反転攻勢(2)

文字数 3,921文字

「──そうか」
 指摘されて思い出し、ブレイブもようやく理解出来た。そういうことだったのか。
 アイズ曰く、帝都ナルガルにいた市民や兵士達は突然苦しみ始め、瞬く間に魔獣化してしまったらしい。その際に複数が同化して一つの魔獣になったとも聞いた。実際に彼女やノウブルと帝都へ突入した彼は、とても人間が変化したとは思えない大型の個体を何体も見ている。
 魔獣化したところで質量が変化するはずはない。だが戦いの後で改めてアイズから話を聞いたことで納得できた。何人もの人間を融合させれば、なるほど人の数倍の巨体を生み出せるのも道理。
「同じことをしたんだな」
「ああ。普段は街全体に散っている虫達を必要に応じて一ヵ所に集め、一体化させて大型の魔獣に変化させる。あらかじめ必要な“因子”を与えておけばアイリス自身は遠く別の場所にいてもいい。私に見つかる可能性の低い位置から事を起こせる。仮に姿を見られたとて距離があれば疑われにくい。そういうことだと思う」

 イリアムの研究資料から判明した事実。アイリスは様々な生物の“因子”を体内に保有しており、その複製を他の生物に注入する。魔獣は本来、専用の器具を使って数日かけて生み出すものだ。ところがアイリスの場合、なんら道具を用いずにものの数秒で改造作業を終えてしまう。だからこその最悪の兵器。

「……だが、どうする? 仕組みは分かった。だとして捉えられるか?」
 ブレイブが問うとアイズは迷わず首肯した。
「捉えてみせる。今までは何に警戒したらいいのか、それすらも漠然としていた。しかしようやくはっきりした。虫か、それに近い小型生物を見ていればいい。不自然に一ヵ所に集まって行くのを見つけられたら報告する。集合地点には大型の魔獣が出現するだろうし、小型生物の移動経路を逆に辿れば、そこには──」
「アイリスがいるかもしれない」
「ああ」
 虫を魔獣化するのは事を起こす直前のはず。でなければアイズはもっと早い段階で存在を察知していた。ならば、それを造り出した者は発生源の近辺に必ずいる。仲間達と連携すれば融合後の個体と元凶を同時に叩くことも十分可能。
「なるほど……」
 アイズの後ろでエアーズも納得する。まだ先程の病院での出来事を許せたわけではない。それでもたしかにこれは大きな前進。成功すれば今度こそアイリスを倒し魔獣との戦いに結着を付けられる。
 アイズは机に手を置き、要求した。
「すぐに作戦を立てよう。敵は賢い、気取られないよう動く必要がある」
「そうだな、八ヶ月間お前から逃げ続けている相手だ、尻尾を掴んだとはいえ一筋縄ではいくまい」
 さりとてどうしたものか。顎に手を当てて考えるブレイブ。前進はしたもののまだ魔獣発生のからくりを解明できただけ。暗号文を事件現場に残した意味やクラリオにいる理由など謎は無数に残っている。
 だが、だとしても悠長に解き明かしている場合ではない。敵がいつまでもここに留まるとは限らないからだ。逃せば二度と見つからないかもしれない。長引くほど犠牲者の数も増える。
 やはりアイズが言う通り、できるだけ早く行動すべき。けれど失敗すれば状況はさらに悪化する。一度限りの作戦と考える方がいい。その一回を確実に成功させるにはいったいどうしたらいい?
 しばし考え込んだブレイブは、顔を上げて二人を見つめる。
「……一つ、思いついた。だが、それを説明する前に確認しておきたい」
「何をだ?」
「今日も現場の再調査をしていたんだろう? 暗号は見つかったか? 見つけたなら全て見せてくれ」
 アイズの見つけた暗号。アイリスの動機を解明する鍵は、おそらくそこにある。勘だが、そう複雑な謎かけではないはずだ。伝えたいことがあってメッセージを送って来た。なら、それは相手に内容が伝わるものでなくてはいけない。第三者に見つかりにくいよう隠してあっただけで、メッセージ自体は隠喩でなく直截な訴えなのではないか?
 そしてブレイブは、すでに相手の言いたいことをおおよそ把握している。面と向かって言われたわけではないからまだ確信を持てないだけ。
「エアーズ」
「あっ、はい、こちらです」
 アイズに促され、前に出て覚書を差し出すエアーズ。そこに書かれているのは彼と彼女が事件現場を回って見つけた暗号文の羅列。
 目を通したブレイブは今度こそ確信する。やはり、そういうことなんだろう。内心ではアイリスを憐れに思った。
「団長、何かわかったのか?」
 表情から汲み取って訊ねて来るアイズ。こいつも大概直截な奴だ。
「多分な。アイリスはおそらく八つ当たりをしてるんだろう」
「八つ当たり?」
 眉をひそめたのはエアーズ。アイズは八つ当たりという言葉は知っていても、どういう感情なのか理解できていない表情。やり場のない憤りなど彼女はまだ感じたことさえ無いのだろう。

