7。
文字数 2,086文字
「輝礼 悪いね」
「いや、いいっすよ」
家庭訪問先から帰ってくると、事業所の平谷 さんが声をかけてくれた。
「急にだったのに引き受けてくれて助かったわ。ほい」
彼は同じ大学の卒業生、つまりはOBだ。彼は卒業すると塾講師として就職したのだが、1年半後、そこを辞めてこの事業所を立ち上げた。ここは進学目的の家庭教師派遣所ではない。もっと緩やかな、学ぶことが好きになってくれたらいいなと、立ち上げたとのこと。世の中、結構世知辛く、志は清く美しいと称賛されはしても、利益をある程度出そうとするとうまくいくとは限らないのだが……。
稼ごうとしてやっているわけではない彼には、まあ…どうでもいいことか。俺は、そんな
手渡されたペットボトルのコーヒー…こりゃ何かあるな……。
「どうも」
「はあ…。で、思うとこあったろ?」
「ああっと……やっぱそういうことでしたか……」
「はは、ばれてた?」
俺は、大きくため息をつくと、もらったコーヒーを開けた。ひとくち飲む。
「こういったらなんですけど、彼はどうして家庭教師をつけてるんですか?親の意向って感じもなかったけれど…」
「そうか……」
先輩は、俺の横に座ると同じくコーヒーを一口飲む。
「
それはある程度気にした方がいいんじゃないだろうか…。
平谷先輩のいいところは、何も否定はしないんだよな。でもだからって、これがビジネスである以上はどうして続かないのかは気にした方がいい、と感じるが。
「書類では本人の希望ってなってんだけど、どうも違う気がしてな。もしかしたら、保護者の意向でって方かな?とも思ったんだけど、輝礼から見て親の要望って感じでもないのか…」
「まあ、あくまでも俺にはそう見えたってだけの話ですよ。居間で教えてる間、ずっとキッチンにいるんだけれど、気にしてる風には思えなかったし。ルール上そうしなきゃいけないからいるって感じで」
「なんか他に気になったことあったか?」
「まあ……全体的にですけど、1時間5000円払ってまで家庭教師をつける意味が分からない。勉強がしたいわけでもなさそうだし。外部との接触数を増やしたいってだけなのかもしれませんけど…」
「そうか…。まあ、保護者と話してみるか」
「それが良いですよ。じゃあ、お疲れさまでした」
「お、サンキュな。今月分に加算しとくから」
平谷さんに軽く頭を下げて、部屋を出る。
「はあ…」
俺はそれほど理想主義者というわけではない。平谷先輩の理想はとても崇高なものだろうと思うし、立派だとも思う。が、俺はそこまで
今日、訪問した所は、高校1年生の男子だった。基本、この事業所に来てもらって勉強をするのだが、内容によっては訪問をする。例えば、外に出ることが難しいと思われる場合、病気であるとかだが…その場合は訪問の形式をとる。しかし、個室にて二人きりというのは互いの安全を確保できないため、規定として、『本人以外の家人が家に在宅している場合』という縛りがつく。今回行った家は、本人は健康そうであったが、なぜ訪問なのだろうか?リビングでの勉強もただ黙々と課題をこなし、30分でそれも終わった。残り30分はひたすら質問をしてくるのだ。勉強に関係のないプライベートな話を…。キッチンで料理をしていた母親は何も話さないし……。
雑談が好きなやつもいるだろうが…あれは「話したい」というよりは、相手を攻撃しているような感覚だな。自分を守るために攻撃する、生き物の基本行動だと思うのだが、何がそうさせているのだろうか。
怖いのかな…?俺たちが?外から来たモノが?
輝礼、考え込んでいる自分にハッとする。
「やめやめ…」
ピンチヒッターのバイトだよ。もう会うこともないだろう者のことを考えたところで、俺にはほかに考えることがあるだろうが。だいたい平谷さんの頼みじゃなかったら完全無視だ。タイミングとして非常に迷惑なものだったし。お陰で二美子さんとこに行けなかったじゃないか…。
俺は人様の心の成長に寄り添ってる場合じゃないわけよ。二美子さんの現状に寄り添いたいんだよ。
リュックにいれておいた携帯を手に取る。何か連絡が入ってるかも……。
チェックしようとした時に振動が手に伝わってきた。
画面が光り、【壽生】と表示されている。
すげぇ ドンピシャじゃん。
「なんだ壽生 」
『おお、終わった?』
「ああ、今終わったとこ。あれからどうなった?」
『うん…まあいろいろ…?』
なんだよ、歯切れが悪いな…。
「え、何、気になるだろ。尊さんからとかアプローチあった?」
『うん、まあそれもあった』
「え…何かあっ……」
『二美子さん、入院することになった』
「あ……?」
ちょっと…壽生の声が遠い……。何言ってんの?
