人の形をした地獄(1)

文字数 3,047文字

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 天士達の亡骸の前で涙を流し、謝り続けるノーラ。こちらの声は届いているはずだが罪の意識に押し潰されそうで、それどころではないらしい。
 無視されるのは嫌いだ。このあたりが頃合いかとアリスは攻め手を変える。
「リリティアと出会う前、聖都へ行ったの」
 それは彼女が、いかにしてアイズやブレイブの正体、そして天遣騎士団の成り立ちを知ったかの種明かし。
「強大な敵を倒すには、相手のことをよく知らねばならない。そのために三柱教の聖地で貴女達が降臨した場所でもあるオルトランドを調査しようと思った。姿は自由に変えられるもの、大人しくしてさえいれば特に怪しまれなかったわ。しかもあの時、私は魔素を使って人の記憶に干渉できる力も手に入れた」
 天士への憎しみに燃えていた彼女は、彼等の対抗策を強く求めていた。そのための知識が欲しい。そう願ったことで魔素の中に眠っていた何者かの記憶が刺激されたのだろう、魔素を通じて他者の記憶を読み取る力が発現した。おかげで調査は予想以上に順調に進んだのである。
「最初は三柱教の関係者に接触してみたのよ。けれど、彼等はほとんど何も知らなかった。純粋に神が地上の混乱を憂い、天士を降臨させたと考えている人ばかり。だから次に錬金術師達の記憶を読んでみた」
 イリアムのことがあったため、元々彼等を怪しんではいた。アリスとて純粋に神や天士の存在を信じるほど子供ではない。魔獣が蘇ったこのタイミングで天士が降臨。その出来過ぎな筋書きの裏に何かあるのではと勘繰った。
 その読みは見事に当たった。聖都の錬金術師の一部はラウラガの研究に協力しており、事の真相を断片的に知っていたのだ。そんな彼等から集めた情報を繋ぎ合わせ、最終的にラウラガまで辿り着いたことにより、さらに正確な情報を得られた。

 アリスは微笑む。もうノーラは十分に苦しんだ、ここからは救いを与えてやる時間。

「錬金術師ラウラガ。貴女に甘言を囁き、その姿に変え、罪を犯させた男は殺したわ」
!?
 驚き、顔を上げるノーラ。涙や鼻水まみれになっている。それでもなお彼女は美しい。
「喜んでもらえた? だとしたら嬉しい。ああ、アイズ……貴女は本当に綺麗。彼等の記憶で見たノーラの容姿も好きだけれど、私はやっぱり今の貴女の方が好き。流石は女神様だと、何度見ても惚れ惚れする」
 ノーラとアイズは全く異なる容姿。アルトルの眼を移植された彼女は急速に変貌し、より美しい女性になったのだそうだ。ラウラガはこれをアルトルの姿だと推測しており、その意見にはアリスも同意する。あまりに完璧すぎるから。人間は必ずどこかに欠点があるもの。けれどアイズには非の打ちどころが無い。
 そんな彼女を愛しているし、苦しみから救ってやりたい。自分なりのやり方で。
「滑稽だったわよ、私が正体を明かしてもまだ強がるの。最後まで自分の方がイリアムよりずっと優れた人間だと喚き散らしながら死んでいったわ。あの男は大義のために動いていたわけじゃなく、単に自分より優れた弟子に嫉妬していただけ。浅ましくて不愉快な男。でも、もういない」
 髪を使わず、この手で八つ裂きにしてやった。頭に血が上り、腸が煮えくり返ったのだ。あの男のノーラに対する仕打ちに。自分がされたのと同じことだったから。
「私達は同じよ。私もね、イリアムのことが好きだったの。彼が帰国した直後すぐに心を奪われた。年齢差はあったけれど、そんなもの関係無いと思った。だってあんなに目が澄んでいて綺麗だったのだもの」
「……」
 ノーラは否定しない。彼女もそれを知っている。
「貴女もきっと、あの目に魅かれたのよね……彼は本心から苦しむ人々の助けになりたいと願っていた。あの歳になってもまだ子供のように純粋で、それでいてきちんと知性と品位を身に着けた人。父も気に入っていたわ、流石に私の伴侶にとまでは考えていなかったと思うけど、目にかけていたことは確か」
 だから厳しい財政事情の中で留学のための費用を捻出し、高名な錬金術師に弟子入りさせた。彼の才能と高潔な魂が帝国に明るい未来をもたらしてくれると信じ。
「私も応援していた。彼の夢が叶い、父の投資が無駄にならないことを。帝国の人々が豊かになり、彼等が笑顔でイリアムを称え、感謝してくれる――そんな日がいつか来るように願った」

