6。
文字数 3,180文字
携帯電話が震える。
画面を確認する。
【裕太】
と表示されている。考えるまでもなく表示をスライドさせた。
「ああ、裕太 。どうだった?」
俺は、今、休憩室で裕太と話していた。といっても、ここにいるわけではなく携帯でのやり取りだが…。今、裕太は休憩時間を使って、尚惟 と輝礼 に話を聞きに行っているのだが…
『おお…まあ、結論から言えば…ありゃなんか知ってる』
「だろうな」
『…でも、あいつらにも分かんないことがあるんだと思う』
裕太の言葉に迷いを感じるのは、俺が冷静でないせいだろうか?
「ということは、あいつらが原因じゃないってことか……?」
『そう…だな。二美子が何か思うとこがあるって感じかな…』
背中にスーッと冷たいものが通る。
その返答はあまり聞きたくなかった答えだ…。
「そうか……」
『今朝のことがあるから、二美子のとこに行ってくれって頼んである』
「…分かった。俺も仕事終わったらすぐ帰るよ」
『……なあ、尊 』
「ん?」
『……いや、…なんでもねえ。じゃあな』
「おお…」
俺の返事を待たず電話が切れた。
手元の携帯をじっと見つめる。携帯画面が暗くなっても、なんだかしまえない……。
『……なあ、尊 』
裕太の声が表示されていないスマホから聞こえる気がする。
あいつが言い淀んだこと…。通話中、ずっと、言葉に力が入っていなかったこと。きっと、俺の頭の中に過ってることと同じなんだろうな。おそらく、たどり着きたくない想提案にたどり着いているんだよな、そうだよな?裕太。
そうだよな…、考えてしまうよな…。
あいつらにさえも黙っていることっていったら、きっと、二美子は自分の体の限界と対峙しているってことだよな…。それは俺たちがいくら二美子を想ってもどうにもしてやることのできない事象なんだよな…。
出来たらあいつらが絡んでいてくれる方がいくらか気持ちが楽だったんだ。いくらでも嫌な兄貴をやってやるつもりだったんだ。それが…
握りしめたスマホは壊れはしないが、壊したところで何も現実が変わるわけではないが…。
休憩室でほかの刑事が食事を摂る中、俺は背を向け机に視線を落としていた。何もすることができず、守れもせず、ここでこうしている俺はなんと滑稽なんだろう。どうして俺ではなかったのだろう…。俺の心臓などいくらでもくれてやるのに…。
静かに呼吸を整えてスマホをしまう。天井を仰いで、気持ちを整える。
二美子が…二美子が幸せでいてくれるなら、きっと俺はなんだってするんだろうな…。
困ったわ…、ほんとに困ったわ…。
目の前にいる我が君の眩しさに戸惑ういを覚える。
「なに食べたいですか?」
メニュー表を開いて渡してくれる尚惟。
で……なぜこんな展開になっているかというとですね…。
今、病院近くにある「Polaris《ポラリス》」という喫茶店にいる。ここは、私がバイトをお願いしようとしている喫茶店だ。兄たちと話をした尚惟が戻ってきて、アルバイト先に行ってみようか(まだバイトはしてないけど…)、と言い出したのだ。私は尚惟に黙っていた後ろめたさもあって、了承したのだけど……。
これって……デートですよね…?
途中で気付いたんです!2人で喫茶店でケーキとか!食べるとか!これって、ちゃんとデートですよね?!
