守護者の血統(2)
文字数 3,124文字
仲間達を置いて一人ドームの外へ出たノウブルの脳内に、再び三人の部下の超感覚を統合して作られた俯瞰図が浮かび上がった。これもアイズによる支援。周囲は全て肉塊に包まれてしまっているが、破壊すべき魔素結晶の位置は彼女が教えてくれる。
しかし、ルインティの複製はそれらをよりにもよって全て離れた位置に配置していた。意図して行ったことかは知らないが、兎にも角にも一番近い結晶を目指す彼。一瞬たりとも足を止めず、自身の加護と強化された身体能力だけを頼りに猛進を続ける。
ほどなく、視界に銀色の光が映った。
すかさず方向転換して攻撃。
「ゴオッ!」
気を吐いて体当たり。力強く踏み込んだ彼はいとも容易く魔素結晶を砕いた。これで残り十二個。勢いを殺さずそのまま走り続ける。
二個、三個、四個――五個目を破壊した直後、何かに足を取られた。
「!」
甲冑だ、襲撃者達が身に着けていた動力甲冑。装着者は肉塊に取り込まれたようで見当たらない。ともかくそれを踏んでしまったせいで足を滑らせる。
転倒した彼に素早く襲いかかる触手。手足や胴、さらには顔にも絡み付いて引き寄せ、肉塊に飲み込もうとする。
しかし彼はウォールアクスに次ぐ膂力で強引に引き千切った。顔に絡まったそれは咬み千切って切断する。
「邪魔だ!」
加護を足先に移動させ、体術により触手共を薙ぎ払い、加速に必要な空間を確保。そしてまた走り出す。
命がけの任務。だからまた思い出す。彼はこんな時いつも疑問に思うことがあるのだ。自分は何者かと。
この体術は誰に教わるでもなく最初から身に着けていた。そして加護の使い方も、なんとなく始めから理解できた。
他の皆は人から天士になった。だから元々は異能など持っていなかったはず。なのに自分は最初からわかっていた。むしろアルトルによって与えられたこの力に対し、物足りないとさえ感じている。
(俺は何だ?)
本当に人間だったのか? 最初から人ではなかったのでは? だとするなら人間や天士に対して感じている違和感にも説明が付く。誰と一緒にいても常に自分とは違うのだという意識が付きまとった。
唯一の例外はアイズだけ。彼女に対してだけは親近感を覚える。全く対等で、まるでそう、家族と接しているかのような。
――そう思った時、突然誰かが話しかけて来た。
『何を言っとる、ワシらがお前の家族じゃろうが』
「!」
誰なのかはわからない。知らないはずなのに懐かしい声。
そして脳裏に浮かんだのは、巨大な狼に見下ろされている光景。言葉が勝手に口をついて出る。
「師、匠……」
そうだ、思い出した。全ての記憶が蘇ったわけではないが、自分には家族がいたはずなのだ。幼い頃、あの二人に育てられた。
黒い狼と白い聖女に。
「ぐっ!?」
七つ目の結晶を壊して八つ目に向かう途中、蘇った記憶に気を取られまたも触手に絡み付かれた。生意気にも学習能力があるらしく、今度はアリスがそうしていたように魔素で表面を覆っている。
しかしノウブルも学んでいる。手刀を『盾』の力で覆って切断。地面を強く蹴り、今度は蹴りを使って一気に肉壁をぶち抜いて距離を稼ぐ。
「ハアッ!」
着地したその場所は八つ目の結晶の目の前だった。即座に破壊して次へ。
ところが脳内の俯瞰図がブレ始める。身体強化の効果も切れそうだ。原因は考えるまでもない。
「意識を保てアイズ! もう結晶の位置さえわかればいい!」
彼女が力尽きようとしている。あるいはアリスの防御膜が突破された。それでも応えてもらえると信じ、彼はついに『切り札』を使う。
「龍来儀 !」
ナルガルで竜と戦って以来の使用。アクセルライブの加護で生じていた以上の高揚感に包まれ、同時に凄まじい負荷が全身にのしかかった。
