死闘の真偽

文字数 3,806文字

「ここか……」
「ああ」
 確認するまでもなく、その場所こそが六人目と天士の戦った場所で間違いなかった。左右に切り立った高い断崖のそびえ立つ狭い谷。水は流れていないが、昔は川があったのだろう、砂利や石が底に堆積している。
 それらの鉱物がところどころで焼け焦げ、あるいは融けて一体化していた。数千度の高熱の中でなければ溶融するはずのない金属も見える。冷えて固まった溶岩のような有様。人間の作り出す熱でも不可能ではないが、そのためには巨大な炉を持ち込まねばならない。
 それを成した熱源は身をくねらせ、蛇のようにこの谷を這い回ったようだ。焦げ跡からそう推察できる。たしかに敵にとってここは有利な地形だろう。炎による攻撃をかわし続けようにも、これでは逃げ場が前後にしか無い。
 ノウブルに確認すると、その通りだという答え。
「どうやっていたのかはわからんが、鉄をも溶かす炎を自在に操り遠間から攻撃して来た。以前に受けた報告通り、力を使いこなす『アイリス』は想像以上の脅威と言える」
「能力を上手く扱えない娘もいたのか?」
「我々が最初に遭遇した少女はそうだ。せいぜいが腕を触手に変える程度。おそらくは臆病な性格だったのだろう、戦意もほとんど感じなかった」
「そうか……」
 サラジェで戦った娘も力の使い方は同じようなものだったが、話を聞く限り練度が違う。リトルリーク隊が倒したアイリスもやはり強敵とは言えなかったそうだ。一方、ライトレイル隊が合流前に発見した個体はそれなりに強かったと聞いている。少なくとも帝国軍が戦時中に使っていた魔獣とは一線を画す戦闘力だったと。
「元は人間、だからだな」
 個々の才覚、さらに性格によって能力が大きく変動してしまう。兵器としては不完全で不安定な存在。七人もの少女を犠牲にしたのも、おそらくそれが理由。必ずしも天遣騎士団を打倒できる力を得るとは限らなかった。だから数を試す必要があった。
「だろうな」
 ノウブルも同意する。アイリス以外の魔獣では最強と思われる竜。あれと戦った彼には今回苦戦した『六人目』でさえ、まだ不足に感じる。強敵だったがそれでもあの竜の方が強かった。不意を突かれさえしなければ犠牲を出さずに勝てたはず。
「クラリオに出現した個体は?」
「強かった」
 思い返し天を仰ぐアイズ。総合的に見て、やはりあの娘が最強だろう。五人目の少女がシエナと呼んだ一人目。彼女ならやりようによっては一人で天遣騎士団を壊滅させることもできた。本人にその気が無かったおかげで勝てたが。
 とはいえ――
「強かったが、イリアム・ハーベストが切り札に選ぶほどだったかはわからない」
「ふむ……」
 この仮説が何を意味するか、しばし考え込む二人。最後に残った七人目こそが親を人質に取られ望まぬ兵器を生み出し続けた錬金術師に復讐を決断させた理由だったのか? あるいはシエナこそその最強の魔獣であり、最後の一人は臆病な逃亡者に過ぎないのか。
 結論を出すには情報が足りない。そう判断したアイズは捜索を再開し、新たな手掛かりを見つけ出した。
「ここだ、ここにいた」
 そこは崖の上、つまり戦場を一望できる位置。周囲は木々が鬱蒼と茂る林で、そのおかげで強い風が吹く谷の傍らにあっても僅かに残留している物質があった。
 近付き、目を凝らすノウブル。彼の視力ではほとんど何も見えない。
「銀色の……細かい砂のようなものか?」
「魔素だ。アイリス達の体内で生成される物質」
「質量保存の法則を無視できるという、あれか」
「ああ。さっき聞いた話だと、お前達の戦った敵は地中から出現したそうだな」
「そうだ」
 詳しい流れは現場を検証しつつ聞いた。六人目のアイリスは地中に潜み、彼等が頭上に来た瞬間に炎を噴出して一気に焼き尽くそうとしたそうだ。
 しかし地面に違和感を抱いたノウブルは補佐役のアクターに『幻』で自分達を再現させ囮とした。アクターは実体と見分けがつかないほど精巧な幻像を作り出せる天士だったのである。
 罠にかけるつもりが逆に誘い出され、逃げ場を失った六人目はそのまま攻撃を継続。周囲の生物に因子を打ち込んで魔獣を生み出し、足止めに使った上で味方ごと焼き尽くす圧倒的火力での殲滅を狙った。帝都ナルガルの竜は炎を直線的にしか吐けなかったが、彼女の操るそれは蛇の如く自在に動き回ったため、さしものノウブルも防ぎ切れなかったらしい。あげく、その熱は直接触れなくとも肌が焼け焦げ、血肉が弾けるほどだったという。彼の隊の他の団員にとっても相性の悪い相手。あるいは敵は、そうなるように自らの肉体を作り替え特化させていたのかもしれない。
 かくしてノウブル隊が追い詰められた時、唯一彼女に対して有効な力を持つアクターが自ら前に出て幻を使って撹乱し、間合いを詰めて刺し違えた。それが事の顛末。