向い合せに座った途端、尚惟の顔を正面から、結構近い距離で見ることになって…。
「どうしたの?二美子さん」
「え…な、なんでもないです…」
軽く羽織ってきた上着とショルダーバックを籠において、メニューに目を通す。
もう…顔見らんないよ……
事件以来、気軽に外へ出歩くことは極端に少なくなった。通院するとき以外は長く外出していない。なんだか漠然とした不安が先行して、楽しめなかった。薬の量が増え、記憶が押し寄せてくる度、胸が苦しくなった。これが、病気のせいなのか一般的な思いとの連動なのか、自分でも分からなくて、正直、疲れていたのだと思う。
そんな中、不意に自分の“おわり”を考えたのだ。そして、自然な流れで何がしたいのかを考えた。不思議と冷静になれた。考えて実現しようと動いているときは、胸の痛みは遠ざかり、思い出す“記憶”に苦しい思いをしなくてもよくなった。
だから……なんだか、尚惟とこうしてじっくり向き合うのは久しぶりで……。
ダメだ……意識しちゃって、はずかしい…
顔が上げられなくて、どうしようかと思っていた時
「いらっしゃい、今日は一人じゃないんだね」
レッドブラウンの柔らかい髪がフワッと揺れる。
「啓 さん」
「久しぶりだけど…体調悪かったの?」
「いえ、そうじゃないんですけど」
「ん、今日はなんにするの?彼は…おにいさんじゃ、ないね」
お水をテーブルに置く時に、尚惟にも会釈をする。
「えっと……その……彼氏で…す」
言葉にした。とたんに顔が熱くなる。
ああ、もう、熱いっ……
「あ…そう…か。はじめまして、オーナーの啓 です」
「尚惟といいます。アルバイトの件も相談に乗ってもらっていると聞いてます。ありがとうございます」
「わあ……礼儀正しい人なんだね。こちらこそ、僕も姉が関わってることもあって、これも縁だなって思ってるから」
「はい。ありがとうございます」
「うん。ところで、注文はどうする?」
「えっと……二美子さん、ケーキセットとパフェだったらどっちが良いですか?」
「え……?うーんと……パフェかな」
「じゃあ、イチゴパフェひとつと、ケーキセットひとつで」
「セットの飲み物は?」
「コーヒーでお願いします」
「了解。ごゆっくりね」
座った席は窓際の日の当たる2人席で、観葉植物や丈の低い仕切りで、良い感じの個別空間ができている。カウンターからもちょっと遠いため、なんだかほんとにふたりっきりでいるみたいで……テレる。
「……驚いた」
「え?何が?」
「店長の啓さん、何だか…ヤバい……」
「え?やばくないよ、いい人だけど……」
「……もっと年配の人かと思ってた。梨緒先生の兄妹って言ってたから、てっきりお兄さんだと思って油断してた…」
ん?油断て……
「ほんとに…二美子さんは可愛いから、…おれ、困る」
え……
ちょっとすねたように窓の方を見てる尚惟。
え……え?……えっ?
「尚惟……妬いてる…?」
「……そりゃ、俺は彼氏だから……」
ちょっと頬を赤くする我が君…。
「でも…彼氏ってちゃんと紹介してくれたから…大丈夫です」
尚惟はそういってこちらを向く。
わふ……これは…きますね……
ドキドキが止まらない。もうお腹いっぱいですってば…。ああもう、心臓に悪い…。
「二美子さん、この後、病院に行きますからね」
「え……」
急に熱が少し引く。なぜここで病院の話が出てくる?
尚惟、じっと二美子を見つめると、にっこり微笑む。
「今朝、発作があったこと、黙ってたでしょ」
おっとー……ユウタめ……
「もう平気だからいいかな~って思っちゃって……」
「そうなの?でも、心配だよ、俺」
うっ……尚惟の眉がヒュッて困った感じになってる…、やだ…そんなに見詰められるとどきどきしてしまって…。
「ごめん。怒ってる?」
「え…怒らないよ。でも心配なんだよ」
「うん、一緒に来てくれるんだ…」
「当然だよ。でも…いやなら待ってる…」
「嫌じゃないわ!」
あ…しまった…
悲しそうな顔をする尚惟に耐えられなくなって、思わずちょっと食い気味に言ってしまった。
ちらりと彼の表情を見ると…
ほらー…やっぱり、びっくりしてるじゃないの…私のばか…
恥ずかしくてテーブルに視線を落とした。
「…ごめん」
「ふふ、なんで?俺、嬉しいんだけど」
ん…?
