1。
文字数 2,961文字
= ガシャンッ…! =
勢いよく開けられたスライド式の扉は、今までそんな扱いを受けてこなかったため、驚くほど豪快に叩きつけられた。
有無を言わせない空気感で部屋へ入ってきたのは
そこには静かに横たわる
「おいっ!目が覚めたって聞いて……!」
「裕太さん…」
中におかれているソファには、
「さっき寝ました」
小声で言う尚惟。
「
「俺たちが到着したあと、一回、署に戻るって言って出ました」
「……そうか」
輝礼の返答に、頷く。
だからって、しっかりと状況が分かっていたというわけではない。その証拠に、この時は「どこ行ったんだあいつ」という気持ちだった。
俺は、呼吸と気持ちを落ち着けると、改めて二美子の顔を見た。
尊から二美子の意識が戻ったと連絡があった時、俺は
あの日…二美子が買い物に出た
あの日
、俺の妹は消息不明になり、10時間後、70キロも離れた場所で見つかった。衣服は身につけてはいたが、足と腕には擦過傷があり、頭から血を流していた。片方の靴と持っていたはずのバックはなく、買ったかもしれないモノもなかった。救急搬送された二美子は、命に別状はなかったが目覚めることもなかった。まるで物取りのようでもあり、何かに巻き込まれたようでもあり…。その特定は状況から導くには物証が少なかった。何しろ、俺たちが疑っている
ヤツ
に繋がる物証が出てこなかった。状況からは限りなく黒なのだが……。
「ほんとに……目が覚めたのか?」
静かに眠っている妹の髪を撫でる。
あの時負っていた傷は、もう治っている。その事が、時間の経過を物語っていて…胸がチクリとする。
「ほんとに、目が覚めたんです。俺たち、話しました」
「そ、そうか。……そうか……」
胸に熱いものが込み上げてくる。
もしかして、もう目覚めないのではないかと思っていた。そんなことはないと思いながら、完全否定は出来なかった。
裕太は二美子のベットの横の椅子に座る。
早く…目が開いている二美子を見たかった。そうじゃないと聞くだけでは信じられない。
「…裕太さん」
「ん?」
「……あのさ…」
俺は、ソファの方へ体の向きを変えた。
2人が視線を交わす。
「…何だ?俺がきたから用事があるなら……」
「ないよ…。あってもキャンセルするよ。そういうことじゃなくて……」
「……ん?」
俺は、彼らが言いたいことを察することが出来なかった。
「何だ、輝礼」
「二美子さん……また、聞き取りとかあるんだよね?」
ああ……そうか。
俺よりちゃんと次の動きが見えてんだな…
裕太、二美子の顔をチラリと見る。
「……そうだな…事件だからな。二美子の話が犯人に繋がる有力な証拠になるからな」
俺と尊は身内だから外されている事件だ。詳しい動きは分からないが、二美子が目覚めたという事実は報告されているだろう。明日あたりには聴取されるだろう。
まあ…、兄としては……辞めさせたいが、そういうわけにも……
「証拠にはならないと思います」
輝礼、発言した後、微動打にせずこちらを見ている。
「あ?何だ輝礼、それどういう……」
「ないと思う」
「え…?」
「二美さんの中に、その出来事はないと思う」
何言ってんだ尚惟…。
今日は、みんなして俺の理解できない言葉を話す……。
場所を待合室に変えた。
「二美さんの中に、その出来事はないと思う」
「裕太」
「……おぅ」
署に戻っていた
「そっちは大丈夫か?」
「まあ…後で話す」
「分かった…」
「それより…」
俺の横に座った尊。テーブルを挟んで目の前に座っている2人に視線を移した。
「二美子の記憶が消えてるって?」
そう……
尚惟と輝礼が言うには、二美子と話してるときに妙に話が噛み合わないと感じたようだ。
「…確証はないけど、少なくてもあの日俺と買い物に行ったってことから後は、二美さんの中にないと思う」
「……なんでそう思う?二美子は今、うまく話せないはずだが……」
「だよなって…え?待て待て、え?なんだその事実…。そうなのか?」
俺は尊を見る。
「何だ……騒がしい。ミコと話してないのか?」
「……まあ。着いたときには寝てたからな」
「何やってんだ。初動が遅いんだよ…」
うっ…言い返せない……
尊、ため息を着くとネクタイを緩める。
「ひと月近く…目を覚まさなかった。声帯を使ってないんだ。うまく話せなくてもおかしくないだろ」
「た…たしかに……」
「裕太、二美子の事になると洞察力がダメダメになるの、何とかしろ」
「……うぃ…」
そういうおまえはキレッキレだな……
心の中の呟きでも尊を認めてしまってる。
「お前ら、どうやって会話したんだ?」
尚惟、メモした手帳を見せる。
尚惟が書いたであろう“はい”“いいえ”“分からない”の文字の横に這うような字で“ご”“1”の字があった。
「簡単な筆談です。とはいえ…まだ色々と不便そうだし、無理はさせたくなかったから」
「そうだな…」
その手帳を手に取る。“ご”と“1”はきっと二美子が書いたのだろう。揺れるような字で筆圧もほぼない。こんな何でもない文字だが、俺…まあ、少なくともここにいる者は、ちと辛い。
「俺たちのことは分かってる様子だったけど……でも…買い物に行ったとき、何かが起きてってことは…二美子さんの中にはないかもしれない」
「……前みたいに、辛かったことを忘れようとしてるって思うのか?」
裕太、手帳を尚惟に返す。
「どうかな…。俺たちが二美子さんの過去の事知ってて、つい偏った見方してるだけかもしれないけど」
「そうか…」
「怖かったと…思うんだ」
尚惟、メモを見つめながら言う。
「……ねえ、裕太さん。聞かなきゃダメかな?それって…二美子さんが壊れそうで、俺は嫌だ……」
「尚…」
4人の間には重い空気が流れる。
これまでの二美子に生じた出来事を思えば、医学的な知識に疎かったとしても、耐えられそうにないことは想像できる。
「前回、聴取に同席したんだ。辛いよ…自分の事ならどうだっていいんだけど、俺…」
「尚惟」
「はい…」
「輝礼」
「…はい」
俺は…二美子の全てを守ってやりたい。
俺は、兄だから…。ただ、幸せでいてほしいんだ。
「ありがとう…」
「「え…」」
「……何があったかは、警察が調べる。どうしたって聴取はあるだろう。関わったヤツが
ヤツ
だからな。これまでと違う動向があったこともあって、二美子の立ち位置としては…手がかりだからな、犯人逮捕への糸口になる」「けどっ、裕太さん!」
「まあ聞け、輝礼」
「……っ」
俺の心んなかは、ぐちゃぐちゃで、二美子の苦しみにいつも後で気づいて…守ってやれてないことに、自分の無力さに、ヘドが出る。俺は兄として何が出きるのだろう……?
「俺がそばにいる。誰も寄せ付けねえ……」
そんなことしか…できないのか…俺は……。
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