。もっと軽くて、さらに硬い。敵に錬金術師が付いているとすると、一般には知られていない素材の可能性もある。
「こいつら、まさか僕の力を、知って――」
 執拗に追いすがってくる敵に苦戦を強いられるマグネット。彼は磁力を操る天士。敵の身に着けている武具が鉄製なら、それだけで圧倒的な優位に立てる。ところがこの集団は鉄を一つも身に着けていない。他の磁性体もだ。
「多分、私の力も知られてますね! くっ!?
 かぎ爪を剣で受け止め、うめくフルイド。彼は水を操る天士。砂漠のような乾燥地帯にいること自体がすでに大きなハンデ。相手の体内の水分まで操れるなら無敵だが、残念ながらそれは出来ない。
 しかも敵の甲冑の力が凄まじい。想像以上の圧力をかけて上から押し込んで来る。関節部に取り付けられた筒状の部品、その部分から銀色の霧が噴出するたびさらに力が強まった。
 つまるところ油圧シリンダーに似た装置である。生物の思念に反応する魔素の特性を利用し、筒の内部で膨張させて圧を高めピストンを動かす。その力を装着者自身の筋力に加算し怪力を発揮させる仕組み。
 次の瞬間、動けなくなったフルイドに背後から襲いかかる二つの影。片方をインパクトが殴り飛ばし、もう片方はノウブルが掴んで地面に叩きつけた。
「ガハッ!?
「二人目」
 素早く頸部に追撃を入れて気絶させる。ところが今度は他の敵が一斉に炎の矢を生み出し、数本ずつフルイドに向けて放った。疑似魔法だ。
「なっ!?
 鍔迫り合い中の仲間まで巻き込む非情な戦術。そう思ったが、しかし違うと直後にわかった。ノウブルの『盾』の力に似た銀に輝く壁がフルイドの眼前の敵だけを包み込む。甲冑から魔素を放出して防火壁を形成。これなら燃えるのはフルイドだけ。
「守れ!」
 天士達も素早く集結。自らを盾とすべく防御陣形を組む。
 しかしさらに予想外のことが起こった。無数の炎の矢は着弾と同時に炸裂し、鉄をも引き裂く大爆発を起こしたのだ。



「やったか?」
 舞い上げられた砂で天士達の姿が隠れている。一旦立ち止まって様子を見る襲撃者達。
 直後、砂塵の中のノウブルが命じた。
「やれ」
「はい!」
 今しがたの大爆発に匹敵する衝撃が地面を揺らす。突然のことに足を取られバランスを崩した襲撃者達へ、さらに大量に舞い上げられた砂が砂嵐となって襲いかかった。
「くっ!?
「波を操る天士か!」
 そう、天士インパクトの能力はあらゆる『波』の操作。単純明快な性格ゆえ普段は衝撃波を放って攻撃するという使い方しかしていない。だがこの能力は本来、様々な応用の利く力である。
 殺気を感じて飛び退く襲撃者達。彼等の鎧は各部に噴射口があり、そこから高圧の魔素を噴射することで天士並のスピードを発揮できる。今のように姿勢が崩れた状態からの緊急回避という使い方も可能だ。
 だが後ろ向きに跳躍した彼等の足下の砂に波紋が広がり、それが瞬時に彼等を追い越したかと思うと、急に大きくなって壁と化した。
 砂に衝撃波を叩きつけたのは目くらましのためであり、同時に波を作り出すため。ただの砂から砂の波となってしまえば能力の効果対象。
「なっ!?
「まずい――」
 壁にぶつかり足を止められる二人の襲撃者。長い距離を跳ぼうとして高度を低く取ったことが仇となった。
 さっきより濃密な砂塵が視界を覆っていて天士達の姿など全く見えない。逆にインパクトには彼等の位置が正確に掴めている。
(ヘッ、なんでオレらがアイリスの追跡を任されてたと思う?)
 流石に声には出さず、静かに近付いて行く彼。走るスピードは緩めていない。緩める必要も無い。音は能力を使って消している。
 音も空気の振動であり、つまりは波だ。彼は特定の音だけを消すことが可能だし、音波の反響を感じて周囲の物体の位置や形状を認識できる。
 敵の位置は正面、目の前。
「ドーン!」
「うぶっ!?
 突然飛び出してきた彼に殴られ、顔から砂に埋もれて気絶する襲撃者。砂塵に隠れておいて正面から殴りかかって来るとは思わなかったのだ。完全に意表を突かれた形。
 もう一人は仲間を見捨てて空中へ逃げた。ところが、その背中を空を駆けて来たアイズが蹴り飛ばす。
「がっ!?
「ノウブル!」
「任せろ」
 男が蹴り飛ばされた先には、すでに迎撃態勢を整えてあるノウブル。咄嗟に魔素で障壁を形勢。けれど、それはこの男に対しては悪手。
 光に包まれた右手が容易に障壁を砕いて男の顔面を掴む。すかさずそのまま地面に叩きつけた。凄まじい衝撃で瞬時に意識が飛ぶ。
 ノウブルの『盾』は絶対防御の力。強度において上回るものなど何一つ存在しない。たとえそれが魔素を用いた『盾』であっても。
「四人」
「いや、五人だ」
 着地しつつ訂正するアイズ。彼女はすでに単独で二人倒している。残りの敵は三人。
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