23。
文字数 3,928文字
さてと…
俺は、前方を確認しながらゆっくりと時間を過ごしていた。店舗外では、時折、警察官が数人見られた。誰かを探しているのか、取り締まりをしているのか……。
電子タバコを燻らせながら窓越しにそれを見やる。最近ではどこも禁煙表示で、吸えるところはほとんどない。ここは数少ない喫煙していい席のある喫茶店だ。
「痛っ……!」
足を組み替えた時、チクッとした痛みが走る。
走っていたときは感じなかったが、どうやら逃げているとき、足を捻ったようだった。
「全く……貧乏くじひいた…」
だいたい、こうなる予定は全く無かった。こんな隠れるように喫茶店で過ごすとは……数週間前には思ってもなかった。
うまくのらりくらりとやってきたんだが…今回は読み違えたか。
人の闇はどこにでも、どの時代でもあるもんだ。憎しみに駆られて相手を恨み倒すヤツ、実際に困らせようとするヤツ、エトセトラ…。俺はそれをちょこっと手伝ったりしてその報酬で上手いこと生きてきた。
今回は、好きな男を奪った女への復讐だと言っていた。本来ならこういう
どうでもよく
ひとつは、ターゲットに用のある奴らが他にもいたということ。
中に入ったらすでに
そうして、階下に降りた。そのまま撤収する予定が、早々と仕事が終わったことで、予定外の事象が起きた。巡回の警備員が来てしまったのだ。思わず反対方向に移動し、玄関前に来てしまった。いつもいる警備員がいてどうしようかと思っていたら、交代時間だった様子で、容易にその場に自分ひとりという空間が成立した。これで屋外に出ればいいのだが…。
ここで2つ目の誤算。あの刑事が来た。
ほかのヤツならまだいい。いや…、警察の目に留まるのはあまりよくないが、それでもこの刑事以外ならまだ良かった。あいつは鼻が利きすぎる…。
「ああ……よりによってあいつが来るとは……運が良くないな」
ぽつりと呟く。
こういうときは引き上げる。これが“のらりくらり”の原則だ。
男は、電子タバコをしまうと、席を立った。
さて……尊 はというとR国立総合病院へ来ていた。
二美子の携帯の微弱電波はここから出ていた。どこかに落ちているか、善意の第3者が持っているならいいんだが、悪意のあるものが持っていたとしたら…気付かれた途端に追えなくなる。
尊は、仕事で動いているのではなく、休暇を使って動いていた。出張した日の代休として、帰ってきた翌日はそのまま休みだったのだ。
だから、立ち位置としては……
受け付けに声をかける。警察としてではなく、あくまでも二美子の兄として行動をする。
「あの、落とし物がないかうかがいたいのですが……」
「あ、それなら…奥の0番受付にいってもらえますか?」
「あ、分かりました。0番ですね」
渡された持ち物になかったなら、落とし物も見とく必要がある。そこでなければ、院長の許可を取って、病院内を捜索する手はずを整える。まだ、この一件が事件と直接関連があるのかは…分からない。そうでないとしても、妹の携帯が紛失だなんて、兄としては、見過ごせるわけない。年頃の女性の携帯が紛失とか冗談じゃない…。
その上、事件の発端が警察への…てか、裕太への恨みなわけだから、この件は引きずることになるだろうな。世間的にも、これが事実なら警官の家族に手を出すなんて事がまかり通るわけにはいかない。更にだ、二美子に手を出そうなんて…。何より…俺が許さない。裕太から二美子への繋がりを見つけて、病院へ潜り込むとか……
「……顔見たら理性がとびそうだ…」
だいたい、裕太に恨みがあるなら裕太だけ狙えばいいんだ。直接狙えないからって妹を狙うという思考回路はどういうことだ?俺に喧嘩うってるよな?裕太だけじゃなくて俺にも喧嘩売るとか上等じゃねえか…。本来ならすぐにでも留置場へ行って、俺が問いただして…
涼しい顔をして、頭の中は驚くほど怒りが渦巻いていた。
