劣化の果て(1)

文字数 3,251文字

 ――幻像に飲み込まれた直後、アイズはまだ方向感覚が確かな内にクラウドキッカーの力で高く高く跳躍した。そして十分な高度を確保する。
『なるほど、考えましたね!』
 アクターの声。それを頼りに相手の位置を推測し、剣を一閃。当然のように空振ったが同時に背後に向かって電光を放つ。天士スタンロープの能力。
『おっと! 危ない危ない――』
 やはり回り込んでいたようだ。昔、アクターとは訓練で何度も手合わせしていたから知っている。彼の能力は強力だが、ここぞという時に背後を取ろうとする癖がある。さっきもそうだった。
 しかし、この攻撃を外したせいで向こうも警戒してしまっただろう。同じ手は二度と通じない。
『そうでした、副長とは何度も戦いましたよね……僕の癖は知られてしまっているわけだ』
 それはつまり、彼もアイズの癖を知っているということ。
 突然、彼女から見て左にアクターが現れた。空中なのに地面の上と同じ動きで斬りかかって来る。
 それを彼女は幻像と判断した。アクターに飛行能力は無いし、下手に動けば彼の思う壺だと、そう考えて回避を躊躇う。
 けれど肉体は別の行動を取った。反射的に剣を構えて防御。すると剣は実際に重い一撃を受け止める。
「なっ!?
「ほら、深読みしすぎる! 昔からそうでしたね、僕が相手だと迷いが生じてしまう! 自分の眼を信じられない!」
「くっ……」
 迷いが生じたせいで不利な体勢になってしまった。しかも凄まじい力でどんどん押し込まれ、とうとう刃が彼女の顔に食い込む。アクセルライブの加護で身体能力を強化してなお劣勢だなどと、いったい何故?
 その時、アイズは噴射音を聞き取った。眼下にいる襲撃者達の甲冑から発生しているものだと思っていたが違う。もっと距離が近い。見た目には鎧を身に着けていない軽装に見えるものの、これはおそらく――
「動力甲冑!?
「ご名答。そう、僕も使ってるんです」
 もう隠しても無駄だと思ったらしく、アクターの装備しているそれの姿が露になった。襲撃者達の動力甲冑に比べて装甲が少なく、どちらかといえばただの骨組みに見える。しかし魔素を噴射する機構はしっかり備わっている。
 道理で力負けするわけだ。常人を遥かに超える力を与えられた天士が、あの甲冑の力でさらに強化されていては。
 空中で地上と同じように立っていられるのも甲冑の機能。本来は防御に使う魔素障壁を足場に利用している。キッカーの能力に近い活用法。
 しかし、この近距離まで迫られたことはチャンスでもある。アイズはかつて部下だった巨漢の力を借りることにした。
(頼むぞ、アクス!)
 天士ウォールアクス。天遣騎士団随一の巨漢であり怪力の持ち主。彼は自分の身の丈より遥かに大きく、もはや壁にしか見えない巨大な戦斧を片手で一本ずつ振り回していた。
 その力を発揮してアクターを押し返し、勢いのまま逆に魔素障壁の上に押し倒す。
「大人しくしていろ!」
「ぐうっ!?
 さらに胸部に左手を当て、体重をかけた。それだけで苦悶の表情を浮かべるアクター。今の彼には凄まじい重量がのしかかっている。
 ウォールアクスが巨大な斧を振り回せたのは、単に怪力だったからではない。加護によって自身の体重を増加させていたからなのだ。でなければどれだけ力が強かろうと斧の重量によって軽い本体の方が振り回されてしまう。
 今その重さを活かしてアクターを捕えることに成功した。すかさずアイズは女神(アルトル)の権限を使い、彼の加護を剥奪しようとする。
「自由を――」
「させるか!」
!?
 何をされるか察したアクターは足場として使っていた魔素障壁を拡散させた。結果、彼だけが落下してキッカーの加護を使っているアイズは空中に留まる。
「しまっ……あっ!?
 動力甲冑の力で再び舞い戻って来た彼に左肩を斬られた。肩口に大きな傷が生じたところへ今度は上からの斬撃。噴射音を聴き取ったおかげで寸前で受けられたものの、同時に放たれた炎の矢は下から飛来して腹部に命中する。上に回り込む前に発生させておいての時間差攻撃。幻像で隠されていて見逃した。
 アクターは再び幻像の裏に隠れる。
「ぐっ!?