「いや、いいっすよ」
家庭訪問先から帰ってくると、事業所の
「急にだったのに引き受けてくれて助かったわ。ほい」
彼は同じ大学の卒業生、つまりはOBだ。彼は卒業すると塾講師として就職したのだが、1年半後、そこを辞めてこの事業所を立ち上げた。ここは進学目的の家庭教師派遣所ではない。もっと緩やかな、学ぶことが好きになってくれたらいいなと、立ち上げたとのこと。世の中、結構世知辛く、志は清く美しいと称賛されはしても、利益をある程度出そうとするとうまくいくとは限らないのだが……。
稼ごうとしてやっているわけではない彼には、まあ…どうでもいいことか。俺は、そんな
あまあまな
平谷先輩が好きなのだが…。時々、なんでも抱えないでほしい、と思うような件があったりする。手渡されたペットボトルのコーヒー…こりゃ何かあるな……。
「どうも」
「はあ…。で、思うとこあったろ?」
「ああっと……やっぱそういうことでしたか……」
「はは、ばれてた?」
俺は、大きくため息をつくと、もらったコーヒーを開けた。ひとくち飲む。
「こういったらなんですけど、彼はどうして家庭教師をつけてるんですか?親の意向って感じもなかったけれど…」
「そうか……」
先輩は、俺の横に座ると同じくコーヒーを一口飲む。
「
そういうこと
ってことではないけどな。まあ、気になってたんだよな。どうもあの家を訪問した後、「できれば外してほしい」って言うやつばっかで。合う合わないは当然あるからよっぽどじゃない限り追求しないんだけどな…」それはある程度気にした方がいいんじゃないだろうか…。
平谷先輩のいいところは、何も否定はしないんだよな。でもだからって、これがビジネスである以上はどうして続かないのかは気にした方がいい、と感じるが。
「書類では本人の希望ってなってんだけど、どうも違う気がしてな。もしかしたら、保護者の意向でって方かな?とも思ったんだけど、輝礼から見て親の要望って感じでもないのか…」
「まあ、あくまでも俺にはそう見えたってだけの話ですよ。居間で教えてる間、ずっとキッチンにいるんだけれど、気にしてる風には思えなかったし。ルール上そうしなきゃいけないからいるって感じで」
「なんか他に気になったことあったか?」
「まあ……全体的にですけど、1時間5000円払ってまで家庭教師をつける意味が分からない。勉強がしたいわけでもなさそうだし。外部との接触数を増やしたいってだけなのかもしれませんけど…」
「そうか…。まあ、保護者と話してみるか」
「それが良いですよ。じゃあ、お疲れさまでした」
「お、サンキュな。今月分に加算しとくから」
平谷さんに軽く頭を下げて、部屋を出る。
「はあ…」
俺はそれほど理想主義者というわけではない。平谷先輩の理想はとても崇高なものだろうと思うし、立派だとも思う。が、俺はそこまで
いい人
ではない。今日、訪問した所は、高校1年生の男子だった。基本、この事業所に来てもらって勉強をするのだが、内容によっては訪問をする。例えば、外に出ることが難しいと思われる場合、病気であるとかだが…その場合は訪問の形式をとる。しかし、個室にて二人きりというのは互いの安全を確保できないため、規定として、『本人以外の家人が家に在宅している場合』という縛りがつく。今回行った家は、本人は健康そうであったが、なぜ訪問なのだろうか?リビングでの勉強もただ黙々と課題をこなし、30分でそれも終わった。残り30分はひたすら質問をしてくるのだ。勉強に関係のないプライベートな話を…。キッチンで料理をしていた母親は何も話さないし……。
雑談が好きなやつもいるだろうが…あれは「話したい」というよりは、相手を攻撃しているような感覚だな。自分を守るために攻撃する、生き物の基本行動だと思うのだが、何がそうさせているのだろうか。
怖いのかな…?俺たちが?外から来たモノが?
輝礼、考え込んでいる自分にハッとする。
「やめやめ…」
ピンチヒッターのバイトだよ。もう会うこともないだろう者のことを考えたところで、俺にはほかに考えることがあるだろうが。だいたい平谷さんの頼みじゃなかったら完全無視だ。タイミングとして非常に迷惑なものだったし。お陰で二美子さんとこに行けなかったじゃないか…。
俺は人様の心の成長に寄り添ってる場合じゃないわけよ。二美子さんの現状に寄り添いたいんだよ。
リュックにいれておいた携帯を手に取る。何か連絡が入ってるかも……。
チェックしようとした時に振動が手に伝わってきた。
画面が光り、【壽生】と表示されている。
すげぇ ドンピシャじゃん。
「なんだ
『おお、終わった?』
「ああ、今終わったとこ。あれからどうなった?」
『うん…まあいろいろ…?』
なんだよ、歯切れが悪いな…。
「え、何、気になるだろ。尊さんからとかアプローチあった?」
『うん、まあそれもあった』
それも
?「え…何かあっ……」
『二美子さん、入院することになった』
「あ……?」
ちょっと…壽生の声が遠い……。何言ってんの?
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