 逆にアイリスは、その感情に囚われている。
 推測の段階だが、そうとしか思えない。

「以前教えた通り、アイリスの素体は“人間”だ」
 魔獣化されてしまう前、どんな人生を送っていたのかは知らない。兵器にされた経緯も押収した資料には詳しく書かれていなかった。ある物質との相性が良い人間を選んでいたらしい。それしかわかっていないし、ひょっとしたらイリアムも対象者のその部分だけを見て決めたのかもしれない。
「お前らの見つけた暗号文。あれは全て“アイリス”の製法について語っている。人間を素体にする。適合率が重要である。素体の選択は慎重に──そんなことばかりだ」

 だからこれは、そのままそういう意味なのだろう。
「私は人間。狂った大人に魔獣にされてしまっただけ」と。

 ──資料にはさらにおぞましい事実も書かれていた。素体には十代前半の子供を用いるのが理想的なのだそうだ。その年頃が特に高い“適合率”を示すらしい。
「お前達ならどう思う? 自分の体を全く違う生物のものに変えられてしまって、それで正気を保てるか? 復讐を果たしてなお怒りが治まらなかったらどうする? 誰かに八つ当たりしたくならないか?」

 アイリスは人間で、しかも子供だった。
 狂気に走った大人達の犠牲となり何もかもを奪われた。
 自由、尊厳、愛情、未来。

「オレなら無理だ。きっと、この世の全てを破壊したくなる」
「団長……」
 悲し気に見つめて来るエアーズ。その表情を見る限り、多少は共感できるらしい。逆にアイズは、やはり全く理解できていない。いつものように不可解そうな眼差し。
「何故そうなる?」
「わからないか? 自分が自分でなくなるんだぞ?」
「わかるはずもない。実際にそうなってみるまでは」
 なるほど、それも一つの真理。たしかに本当のところは当人にしかわかるまい。苦笑を浮かべたブレイブは立ち上がって二人に命じる。
「アイズ、しばらくこの部屋に留まれ」
「街を監視するんだな?」
「ああ、お前の目ならどこにいようと全て透視できるんだろうが、それでもここからなら全体を俯瞰しやすい」
 そう長くはかからないはずだ。おそらく、次の攻撃は間も無く発生する。
「何故です?」
 眉をひそめたエアーズに対し、まずは「まだまだだな」と返す。アイズよりは精神的な成長が早い彼も洞察力は幼い。
「簡単な推理だ。最初の事件発生から次までは十日かかった。だが、回数を重ねるごとに少しずつ間隔が短くなっている」
「あ、たしかに」
 覚書を見て頷くエアーズ。一件一件発生日時を記録しておいて、これまで全くその点に気が回らなかった。
「前々回から前回までは五日、最初の事件から二件目までは十日間。半分だな」
 同じく気付かなかったアイズは、それなのに堂々としている。こういうところにも自分と彼女の格の違いが表れているのかもしれない。内心落ち込むエアーズ。
 ブレイブはフンと鼻息を吹く。
「痺れを切らしてるのさ。奴は最初から俺達に対するメッセージを仕込んでいたんだろう。なのに、なかなか気付かれないから次々に犯行を重ねた。長引くほど苛立ちは募り間隔は短くなっていく」
 今日は家具職人の家が襲われてから四日後。ブレイブの読み通りであれば、たしかに次の襲撃が行われてもおかしくない。
 彼はアイズとエアーズの横を通って出口の扉に手をかけた。アイズ達が後に続く動きを見せたので手を挙げて制する。
「言っただろ、ここから街を監視してろ」
「了解。団長はどこへ?」
「城内にいる仲間に情報を伝えて来る。相手にこちらの狙いを悟らせたくないから、とりあえず外の連中は後回しだ。向こうも警戒しているはずだし、いつもと違う動きをさせるのは危ない。普段通り巡回させとけ。それと先に指示しておくがアイズ、お前はアイリスを発見次第そちらを追跡しろ」
「ああ」
 元よりそのつもりだった。優先すべき討伐対象はアイリス。一旦他を無視してでも必ず倒して見せる。
 決意を新たにする彼女から視線を外し、エアーズにも指示を出すブレイブ。
「お前もここに残れ。アイズが魔獣発生の兆候を見つけ次第、現場に近い仲間にその場所を伝えろ。できるな?」
「はい」
 エアーズの力は“声”の操作。声と言っても音ではなく精神波を増幅した遠距離通信を可能とする。ただし空気の通り道が無ければ使えない。相手が密室にいたりすると駄目だ。だから彼をここに置く限り城内にいる仲間への伝達は他の誰かがやらないとならない。
「窓は開きますよね?」
「少しだけな」
「十分です」
 早速エアーズは東西南北の窓を開けて回る。アイズは部屋の中心から順に周囲を見渡し始めた。彼女の眼にとって窓や壁は障害物にならない。今、あの黒い瞳はクラリオ全域を監視している。
 任せておけば大丈夫。ブレイブは部屋から出て階段を下り始めた。
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