18。

文字数 3,233文字

 二美子さんは、救急車内で状態を確認したあと、主治医の処置のもと、警察病院へ搬送することに変わりはなかった。
 辺りはすっかり陽も暮れて、気温も少し低くなっていた。病院での騒動により、中の機能は停止状態だ。病人の安全が確認され、病院内が大丈夫だと判断されるには、少々てこずりそうだった。犯人ひとり逃走、入院患者が一時的であれ人質となったのだ。警察、消防以外にテレビ局も到着し、大騒ぎになっていた。
 暗くなると全く景色が変わる。今回はただ暗くなっただけではない。テレビ局のフラッシュと消防と警察の回転灯など、光るものの共演は溢れんばかりだが、決して心休まる“灯り”でない。サイレン等の音こそ鳴っていないが、多くの人のざわつきで非常に騒々しかった。
 そんな中、救急搬送口にて待機しているのは光麗(ミツリ)に後を任された輝礼(アキラ)だった。
 騒いでいる表口とは違い、ここには誰もいない。いるのは、二美子さんが乗った救急車とその対応をしている医師と看護士。ちょい向こうの入り口には刑事が2人。そして、俺だ。
 少し向こうから2人の人陰が見えた。ひとりの刑事が声をかける。ちょっと話して、確認が取れたのか、こっちへ通された。見慣れた動作、シルエット…。これは間違いない。
壽生(ジュキ)尚惟(ショウイ)、ここだよ」
 確信を持った後、手を上げて、俺の所在を示す。気づいた2人は駆け寄ってきた。
輝礼(アキラ)っ!二美子さんは?!
「救急車の中にいる。今、医者が処置してる」
「処置って……」
 尚惟が聞く。
「怪我はないと思う。でも、今、気を失ってる」
「意識ないの?!……何があったんだよ」
壽生、言い立てる。
「さあ…俺が来た時にはもう事は終わってたっぽい。今から警察病院へ行くって。尚惟、乗ってくだろ?」
「あ、ああ。もう乗っていいの?」
「おう、俺も乗るから先行って」
「分かった」
 尚惟、救急車の方へ駆け寄り、扉を叩く。
 その様子を見た後、俺は壽生に向き直る。
「あいつ…どう…?」
「え?参ってるよ。そりゃそうだろ…。それより……二美子さんは?……」
「わかんねえ…。何もかもがわかんねえ…。何で二美子さんがこんな状況に置かれてるのかも、体調の有無も、何も分からねえ…。」
「そうか……」
「けど……、唯一分かってることは…きっと二美子さんは“怖い”だろうってことだ。何があったかはわからないけれど、きっとしんどいだろうなって。でも、それが本人分かってないかもしれないな……」
「輝礼…」
「俺たちが出きることは、そばにいて感情を拾うことかもな……」
「……お前って、時々、男前だな」
「はあ?何だよそれ。時々って。それより壽生、頼みたいことがあるんだけど……」
「ん……?」



「すいません……(タケル)さん」
 『いや…むしろ機転の利かせ方に驚いてる。悪いな…』
「いえ……」

 俺も驚いてます…。

 輝礼(アキラ)尚惟(ショウイ)はあの後、二美子さんと共に警察病院へ向かった。
 俺は輝礼からの頼まれ事を遂行していた。。それは尊さんへの連絡だった。
 『二美子の物については、壽生に渡すように言ってある。それから裕太のことは……理解した』
「あの…尊さん、今回の事って…」
 『ああ…、俺も詳細はまだ聞いてないが、おそらく裕太に恨みを抱いて、それを二美子に向けたんだろうってことだ。俺もあと1時間で署に戻れると思うから、悪いが二美子の事を頼む』
「はい、じゃあ後で」
 電話を切ったあと、緊急搬送窓口に声をかけて、二美子さんの荷物を待った。
 輝礼は二美子さんの手荷物と、自分の自転車を持ってくることを俺に頼んだ。そのためには尊さんへの連絡が必要だった。外部進入禁止になっている病室には入れなくて、警察の許可がいった。それを尊さんに取ってもらったのだ。入るのはダメだったが、これで二美子さんの所持品は受け取れることになった。ここで連絡を入れたのがどうして裕太さんではないのか。ここが輝礼の観察眼によるものなのだけれど…。
 輝礼曰く、裕太さんの様子がおかしいというのだ。何だか心ここに非ずで、病院での行動は、裕太さんらしくなかったというのだ。光麗さんが輝礼に言った“逆恨み”というワードもあり、輝礼は気になったという。もし、そうだとして、これに踏み込めるのは尊さんしかいない…。
「輝礼って、しれっと最短距離を行くよな……」
 廊下に設置された長椅子に座り、「ほぅ」っとため息をつく。
 頭の回転が早いのかな…?よく見ているということだろうか?視点がすごい気がする。俺は、たぶん、こういう混乱した状況下で、判断しろと言われてもうろたえる自信がすこぶるある。
 事実、今回の件も、ただただ、ここに向かっただけだからな……。全く持って単細胞だよ、俺は…。
「にしても……」