ゆっくりと目を開けて、顔をあげると、にっこりとほほ笑む尚惟がいた。
「嬉しかったから、どうしよう…独り占めしたい気分だ」
私の視界はすべて尚惟で埋め尽くされて、どきどきが止まらなかった。
画面を確認する。
【裕太】
と表示されている。考えるまでもなく表示をスライドさせた。
「ああ、
俺は、今、休憩室で裕太と話していた。といっても、ここにいるわけではなく携帯でのやり取りだが…。今、裕太は休憩時間を使って、
『おお…まあ、結論から言えば…ありゃなんか知ってる』
「だろうな」
『…でも、あいつらにも分かんないことがあるんだと思う』
裕太の言葉に迷いを感じるのは、俺が冷静でないせいだろうか?
「ということは、あいつらが原因じゃないってことか……?」
『そう…だな。二美子が何か思うとこがあるって感じかな…』
背中にスーッと冷たいものが通る。
その返答はあまり聞きたくなかった答えだ…。
「そうか……」
『今朝のことがあるから、二美子のとこに行ってくれって頼んである』
「…分かった。俺も仕事終わったらすぐ帰るよ」
『……なあ、
「ん?」
『……いや、…なんでもねえ。じゃあな』
「おお…」
俺の返事を待たず電話が切れた。
手元の携帯をじっと見つめる。携帯画面が暗くなっても、なんだかしまえない……。
『……なあ、
裕太の声が表示されていないスマホから聞こえる気がする。
あいつが言い淀んだこと…。通話中、ずっと、言葉に力が入っていなかったこと。きっと、俺の頭の中に過ってることと同じなんだろうな。おそらく、たどり着きたくない想提案にたどり着いているんだよな、そうだよな?裕太。
そうだよな…、考えてしまうよな…。
あいつらにさえも黙っていることっていったら、きっと、二美子は自分の体の限界と対峙しているってことだよな…。それは俺たちがいくら二美子を想ってもどうにもしてやることのできない事象なんだよな…。
出来たらあいつらが絡んでいてくれる方がいくらか気持ちが楽だったんだ。いくらでも嫌な兄貴をやってやるつもりだったんだ。それが…
握りしめたスマホは壊れはしないが、壊したところで何も現実が変わるわけではないが…。
休憩室でほかの刑事が食事を摂る中、俺は背を向け机に視線を落としていた。何もすることができず、守れもせず、ここでこうしている俺はなんと滑稽なんだろう。どうして俺ではなかったのだろう…。俺の心臓などいくらでもくれてやるのに…。
静かに呼吸を整えてスマホをしまう。天井を仰いで、気持ちを整える。
二美子が…二美子が幸せでいてくれるなら、きっと俺はなんだってするんだろうな…。
困ったわ…、ほんとに困ったわ…。
目の前にいる我が君の眩しさに戸惑ういを覚える。
「なに食べたいですか?」
メニュー表を開いて渡してくれる尚惟。
で……なぜこんな展開になっているかというとですね…。
今、病院近くにある「Polaris《ポラリス》」という喫茶店にいる。ここは、私がバイトをお願いしようとしている喫茶店だ。兄たちと話をした尚惟が戻ってきて、アルバイト先に行ってみようか(まだバイトはしてないけど…)、と言い出したのだ。私は尚惟に黙っていた後ろめたさもあって、了承したのだけど……。
これって……デートですよね…?
途中で気付いたんです!2人で喫茶店でケーキとか!食べるとか!これって、ちゃんとデートですよね?!
