22。

文字数 3,409文字

「ああ、ねみ…」
 壽生(ジュキ)からの電話で警察病院を出たのは1時間前。自転車がないから時間がかかっちまった…。
 さすがに徹夜もどきに歩きが重なると、まったりとした疲れが身体中を巡ってる。
 学生棟に着くと、壽生は既にそこにいた。
「おはよ」
「うわ…なんか単位落としそうなヤツの顔だな…」
「寝てないからな…。この後、一回…仮眠取る」
「それがいいわ。ほい、ブラック」
「お、サンキュ…」
 俺は席に着くと、壽生からもらった缶コーヒーをひとくち飲む。豆の香りがして…ホットなのが嬉しい。
「うっわ…しみるわ……」
「だろ?」
 壽生もコーヒーを飲む。
 こいつは、いつもスマートに空間を和らげる。きっと思うこともあるだろうけど、自分の思うことは極力後回しにする。壽生がそうしてると言ったわけではないけれど、俺と尚惟はそんな風に感じてる。それでいいのかどうかは分からないけれど、俺は、思いっきり甘えてる。
「はぁ…頭が起きてきたー…」
「ここ来るまで寝てたのかよ」
「そんな感じ…。もうギリッギリの精神状態だよ……」
「……だな…」
 俺は机に頭を突っ伏して、大きく息を吐いた。
「取りあえず、意識戻ったし、反応もあるし、声出てるし……大丈夫だと思う」
「そうか、良かった…」
「はあ?!良くねえわ!」
 俺はガバッと顔を持ち上げると、勢いのまま机をバシンっと叩く。
 周囲の視線がこちらに注がれた。
「おいっ…!」
 壽生、周囲を見渡し、頭を2、3度下げた。
「…たくもう……。感情が駄々漏れだわ…」
「……悪い」
「おおもう…。いいよ。輝礼(アキラ)も辛かっただろうし。お前は嘘つけないから、余計に緊張しただろうし……」

 なんだよ、彼氏かよ……

 俺はもう一度コーヒーを口にする。
「二美子さんの口からはその時の状況は話されなかった。聞けもしてないから、これから警察が聞くんだと思う」
「そうか。まあ、それは警察の仕事だ」
「おお……分かってる」
 分かってるけど、二美子さんに傍若無人に質問するヤツがいたら俺は我慢できないだろうな…。
「今回のこともトラウマになるのかな……」
「そうじゃないことを願うけれど……」
 彼女はそれまでに経験してきた事柄がハンパない。何故、人生はこれほどに辛く当たるのか……。はは…哲学かよ……。
「輝礼」
「おん?」
「頭が稼働してきたばかりで悪いけど、お前からの頼まれ事な……」
「あ?ああ…」
「自転車は図書館横の自転車置場に置いてある。これ、鍵」
 机の上に俺の自転車の鍵が置かれる。
「お、サンキュ」
「ん。で、二美子さんの携帯だけど…」
「おお、尊さんなんて?」
 病院側から渡された二美子さんの荷物のなかに携帯がなかったため、尊さんがその電波を追っているとのことだったけれど。
「電波、拾ったら病院内にあったんだって」
「おお?病院の誰かが持ってる?」
「今、尊さんが聞き込みにいってるって」
「そか…。はぁ……俺たちじゃどうにもならないな~」
「ただの学生ごときだからな。でも、俺たちはただの学生だから、時間はたっぷりある」
「お?おお…そうだけど……」
「尚惟から電話がさっきあってさ。二美子さん、退院するって明日」
「え……」
 病院で連れてかれそうになって、転院して、それなのにすぐ退院って……。
「まだ逃亡者が一人いるのにか?」
「状況から見て逃亡者が二美子さんを必要以上に追っかけてくる感じはないからじゃないかな?」
「……まあ、確かにそうかもしれないけど……」
「輝礼、早く家帰って仮眠取ってこいよ」
「え?」
「尊さんと裕太さんから“頼む”ってさ」

 ん?