「六人目は地中に潜んでいた。崖の上に移動もしていない。だとすると、この場にいたのはやはり『七人目』の可能性が高い」
「合流していたのか」
「ああ、だが仲間がやられるのを見て撤退した。そういうことだろう……」
 アイズはゆっくり視線を持ち上げ、別の方向を見る。やはり僅かずつだが魔素が草木に付着して残っていた。ここから北に向かって移動したらしい。
「まだ近くにいる」
 ノウブル達が六人目を倒したのは昨夜、早朝に近い時間帯。七人目が能力を使いこなせていないなら、さほど遠くには行っていない。仲間に加勢せず、傷付き弱ったノウブル達にも追撃をかけなかったことを考えると戦闘力は低い。もしくは戦意が無かったかのどちらか。
「共闘すると言って六人目をけしかけ、その間に逃げたのかもしれんな」
「仲間を騙して囮に……」
 たしかに、その線も考えられる。
 ところが、そう指摘したノウブルの方がどこか納得のいってない表情で谷底を見た。
「他に気付いたことは無いか」
「他に?」
「ああ、どこか不自然な点は無かったか」
「不自然……」
 不可解な質問に眉をひそめるアイズ。そう言われても、特に何も――
「いや……そうだな、六人目とアクターが燃え尽きた地点。あの場所は少しおかしい」
「どうおかしい?」
「我々の肉体を骨も残さず焼き尽くしたにしては、温度が低かったのではないか?」
 天士には強力な加護が宿っている。自分達の肉体を消滅させるには、それこそもっと広い範囲が溶解してクレーターになるほどの熱が生じたはずだ。そうなっていないということは、アイリスかアクターがなんらかの力で周囲への被害を抑えたのかもしれない。
「あるいはアクターが、まだ生きているかだ」
「なっ……」
 驚いたが、ありえないとは言い返せない。なにせ彼は『幻』の能力者、自身が燃え尽きたように見せかけることも可能だろう。
 しかし、だとしても何故そんなことを?
「わからん」
 アイズの問いかけに、首を左右に振るノウブル。彼も、もしかしたらと思っただけ。そうだった場合の動機までは推し量れない。
 部下の死を受け入れられていないのだ。アイズはそう考えた。以前より感情を理解できるようになった今だからこその結論。
 ノウブルはなお考え込む。アイズもまた彼に何を言うべきか考え、ようやくその思考がまとまりかけたところで先を越される。
「俺の部下達も連れて行け」
「何?」
「これから七人目を追うのだろう。予定通り、うちの隊を合流させる。もし七人目が六人目以上の力を持っていても、それなら対処できるはずだ。俺はしばらく別行動を取る。団長にもそう言っておいてくれ」
「どういうことだ」
「仮にアクターが『脱走』したのだとすれば、直接監督していた上官として真偽を確かめる必要がある。理由もな」
 なるほど、そういうことか。即答こそできなかったが、やがて頷くアイズ。もし彼の読みが的中していれば自分達の中から初の離反者が出たことになる。そのまま放置してはおけない。
「わかった、納得するまで調べてみろ。副長が二人共いては部下が混乱するだろうしな」
「……ふっ」
 アイズが冗談を言った。それに気が付き、またわかりにくい笑みを浮かべる彼。
 直後、一人で野営地の方へ引き返し始める。せっかく見つけた痕跡を見失ってしまわないように、自分だけで部下達を呼びに行ってくれたのだ。もう少し近付けばエアーズの能力を経由して連絡を取れるので、そう時間はかからない。
「分隊長の引き継ぎを済ませ次第、こちらはアクターの生死を確認しに行く。だからここでお別れだな。そちらも頑張れよ、あと一人で終わる」
「ああ」
 言われた通り、その場に待機するアイズ。だが、彼がいなくなってから気付いた。もしアクターが生きているなら六人目のアイリスも生きているかもしれない。だとしたら『七人目』を倒しても終わらないのではないか?
 しかし、だとしても追跡の手を緩める理由にはならない。こちらも真偽を確かめたい。この先に向かった少女は生きたいのか、死にたいのか。
 そして自分は、そんな彼女の答えを聞いてどう決断を下す?
 アイリスは魔獣を生み出せる。一人でも生きていれば、世界に再び災厄が撒き散らされてしまう。本人にその気が無かったとしても、きっと周囲はそう考えない。
 なのに、まだ答えは見えない。自分の中には迷いがある。
 そのために聞かせて欲しい。声を、言葉を、想いを。

「君は、どうしたい……?」

 願わくば最後の少女にも救いを。
 まだ見ぬ主に、そう願った。
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