この技も代償を必要とする。すでに疲弊していた状態での使用は確実に彼の寿命を縮めた。だが、そうするだけの価値はある。地脈から吸い上げた力が彼の全身を覆い、白く輝かせた。
同時に脳内の俯瞰図がまた鮮明になる。アイズが最後の力を振り絞って要請に応えてくれた証。
彼女の努力と信頼に報いたい。
報いねばならない。
記憶の中の師が、その想いを肯定する。
『それでええ、その手は守るためにある。そうじゃろう弟子 よ』
「ああ――」
もう一つ思い出した。自分の本当の名前。
シールド・テムガム。
「それが俺だ!」
彼は加速した。全身から放出する白い光で赤い肉壁を切り裂きながら雷光と化し、瞬時に四つの魔素結晶を破壊する。
そして最後の一つを破壊しようとした時、周辺の全てを飲み込んで肥大化を続けていた肉塊が逆に収縮して十三個目の結晶を守った。ということはこれがルインティの複製の心臓。
結晶を覆った肉塊は二人の人間が抱き合っているかのような形状。アクターもここにいるのかもしれない。
「ぐっ、く……っ!」
貫けない。巨大な肉塊が圧縮され、さらに魔素で自分を覆って防御している。今のノウブルとすら拮抗するほど激しい抵抗。魔素に弾かれた白い光が光線となって触れたもの全てを切り裂く。不可視のエネルギーも放出され彼を彼方に弾き飛ばそうと荒れ狂った。
さらに目の前の肉塊は幻像を作り出す。やはりアクターが共にいるのだ。
同情を誘おうという意識的な行動か、それとも無意識の告白か。周囲に投影されたその光景は彼とルインティの思い出。いかにして出会い、仲間を裏切り、そしていかなる結末を目指していたかを語る幻像。
『彼女の笑顔を守りたかった』
『彼と一緒なら、幸せだった』
一体化したからなのかルインティの記憶も混ざっている。彼女の想いも声になって伝わって来る。
「アク、ター! お前は、間違えた!」
アクターはルインティの気持ちを理解していなかった。彼女は、彼と一緒にいられればそれで満足だったのだ。なのに彼は、人並みの幸福を与えることに執着した。
なら、戻って来れば良かった。アイズとアリスすら許されたのである。天遣騎士団には二人の居場所も用意できた。
せめて隠れているべきだった。誰にも見つからない場所で二人だけで平穏に暮らすだけでもルインティは救われただろう。
彼女の幻像は涙を流す。おそらくアクターには見せなかった本心。
『一緒にいたい……』
「!」
それで気付く。圧縮された肉塊のその形は、愛しい恋人を抱く少女の姿そのものだと。ならば心臓の位置は――
ノウブルは獣の如き咆哮を発した。
「蛇咬 !」
左手で肉塊を掴み、不可視の力の奔流に耐えながら溜めを作る。そして地面を蹴り、同時に左腕で己と肉塊を引き寄せ、右手を『盾』で覆いながら捻りを加えて貫手を押し込む。かつて師が見せてくれた技のように。
皮膚が裂け、血管が破裂し、肉が焼け焦げた。全身の筋肉も断裂寸前。
構わない。彼はアクターの上官なのだ。部下の過ちを正し、責任を果たす。
「ッ!」
――ついに、指先が圧縮された肉塊を貫いてルインティの魔素結晶に届いた。
その瞬間、アクターの幻像とは異なる映像が脳裏に閃く。魔素の力を使って送り込まれた思念。
本来の姿で微笑む少女が彼に告げた。
ありがとう、と。
結晶は粉砕され、魔素によって生み出された肉塊は元のそれに戻り、淡雪のように溶けて消えていく。胸を貫かれた少女の亡骸は、腕に抱いていた恋人にもたれかかった。
満身創痍のノウブルも白い輝きを消し、その場に膝をつく。
そして歯を食い縛った。
「余計なことを……」
感謝など不要。殺した相手に礼を言われるなど気分の良い話ではない。ただ罪悪感が増すだけ。