「逃げたヤツと襲った原因は警察が解決することだろ?俺たちは二美子さんが自宅で安心して養生できるために出きることをするんだよ」
「あ、ああ…そっか……」
「俺たちにしか出来ないことじゃないか?」
 壽生、携帯画面を輝礼に見せる。
「……おっと…」
「な?書いてあるだろ?俺たちって信頼されてんな~」
「はは…だなぁ。じゃあ、俺はちょい帰って来るわ。後で合流な」
「おう、連絡するよ」
 俺はコーヒーを飲み干すと、先に学生棟を出た。



その頃、病院を出た(ヒロム)翼希(ツバキ)はというと……、ヒロムの喫茶店Polarisにいた。
「サンドイッチとカフェオレだけど…」
 目の前にタマゴサンドと暖かいカフェオレが置かれた。
 ほわっと白い湯気が見える。

 わ……おいしそう…

 おしゃれな木製のプレートに並べられたサンドイッチは、トーストされたもので、焼けた部分の香りと色鮮やかな黄色の厚焼き卵が脳に「うまい」と既に言わしめていた。
 あの後、梨緒(リオ)医者(センセイ)の病院携帯が鳴り、名残惜しそうに心療内科室へ戻っていった。残されたのは今日出会ったばかりの2人で…。
 梨緒先生の弟さんだという、(ヒロム)さんから
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
 と言われ、今に至る。
「えっと…」
「ここね、僕の仕事場。喫茶店やってるんだ。何となく話すのもなんだから、いやじゃなければどうぞ」
「…ども」
 ここのところワタシは変だ。
 こんな初対面の大人たちに、全く気持ちが悪くならず、会話したり、お見舞いに行ったり、更には食事をするだなんて…
「信じられない……」
「あ…ごめん。卵ダメだったかな?」
「え」
「え?」

 あ……

「あ、そういう意味ではないので」
「そうなの?」
「はい。お腹空いているので、いただきます」
「はい、どうぞ」
 柔らかい微笑みは、ワタシには何だか不思議に見えて…。
「あの…無理に笑わなくていいですよ」
「ん?」
「いただきます」
「え、え?」
 ワタシは、カフェオレをひとくち飲む。
 口のなかにミルクの甘味とコーヒーの苦味がうまく主張し合う。
「美味しいです。ほっとします」
 啓さんは、目をぱちくりさせると、カウンターから出てきてワタシの横に座った。
「はぁ……、最近の年下は感性がすごくて……」
「え?」
「いや、こっちの話し。まあ…無理してるわけではないけど…。きっとここでの僕の笑顔が不自然に見えるんだよね、君には」
「ま、まあ…」
 啓さんは、軽くため息を吐くと、ワタシの方に向き直った。
翼希(ツバキ)くん、二美子さんが倒れたとき、君はあの場にいたの?」
 ワタシは、タマゴサンドを口に頬張ったばかりで、突然の二美子さん内容にむせてしまった。
「あーごめんごめん」
 啓さんはカウンターに戻り、ティッシュを取ってくると、ワタシに手渡してくれた。
「す、すみません…ゴホゴホッ……」
「ごめんごめん。食べてるときに聞かなくても良かったか…」
「い、いえ…ゴホゴホ。だ、大丈夫です。彼女の名前に反応してしまいました」
「素直だな」
「嘘が苦手なんで」
「……なるほど。二美子さんとは友達なの?」
「あー…、知り合ったばっかです」
「病院で?」
「はい。ワタシ、たくさんの人がいるとこ苦手で、梨緒先生のとこに通ってるんですけど、この間の検診で気分悪くなって。その時会いました。人って苦手で近寄られると頭痛くなるんですけど、彼女はなんか大丈夫だったんで……」
「ああ……分かる気がする。もう一回会ってみたくなった?」
「まあ…。そんなとこです。でも、貴方と話してて、親しそうだったから」
「そっか」
「二美子さんて退院したんですか?」
「そうだね。昨日かな、退院したよ」
「そうですか…」
「あのさ…実はさ、あの時、二美子さんが倒れたとこに誰がいたか覚えてるか聞きたかったんだけど……」
「え?あの場にはたくさんいましたよね?全部は……」
「二美子ちゃんと僕がいたテーブルに近づいたナース」
「あー……分かると思いますけど…」
「ほんと?」
「まあ、落ち着くまで見てたので。名前は分かりませんが顔は分かります…。けど、どうしてですか?」
「うん。二美ちゃんの携帯がないんだよね」

 え

 ワタシの食事の手が止まる。
「えっと…」
「あの時、僕は確かにテーブルの上に携帯を置いたのを見たんだけど、ストレッチャーに乗せられたあと、無かったんだよね。そこから見つかってないんだ」
 ワタシは違和感を持った。だからって何でナースだと限定するのだろう。
「ナースに心当たりがあるのですか?」
「まあね。鋭いな」
 啓さんは苦笑いすると、真剣な表情になる。
「悪いけど、食べたあと僕に付き合ってもらえるかい?」
 いくら梨緒先生の弟さんとは言え、今日、初対面で突然よく分からないお願いをされても、本来なら気持ち悪い一点につきるのだが……、
「いいですよ。協力します」
 ワタシは何故だか前向きな返答しか浮かばなかった。
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