決戦に備えて

文字数 3,005文字

「流石、だな……」
「ああ」
 アイズ達もノウブルのところまでやって来た。やはり危ういところだったが、こうしてなんとか生き延びている。
「待ってろ……今、治療する……」
 アイズが引き継いだ加護の中には天士メイディの『命』の力も含まれている。それを使えば怪我を癒やすことが可能だ。体力も多少戻る。
 次の戦いに備えなければ。ここは聖都近郊、今の戦いで敵はこちらの存在を察したはず。アクター達が報告していれば、すでに増援が向かって来ていてもおかしくない。
 アイズはマグネットに支えられたまま右手の平を持ち上げ、橙色の光を放射した。それを浴びたノウブルの傷が瞬く間に癒えていく。
「俺の腕も生えるかな……」
「どうだろう」
 心配するインパクトと首を傾げるフルイド。インパクトの切断された右腕は肉塊に飲まれ消失してしまった。メイディの加護で再生できないと、彼はこの先ずっと隻腕である。
「私が作ってあげましょうか? ああ、でも天士の加護は私の力と反発しあうのよね……」
 名案を思い付いたと思ったが、即座に自分で却下するアリス。他者に因子を打ち込んで魔獣化させる彼女(アイリス)の力は再生医療にも応用可能だ。しかし天士にはこの能力が通じない。ルインティの複製がインパクトの右腕を取り込めたのは、切断された後だったからだろう。
 そう、だから――
「なるほど……だから僕も、生き延びたのか……」
 仰向けに倒れたまま納得したのはアクター。彼も肉塊に飲み込まれたが人間達やインパクトの腕のように吸収されることはなかった。天士であり、まだ息があったことが原因。
 そのせいでルインティと共に死ぬことができなかった。
 そんなのは嫌だ。ずっと一緒にいると誓ったのに。
「殺してください……アイズ副長、あなたならできるはずだ……僕を、彼女の元へ……」
「……断る」
 殺しはしないし、治療もしてやらない。また暴れられたら厄介だ。そもそも彼を殺して困るのはこちらである。
「知っての通り、私はもう限界だ……これ以上、お前達に死なれるわけに――は……」
「あっ」
「アイズ!」
 ついにその時が来たのだろうか? 必死に抵抗したものの抗い切れず、彼女の意識は深い闇の中へ沈み、肉体も力無く膝をついた。
 アリスや仲間達の呼びかけが聞こえる。嫌だ、死なないでくれと必死に懇願しているのは彼女を殺そうとしていたアクター。アイズがいなくなったら彼は死に損なう。不死身の天士の肉体で裏切り者の汚名を背負ったまま永遠にこの世界を彷徨うのだ。
 どうにかしてやりたいが、もう何もしてやれそうにない。アリスにも申し訳ない。
(私は、間違っていたのだろうか……)
 アクターとルインティの関係を見ているうちに、そう思った。アリスとリリティアが安心して暮らせる世界にしてやりたいと願い、そのためにユニを倒す決意をした。
 けれどそれは、アクターがしようとしていたことと何が違うのだろう?
 何も変わりはしない。身勝手な自己満足のための戦い。
 アルトルの復讐もノーラの願いも全て忘れ、ただ少女達と一緒にいてやれば良かった。そうしたらもっと長い時間を共に過ごせたはず。
 すまない。その一言が彼女達に届いたかどうかも、もはや知ることは不可能。
 また、誰かの声が彼女を呼ぶ。大勢の気配と足音。何かが起きていると察しつつも、アイズにはもう瞼を開く力が無かった。