もしも今アリスが敵に回ったとしたら、きっと躊躇ってしまう。彼女を殺せなかったアイズの気持ちが、今ようやく、少しだけ理解できた。
しかし、ルインティの複製はそれらをよりにもよって全て離れた位置に配置していた。意図して行ったことかは知らないが、兎にも角にも一番近い結晶を目指す彼。一瞬たりとも足を止めず、自身の加護と強化された身体能力だけを頼りに猛進を続ける。
ほどなく、視界に銀色の光が映った。
すかさず方向転換して攻撃。
「ゴオッ!」
気を吐いて体当たり。力強く踏み込んだ彼はいとも容易く魔素結晶を砕いた。これで残り十二個。勢いを殺さずそのまま走り続ける。
二個、三個、四個――五個目を破壊した直後、何かに足を取られた。
「!」
甲冑だ、襲撃者達が身に着けていた動力甲冑。装着者は肉塊に取り込まれたようで見当たらない。ともかくそれを踏んでしまったせいで足を滑らせる。
転倒した彼に素早く襲いかかる触手。手足や胴、さらには顔にも絡み付いて引き寄せ、肉塊に飲み込もうとする。
しかし彼はウォールアクスに次ぐ膂力で強引に引き千切った。顔に絡まったそれは咬み千切って切断する。
「邪魔だ!」
加護を足先に移動させ、体術により触手共を薙ぎ払い、加速に必要な空間を確保。そしてまた走り出す。
命がけの任務。だからまた思い出す。彼はこんな時いつも疑問に思うことがあるのだ。自分は何者かと。
この体術は誰に教わるでもなく最初から身に着けていた。そして加護の使い方も、なんとなく始めから理解できた。
他の皆は人から天士になった。だから元々は異能など持っていなかったはず。なのに自分は最初からわかっていた。むしろアルトルによって与えられたこの力に対し、物足りないとさえ感じている。
(俺は何だ?)
本当に人間だったのか? 最初から人ではなかったのでは? だとするなら人間や天士に対して感じている違和感にも説明が付く。誰と一緒にいても常に自分とは違うのだという意識が付きまとった。
唯一の例外はアイズだけ。彼女に対してだけは親近感を覚える。全く対等で、まるでそう、家族と接しているかのような。
――そう思った時、突然誰かが話しかけて来た。
『何を言っとる、ワシらがお前の家族じゃろうが』
「!」
誰なのかはわからない。知らないはずなのに懐かしい声。
そして脳裏に浮かんだのは、巨大な狼に見下ろされている光景。言葉が勝手に口をついて出る。
「師、匠……」
そうだ、思い出した。全ての記憶が蘇ったわけではないが、自分には家族がいたはずなのだ。幼い頃、あの二人に育てられた。
黒い狼と白い聖女に。
「ぐっ!?」
七つ目の結晶を壊して八つ目に向かう途中、蘇った記憶に気を取られまたも触手に絡み付かれた。生意気にも学習能力があるらしく、今度はアリスがそうしていたように魔素で表面を覆っている。
しかしノウブルも学んでいる。手刀を『盾』の力で覆って切断。地面を強く蹴り、今度は蹴りを使って一気に肉壁をぶち抜いて距離を稼ぐ。
「ハアッ!」
着地したその場所は八つ目の結晶の目の前だった。即座に破壊して次へ。
ところが脳内の俯瞰図がブレ始める。身体強化の効果も切れそうだ。原因は考えるまでもない。
「意識を保てアイズ! もう結晶の位置さえわかればいい!」
彼女が力尽きようとしている。あるいはアリスの防御膜が突破された。それでも応えてもらえると信じ、彼はついに『切り札』を使う。
「
ナルガルで竜と戦って以来の使用。アクセルライブの加護で生じていた以上の高揚感に包まれ、同時に凄まじい負荷が全身にのしかかった。
この技も代償を必要とする。すでに疲弊していた状態での使用は確実に彼の寿命を縮めた。だが、そうするだけの価値はある。地脈から吸い上げた力が彼の全身を覆い、白く輝かせた。
