違和感(1)

文字数 2,921文字

 翌日、廃坑へと向かう最中、ウルジンの背に跨ったリリティアは何度も後ろを振り返った。気になったアイズは問いかける。
「どうした?」
「あ、ううん……なんでもない」
 視線を前方に向け、小さく首を傾げる少女。何がしたいのかわからない。アイズも一度だけ振り返ってみた。そこあるのは二人に続くオルナガンの兵士達とこの日のために雇われた十数人の鉱夫の姿、そして山道と麓の街並みだけ。
 特に何の変哲も無い景色だが、すぐに気付いた。リリティアには違うのだと。
 あそこは彼女の故郷なのだ。
(故郷か……)
 アイズにはほとんどその記憶が無い。天士は天界から来た、そのはずだがどんなところか誰かに問われても答えることはできないだろう。
 彼女の記憶にあるそれは壁も床も真っ白ないくつかの部屋だけだ。彼女も、そしてブレイブ以外の他の天士達も知っているのはそれだけ。
 今度は空を見上げる。白い雲が頭上を流れて行く。ひょっとしたらあの中にいたのではと想像を巡らせるうち、廃坑の入口に到着していた。



「わあ……」
 懐かしそうにその隧道(トンネル)の奥を覗き込むリリティア。かつて父や学校の仲間達と共に来た時の記憶が蘇ったのだろう。アイズも見渡して直截な感想を述べる。
「良く整備されているな」
「リリティア殿の話にもあったように、廃坑となった後も現地の人間が頻繁に出入りしていたようですからな」
 頷くザラトス。丁寧に手入れしてあるアゴひげを左の手でさすった。もう一方の腕は肘から先が義手。昨年の戦いで失った生身の腕の代わりに特注品を拵えたらしい。重いため日常生活の中では使っていないが、磁石とバネを利用した仕掛けで剣や盾を握ることが可能だそうだ。
 彼は振り返って部下の兵士に呼びかける。
「鳥を」
「はい」
 その兵士はすぐに鳥籠を持って来た。中には一羽の小鳥が閉じ込められている。可哀想だがこれから一緒にこの廃坑の奥へ連れて行かれるのだ。
「ガスを調べるためですよね?」
「うむ、流石は案内役。よく知っておいでだ」
 昨夜の一件で多少打ち解けたリリティアとザラトス。そんな二人より前に出てアイズは早速歩き出す。
「アイズ殿、お待ちを。このような場所では有毒ガスが充満している可能性があります。まずは鳥を持った者を先行させて危険を調べながら――」
「必要無い」
 断言するアイズ。彼女の目は無色透明な気体も視認し、毒性の判別すら可能。そもそもほとんどの毒は天士に通用しない。ここで先頭を歩くのに自分以上の適任はいないのだ。
「一応、はぐれた場合のために鳥は連れて来い。だが目的地まではそう遠くないぞ」
「おおっ、では」
 驚きと共に期待の眼差しを向けるザラトス達。もしかしたらと思っていたが、やはりこの天士はすでに彼等の望むものを見つけてくれていたようだ。
「ああ、陽光石の新たな鉱脈はすぐ近くにある」
 彼女は再び力強く断言した。



 坑道の奥へ進むと三つの道に分岐していた。うちの二つは厳重に封鎖されている。
「右の道がわたしの知ってるところです。一番古い坑道だって教わりました」
 問われる前に説明するリリティア。父に案内され、そして学校の校外授業でも見学に来たのは右に進む最古の坑道。三百年ほど前に掘り尽くされた場所だ。
「地下なのにすごく広くて、トロッコを走らせるための道がぐるぐる外側を囲んでるの」
「うむ、そこは我々も行きました。試しに掘ってはみたものの、やはり完全に掘り尽くされていて陽光石のカケラも出ませんでしたが」
「残ってるとしたら、多分こっち」
 リリティアが指差したのは中央と左の道。順に指で示してから、もう一度真ん中に指先を向けてぴたりと止める。
「左が一番新しい坑道で、うちのおじいちゃん達が働いていたところ。やっぱり全部掘っちゃって何も出なくなったって言ってたけど、真ん中はまだ可能性があるってお父さんも学校の先生も説明してました」
「どういうことですかな?」
「掘ってる途中で大きな岩にぶつかっちゃって、それ以上進めなくなったらしいです。他のところから掘り進めてもやっぱり邪魔な岩があって、どうしても先に進めなかったって。この山の真ん中あたりなんですけど」
「たしかに接収した図面を見ても中心部だけ空白になっています」
 地図のようなものを広げ、ザラトスに話しかける兵士。この鉱山の権利者でもあったサラジェの町長の屋敷で見つけた坑道内部の見取り図だそうだ。
「そんなのあるなら、わたしはいらなかったですね」
「いえ、貴重な情報をいただけました。なるほど、この空白の意味はそういうことだったのですな、ようやく合点がいきました。何故掘らなかったのかと首を傾げていたのです」
 彼等がサラジェに来たのは連合軍によって土地が接収された後のこと。その時にはもう元の住民は一人も残っておらず、また互いの感情を考えるとクラリオまで尋ねに行くことも難しかったため、とりあえずは自分達だけで調査を行ってみた。最初に整備の行き届いている右の坑道を調べ、徒労に終わったことで次は残りの二つへ――そう思っていたところにブレイブからの手紙が届き、協力を要請した。アイズの力を借りられるなら他の何より手っ取り早い。
 彼等の目算通り、すでに彼女は新たな鉱脈を発見したと言う。やはりリリティアが指し示す先を見据えて頷いた。
「間違い無い、山の中心部に大きな鉱脈がある。ただ周囲を厚い岩盤に覆われているな。見た限り、人間の力で道を通すにはかなり時間がかかる」
「むう、そうですか……いやしかし、あるとわかっただけでも僥倖です」
「ええ、これで望みが出て来ました」
 喜ぶザラトスらオルナガンの民。彼等にとっての急務は財源を見つけることである。今は戦争を共に戦った国々からの支援を受け、なんとか食い繋いでいる状態。だが長く続くまい、一刻も早く自立する必要がある。
 他国とて何の見返りも期待せず支援してくれているわけではないのだ。オルナガンを始めとした北方の国々の生き残りに求められているのは、陽光石のようなここにしかない資源の確保。大陸の中央から南方、幸いにもあの戦争の被害をほとんど受けずに済んだ国々は過酷な北の大地に自ら足を運んだりはしない。その土地に慣れた人間達に飯を食わせてやり、その代わりに彼等を労働力として使って楽に貴重な資源を手に入れたいだけ。
 陽光石、宝石、一部の国々が燃料として使い始めた石炭、泥炭、あるいは良質な木材となる木々。北の大地にしか生息しない動植物。
 無論、北の民とて黙って搾取されてやるつもりはない。だが、時間をかければかけるほど借りは大きくなり、こちらの立場が弱くなっていく。だから陽光石がまだ存在しているというのはオルナガンの民にとって朗報であり、その採掘に数年かけなければならない事実は悲報だった。
 が――
「新たに坑道を通す必要は無いかもしれん」
「え?」
 驚いたリリティアや他の者達の視線の先でアイズは左の坑道に目を向ける。全てを見通す彼女の瞳は人間では気が付けない『可能性』を見出した。
「こっちの道から鉱床に繋がっている狭い地割れがある。おそらく自然に崩落してできたものだな。そこを拡張するだけで、おそらく採掘はできるだろう」
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