 一瞬、視界に残像が映る。反射的に攻撃を繰り出したものの、それは彼女に見せるため作られた幻像(フェイク)。本物のアクターは逆方向からダメージを受けた直後の腹にさらに蹴りを叩き込んだ。アイズは肺の中の空気を全部吐き出して体をくの字に折り曲げる。
 それでも追撃は止まない。
『やはり遅い。遅すぎますよ副長。以前のあなたの切れが無い』
 虚実織り交ぜて幻惑し、確実にアイズの手傷を増やしていくアクター。心と体を同時に削って少しずつ弱らせ続ける。
 もちろん、そう簡単に死んではくれないだろう。女神は天士以上に不死性が高いと聞いた。それに流石と言うべきか致命傷となる攻撃だけはなんとか凌ぎ続けている。
 認めよう、アイズは今なお強い。
 そしてやはり昔の彼女より弱い。
『以前のあなたなら攻撃を受ける直前に動き出しても全て防げていた。あなたの一番恐ろしいところは視力でなく、その反応速度です』
 だからこそ最強だった。天敵と言うべき能力なのに、あの頃の手合わせでは一度も勝てたことが無い。当時の彼女には強く憧れた。
 ところが今のアイズは、あまりに(のろ)い。死期が近付いて老人か亀の如く遅くなってしまった。
 あまりに哀れな姿である。
『咄嗟にキッカーの能力を使ったのは流石だと思いますよ。それは空中を走るための加護ですからね、勝手に天地を識別してくれる。つまりはこの幻像の中でも上下の方向を見失わずに済む』
 だとしても、弱体化した今の彼女に自分の攻撃を避け続けることはできない。今に必ず集中が切れて致命傷を被る。
 さっきは危なかったが、もうあんな力任せの攻撃は仕掛けない。動力甲冑を身に着けているせいで油断してしまった。なるほど、確かにウォールアクスの加護があれば誰にも力負けなどするまい。
 組み合うのは危険。幻像で翻弄して隙を突く。本来の戦い方を徹底した方が確実。アクターはそう判断した。
(それに、さっき副長がやろうとしたのは加護の剥奪)
 女神(アルトル)には天士を容易に無力化する手段がある。その一点には何よりも注意を払えと言われた。
 逆に言えば、加護を剥奪する以外に今の彼女に勝ち目など無い。
 アクターはアイズの右脚を斬り付け、新たな傷を刻んでからまた幻像の裏に姿を隠し、ほくそ笑む。ルインティ達と十二名の部下も首尾良く邪魔な連中を足止めしてくれているようだ。このままいけば自分達が勝つ。
(さあ、お別れです副長。あなたとあの少女を殺して、僕達が未来を掴む!)
 アイズの傷の再生が鈍り始めた。神と言えども、やはりあれだけの出血量で動き続けられるはずがない。しかも、さっきマジシャンが死んだことで彼女はさらに弱体化している。天士の死が彼女にとっては猛毒なのだ。
 ここで決着を付ける。勝機を確信して正面から突っ込むアクター。これまであえて正面から仕掛けなかったのは、止めの一撃を叩き込むための布石。迷い無く突き出した切っ先がアイズの心臓に吸い込まれる。
 ――はずだった。
 ところが彼女の剣は正確にアクターの剣の切っ先に当たり、受け流して方向を逸らす。
 刃はそのまま流麗な動作で振り抜かれ、彼の左目を切った。
「ば、馬鹿な!」
 傷口を押さえながら後退。偶然か? あるいは死の間際で一時的にかつての感覚を取り戻した? そのどちらかだと思ってまた幻像の陰に隠れ様子を窺う。なのにアイズは正確に彼の位置を捉え続け、空を蹴って追いかけて来た。
 鋭い突きが繰り出される。逆にそれを剣で受け流すアクター。しかし続いて放たれた蹴りが下から顎をカチ上げる。そして返す刃で胴を斬られた。
「ぐうっ!?
 甲冑のおかげで致命傷を免れたが、もう間違いない。高圧の魔素噴射で逃れつつ確信する。アイズはなおも彼を追って来た。幻像は解除してないのに。
 どういうわけかわからないが、彼女は彼の術を破ったのだ。
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