 どうして二美子さんを襲ったんだろう……

「壽生くんっ!」
 突然名前を呼ばれて、現実に引き戻される。
「え…梨緒(リオ)先生?」
「ああ、良かった!まだいてくれて!」
「どうしたんですか?もう二美子さん行っちゃいましたけど……」
「うん、心臓内科の先生に聞いたから知ってる。いまこういう状況だから、お兄さんに伝えてほしいことがあるの」

 伝えてほしいこと?

「二美子さん、この間、院内で発作を起こしたの」
「え…」
「たまたま私の弟が近くにいて、その様子が分かったのだけれど…」
「発作……?それって誰か知ってるんですか?」
「お兄さんたちは知ってる。だから退院が1日延びたの。延びたわけを説明したときに伝えたって聞いてる。でも、詳しくは退院時に話すはずだった。まさかこんなことになるとは思ってなかったわ……」

 それはそうだ

「でも、退院できるんですよね?」
「そう。検査は終わったし、手術が必要なわけでもない。何より退院を強く希望しているのは二美子さんだからね」
「聞きたいことは山ほどありますけど……」
「うん、取り急ぎのこと、言うね。二美子さん、何を思い出しても“辛い”って脳が変換してる状態。二美子さんの記憶から出てくる事柄は、辛いことばかりではないって分かっても、彼女は否定すると思う」

 否定……比定……何を?

「……自分を責めてる?」
「それはまだ……。でも自分が消えればってこと思う可能性はある」
 俺のなかで、以前話した二美もさんとの会話がフィードバックする。

「ちゃんと…過ごして来た時間を覚えてて、思い出になっててっていう…そういうことが全部本当かどうかって、よく確かめてたりするの。最近……」


 すがってたのかもしれない……。彼女は訳の分からない恐怖にあがらうために、色んなロジックを探していたのかもしれない…。

「壽生くん……?」
「ああー……、すいません。ちょっと自分の阿呆さ加減に嫌気がさしてました」
「え…?」
「梨緒先生、これって理屈なく向き合っていいんですよね?バカなことを言うんじゃないって、怒っていいんですよね?」
 梨緒先生は少し驚いていたが、「そうね」と頷いてくれた。
「彼女が抱えているものは

、これから二美子さんが自分の人生を歩んでいくときに、申し訳ないってことが先んじる必要はないのよ。もっとゆっくりと、自分を好きになっていいってことを知っておいて。今、そんなことが大事だと思うの」
「はい…みんなに伝えます」
「うん。医学的なことは任せて」
「はい」
 梨緒先生との話が終わったときに、二美子さんの手荷物が届いた。
 受け取ったものはさほど大きくないトートバックで、重さも想定していたより軽かった。入院期間を考えると少ない気がするけど…。
「梨緒先生、鞄の中にスマホがあるか確認してもらっていいですか?」
「え…いいけど…」
 そういうと、梨緒先生はトートのチャックを開け、なかを見る。
「んー……。あれ…?ないわね…。え?」

 やっぱりないか……。

 何度電話してもコール音が鳴るが、全く誰もない。それもおかしな事だと…、輝礼は引っ掛かったと言った。確かに…。どこかに落としたのかもしれないが、誰かが持っていった可能性だってあるわけだ。

 俺はもう一度尊さんに電話をした。
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