向い合せに座った途端、尚惟の顔を正面から、結構近い距離で見ることになって…。
「どうしたの?二美子さん」
「え…な、なんでもないです…」
軽く羽織ってきた上着とショルダーバックを籠において、メニューに目を通す。
もう…顔見らんないよ……
事件以来、気軽に外へ出歩くことは極端に少なくなった。通院するとき以外は長く外出していない。なんだか漠然とした不安が先行して、楽しめなかった。薬の量が増え、記憶が押し寄せてくる度、胸が苦しくなった。これが、病気のせいなのか一般的な思いとの連動なのか、自分でも分からなくて、正直、疲れていたのだと思う。
そんな中、不意に自分の“おわり”を考えたのだ。そして、自然な流れで何がしたいのかを考えた。不思議と冷静になれた。考えて実現しようと動いているときは、胸の痛みは遠ざかり、思い出す“記憶”に苦しい思いをしなくてもよくなった。
だから……なんだか、尚惟とこうしてじっくり向き合うのは久しぶりで……。
ダメだ……意識しちゃって、はずかしい…
顔が上げられなくて、どうしようかと思っていた時
「いらっしゃい、今日は一人じゃないんだね」
レッドブラウンの柔らかい髪がフワッと揺れる。
「
「久しぶりだけど…体調悪かったの?」
「いえ、そうじゃないんですけど」
「ん、今日はなんにするの?彼は…おにいさんじゃ、ないね」
お水をテーブルに置く時に、尚惟にも会釈をする。
「えっと……その……彼氏で…す」
言葉にした。とたんに顔が熱くなる。
ああ、もう、熱いっ……
「あ…そう…か。はじめまして、オーナーの
「尚惟といいます。アルバイトの件も相談に乗ってもらっていると聞いてます。ありがとうございます」
「わあ……礼儀正しい人なんだね。こちらこそ、僕も姉が関わってることもあって、これも縁だなって思ってるから」
「はい。ありがとうございます」
「うん。ところで、注文はどうする?」
「えっと……二美子さん、ケーキセットとパフェだったらどっちが良いですか?」
「え……?うーんと……パフェかな」
「じゃあ、イチゴパフェひとつと、ケーキセットひとつで」
「セットの飲み物は?」
「コーヒーでお願いします」
「了解。ごゆっくりね」
座った席は窓際の日の当たる2人席で、観葉植物や丈の低い仕切りで、良い感じの個別空間ができている。カウンターからもちょっと遠いため、なんだかほんとにふたりっきりでいるみたいで……テレる。
「……驚いた」
「え?何が?」
「店長の啓さん、何だか…ヤバい……」
「え?やばくないよ、いい人だけど……」
「……もっと年配の人かと思ってた。梨緒先生の兄妹って言ってたから、てっきりお兄さんだと思って油断してた…」
ん?油断て……
「ほんとに…二美子さんは可愛いから、…おれ、困る」
え……
ちょっとすねたように窓の方を見てる尚惟。
え……え?……えっ?
「尚惟……妬いてる…?」
「……そりゃ、俺は彼氏だから……」
ちょっと頬を赤くする我が君…。
「でも…彼氏ってちゃんと紹介してくれたから…大丈夫です」
尚惟はそういってこちらを向く。
わふ……これは…きますね……
ドキドキが止まらない。もうお腹いっぱいですってば…。ああもう、心臓に悪い…。
「二美子さん、この後、病院に行きますからね」
「え……」
急に熱が少し引く。なぜここで病院の話が出てくる?
尚惟、じっと二美子を見つめると、にっこり微笑む。
「今朝、発作があったこと、黙ってたでしょ」
おっとー……ユウタめ……
「もう平気だからいいかな~って思っちゃって……」
「そうなの?でも、心配だよ、俺」
うっ……尚惟の眉がヒュッて困った感じになってる…、やだ…そんなに見詰められるとどきどきしてしまって…。
「ごめん。怒ってる?」
「え…怒らないよ。でも心配なんだよ」
「うん、一緒に来てくれるんだ…」
「当然だよ。でも…いやなら待ってる…」
「嫌じゃないわ!」
あ…しまった…
悲しそうな顔をする尚惟に耐えられなくなって、思わずちょっと食い気味に言ってしまった。
ちらりと彼の表情を見ると…
ほらー…やっぱり、びっくりしてるじゃないの…私のばか…
恥ずかしくてテーブルに視線を落とした。
「…ごめん」
「ふふ、なんで?俺、嬉しいんだけど」
ん…?
ゆっくりと目を開けて、顔をあげると、にっこりとほほ笑む尚惟がいた。
「嬉しかったから、どうしよう…独り占めしたい気分だ」
私の視界はすべて尚惟で埋め尽くされて、どきどきが止まらなかった。
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