同時に脳内の俯瞰図がまた鮮明になる。アイズが最後の力を振り絞って要請に応えてくれた証。
彼女の努力と信頼に報いたい。
報いねばならない。
記憶の中の師が、その想いを肯定する。
『それでええ、その手は守るためにある。そうじゃろう
「ああ――」
もう一つ思い出した。自分の本当の名前。
シールド・テムガム。
「それが俺だ!」
彼は加速した。全身から放出する白い光で赤い肉壁を切り裂きながら雷光と化し、瞬時に四つの魔素結晶を破壊する。
そして最後の一つを破壊しようとした時、周辺の全てを飲み込んで肥大化を続けていた肉塊が逆に収縮して十三個目の結晶を守った。ということはこれがルインティの複製の心臓。
結晶を覆った肉塊は二人の人間が抱き合っているかのような形状。アクターもここにいるのかもしれない。
「ぐっ、く……っ!」
貫けない。巨大な肉塊が圧縮され、さらに魔素で自分を覆って防御している。今のノウブルとすら拮抗するほど激しい抵抗。魔素に弾かれた白い光が光線となって触れたもの全てを切り裂く。不可視のエネルギーも放出され彼を彼方に弾き飛ばそうと荒れ狂った。
さらに目の前の肉塊は幻像を作り出す。やはりアクターが共にいるのだ。
同情を誘おうという意識的な行動か、それとも無意識の告白か。周囲に投影されたその光景は彼とルインティの思い出。いかにして出会い、仲間を裏切り、そしていかなる結末を目指していたかを語る幻像。
『彼女の笑顔を守りたかった』
『彼と一緒なら、幸せだった』
一体化したからなのかルインティの記憶も混ざっている。彼女の想いも声になって伝わって来る。
「アク、ター! お前は、間違えた!」
アクターはルインティの気持ちを理解していなかった。彼女は、彼と一緒にいられればそれで満足だったのだ。なのに彼は、人並みの幸福を与えることに執着した。
なら、戻って来れば良かった。アイズとアリスすら許されたのである。天遣騎士団には二人の居場所も用意できた。
せめて隠れているべきだった。誰にも見つからない場所で二人だけで平穏に暮らすだけでもルインティは救われただろう。
彼女の幻像は涙を流す。おそらくアクターには見せなかった本心。
『一緒にいたい……』
「!」
それで気付く。圧縮された肉塊のその形は、愛しい恋人を抱く少女の姿そのものだと。ならば心臓の位置は――
ノウブルは獣の如き咆哮を発した。
「
左手で肉塊を掴み、不可視の力の奔流に耐えながら溜めを作る。そして地面を蹴り、同時に左腕で己と肉塊を引き寄せ、右手を『盾』で覆いながら捻りを加えて貫手を押し込む。かつて師が見せてくれた技のように。
皮膚が裂け、血管が破裂し、肉が焼け焦げた。全身の筋肉も断裂寸前。
構わない。彼はアクターの上官なのだ。部下の過ちを正し、責任を果たす。
「ッ!」
――ついに、指先が圧縮された肉塊を貫いてルインティの魔素結晶に届いた。
その瞬間、アクターの幻像とは異なる映像が脳裏に閃く。魔素の力を使って送り込まれた思念。
本来の姿で微笑む少女が彼に告げた。
ありがとう、と。
結晶は粉砕され、魔素によって生み出された肉塊は元のそれに戻り、淡雪のように溶けて消えていく。胸を貫かれた少女の亡骸は、腕に抱いていた恋人にもたれかかった。
満身創痍のノウブルも白い輝きを消し、その場に膝をつく。
そして歯を食い縛った。
「余計なことを……」
感謝など不要。殺した相手に礼を言われるなど気分の良い話ではない。ただ罪悪感が増すだけ。
もしも今アリスが敵に回ったとしたら、きっと躊躇ってしまう。彼女を殺せなかったアイズの気持ちが、今ようやく、少しだけ理解できた。