 でも、その願いは叶わず、信頼は裏切られた。
 アリスは俯き、自分はどうだったのかを目の前の同胞に告げる。

「ノーラ、本当に私も同じなの。私も戦争を止めたかった。父を何度も説得したし、イリアムにも魔獣を造るのをやめてと頼んだ。なのに二人とも全く私の言葉に耳を貸さず、殺戮を続けた」
 どうしてそうなったかはわからない。世間はイリアムが『魔獣』を蘇らせたことにより父の野心にも火がついたと思っているようだが、それは違う。それ以前から父の言動はおかしくなっていた。人類の友を生み出そうと思っていたイリアムを軟禁し、さらに彼の両親まで人質に取って人造生物の兵器化を要求した。流れている噂とは順序が逆。父がおかしくなったせいでイリアムも間違った道へ進んだのだ。
 そして、そうするうちに彼自身もまた精神を病んでいき、彼女にとっての災いとなった。
「あの日、連合軍が帝都を包囲した時、彼に呼び出された。あの状況では万に一つの勝ち目も無い。だから今なら説得を聞き入れてくれるかもしれないと喜び勇んで会いに行ったわ」
 けれど遣いの兵士に案内されて訪れたのは地下の研究施設で、そこでアリスは想像を絶するおぞましい光景を目の当たりにした。さらに知りたくなかった真実まで。
「真、実……?」
「シエナを覚えてる? サラジェではセリエラとも戦ったわね。貴女が彼女達を殺した。でも罪の意識を持つ必要は無い、彼女達はまだここにいる」
「え?」
「――お久しぶりです、アイズさん」
 突然、アリスの姿がシエナのそれに変わる。雰囲気までも一変した。
 さらに彼女はサラジェの鉱山で戦った少女にも姿を変える。
「あの時は名乗ることを忘れてしまい、大変失礼いたしました。私の名はセリエラと申します」
 にこりと微笑む彼女。その雰囲気もやはりアリスとは異なる。鉱山で相対した時そのまま。
「どうして……?」
 たしかにあの時、この手で殺したはず。呆然とするノーラの顔をセリエラはハンカチを取り出し、丁寧に優しく拭き始める。
「お顔が汚れていますよ、せっかく綺麗なのにもったいない」
「そうです、貴女は私達にとっての英雄なのですから、それに相応しいお姿でいてください」
「ああ、ようやくお目にかかれました。貴女が陛下の仰る女神様なのですね」
「私も、お初にお目にかかります。ファルニスと申します」
「私はルインティ」
「コーニアです。それと、先程名乗り損ねたのは妹のラーニア」
 次々に入れ替わる少女達。そしてまたアリスに戻り、どういうことかを説明する。
「イリアムはね、たしかに私を含めて七人を『アイリス』にした。ただし、同時にではなかったの。一人ずつ順番に試した」
 そう、ノーラと同じだ。彼女は神の眼、アリス達は魔素結晶を移植された。その理由は適合率が高かったから。
「最も適合率が高いのは私。イリアムは早い段階でそれに気付いていた。けれど流石に私を犠牲にすることは避けたかったみたい。だからまずシエナで試した」
 アリスには遠く及ばないが、その次に適合率が高かったのは彼女。だから最初に試され、そして命を落とした。
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