 ノウブル達は信じ難い光景を前に驚かされる。多数の足音が近付いて来た時には敵の増援だと思って身構えたのだが、そうではなかった。
「プリズン、アクターを拘束しておけ! 死なせるな! クロックはアイズに時間遅延! 治療は安全な場所に移動してから行う!」
「はい!」
 駆けつけて来たのは天士達(なかま)
 しかも彼等の指揮を執っている男は――
「ブレイブ……何故?」
 これから救出に向かうはずだった団長が、すでに外に出てきている。ニヤッと笑って振り返る彼。
「自力で抜けて来た。お前らがアイズと接触すれば敵の意識がそっちに向くと思ったんでな。前から準備してあったんだよ。案の定こうして逃げられた」
 昔取った杵柄だなと笑う。彼の過去に何があったかはわからないが、言葉の通りなら投獄された経験があるのだろう。
 ひょっとしたら脱獄した経験も。
「久しぶりの再会だが喜んでばかりもいられん。まずはここから離れて治療と情報共有。その後、アイズが目を覚ましたら改めて聖都に突入だ」
「何?」
「実のところ、俺が逃げられたのは自分の手柄じゃない。あえて見逃されたんだろう。証拠にこんなメッセージが届けられた」
 ブレイブの脱出には部下達の一部が協力した。彼等はこの先でノウブル達と合流する予定だったライトレイル隊から事情を聞いており、おそらくアイズも待っていると彼に告げた。
 それで協力してくれた部下達と共にライトレイル隊や他の仲間達と合流した途端、何者かが矢文でメッセージを送って来たのである。
 手紙を読んだノウブルは眉をしかめる。
「ゲームをしよう。君達が聖都から離れれば、住民を殺す……だと?」
 ゲームという言葉で一人の男が思い浮かぶ。
「ユニ・オーリ……」
 アイズから聞いた話が事実なら、これは多分奴からの手紙。ユニが三柱教と関係していることは、ほぼ確定と言っていい。
「誰だそれは?」
 ブレイブはまだ知らないらしい。突然出た名前に眉をひそめた彼から視線を逸らし、担架に乗せられたアイズを見つめる。
 話すことはたくさんある。だが彼の言う通り、今は彼女を安全な場所へ移動させて治療すべきだ。
「話は後だ、行くぞ」
「おい! ったく、相変わらず愛想の無い。せめて報連相はちゃんとしろよ」
 文句を言いながらも後に続くブレイブ。そして部下達に命じる。
「全員ついて来い! 隠れ家で少し休憩だ! 大一番はこの後だぞ、しっかり休め!」
 そこへ駆け寄って来る蹄の音。
「ブヒヒンッ!」
「ウルジン、生きてたのね!」
 肉塊から無事逃げ延びた愛馬が戻って来た。アリスに顔をすりつけ、そして運ばれていくアイズを心配そうに見つめる。
 アリスはそんな彼の顔を撫でてやりながら諭した。
「大丈夫、大丈夫よ」
 本当は自分に言い聞かせるための言葉。アイズはまだ死なない。きっとまた目覚める。
 彼女にはやるべきことが残っている。それを果たすまで、きっと自分達の前からいなくならない。彼女は約束を守る人だ。少なくとも、守ろうと努力してくれる。
「大丈夫だからね」
 涙ぐみながらウルジンと共にアイズの元へ走る。天士達はそんな仇敵を前にしても何も言わない。全員、終わりが近いことを悟っている。もう彼女一人に構っていられる時ではない。
 天遣騎士団の最後の戦いは近い。しかし彼等を率いるべき主は傷付き疲れて眠ったまま。
 今一度目覚めるかは、彼女の気力次第だろう。



「――ふふ、ゆっくりおやすみ」
 この舞台を整えた道化は、あえて手出しを控える。あんな素敵な女優に簡単に引退してもらっては損だ。
 彼の書いたシナリオにも続きがある。
 幕引きにはあまりに早い。
「今回もとても良かったよ。さあ、もっと楽しませてくれ、アイズ」
 さもなくば、ナルガルとクラリオの悲劇が繰り返される。
 彼女が悲しむ姿は、それそれで美しいのだけれど、やはり全力で抵抗する様の方が好ましい。
 彼はそういう女性が好きだ。諦めない不屈の精神を持った人が。
 だから彼の劇はいつも、ヒロインが主役なのである。
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