0番受付は、一般の受付場所からは少しはなれていた。セカンドオピニオンの受付があるその奥にあった。病院入口からは随分離れたところにあり、そこに用事がある者しか立ち入らない雰囲気はある。総合病院であるためだろう。受付に訪れる人々は途切れない。それよりは少ない印象がそう思わせているのかもしれないが…。
さて…確認を……
入口に手を掛けたところで、中から男1人と少年1人が出てきた。
ぶつかりそうになり、男性の方に「あ、すいません」と軽く謝罪される。「いえ…」と営業スマイルを浮かべ、先に相手を通す。すれ違い、後方へ去っていく時に、会話がチラリと聞こえた。
「やっぱりなかったね…携帯」
「うん。やっぱり彼女が濃厚かな…」
「そう思うなら、すぐ確認したらいいのでは?」
「そうだね。ここはちょっと慎重にってね……思ったけど、行くか」
去っていく2人を見送りながら、少し引っ掛かっていた尊。気がかりながらも中に入り、受付けの職員に携帯の落とし物がないかを聞いてみる。職員は少し驚いたようにこちらを見た。
「え、あなたもですか?」
「え?あなたも……?」
「さっきも携帯の落とし物の事を聞かれて。この間、あんな騒動があったばかりですから、ひょっとしてと……」
「さっきのって…男性と少年の二人組ですか?」
「そうですよ。内科病棟の階層のフロアでここ2、3日の間でって……」
「あったんですか?」
「いえ…、この病院全体でもこちらで預かっている携帯は、ございません」
俺は職員に軽く礼をすると、すぐにさっきの二人を追う。
何であの二人は携帯を探していたんだ?これは偶然?何を話していたっけ…確か……
「やっぱりなかったね…携帯」
「うん。やっぱり彼女が濃厚かな…」
「そう思うならすぐ確認したらいいのでは?」
彼らはひょっとしてなにかを知っているんじゃないか?
いや、でも、二美子のことであるとは限らないじゃないか…、いや、しかし……こんな偶然があるのか……内科病棟って…!
辺りを見回すが、どこへいったのかもう分からない。多くの人が行き交う総合病院。ぎっちりと人がいるわけではないが、職員や看護士、医者や業者と、改めて意識するとさまざまな職種の人がいる。
「………はぁ」
「すぐに確認」「彼女が濃厚」
気になるが……、いないなら仕方ない。とりあえず先に、入院していた病室のあるフロアのナースステーションへ行ってみることにする。エレベーターホールへ行くと、ちょうど扉が閉まりそうだ。ランプは上を指している。
「あっ、乗ります……!」
「あ……」
俺の存在に気付いてくれたのか、閉まろうとしていた扉が開く。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…ごー…ざいます」
感謝の返答がちょっとおかしなことになってしまった。
軽く会釈して乗り込む。相手は「いえいえ」と優しく微笑む。ふんわりとしたレッドブラウンの髪が印象に残る。この男は、さっき0番から出てきた2人組の…。エレベーターの奥にもう片方の少年がいた。
「何階ですか?」
「あ…3階です」
「同じですね」
さらっとした会話は、狭い空間でもストレスを感じないものだった。
目的の階へ到着するとゆっくりと扉が開く。
「先にどうぞ」
俺は扉を軽く抑え、手で促す。
「あ…すみません」
軽く会釈した男は、少年を連れだって先に降りた。俺も続けておりる。
3階で携帯をなくした……。探しにここへ来た。二美子のものとは限らないが、関係あるかもと思ってもおかしくない。
エレベーターを降りてすぐのところは広いホールになっており、ちょっと進むとすぐにナースステーションがある。
先に降りた2人は、受付けから少し距離のあるところで止まる。
「んー…」
「どうしたの?」
「あれ……今日は勤務じゃないのか?」
ステーション内を見つめながら呟く2人。これは…誰かを探してる……?
「あの、すみません」
俺は2人に声をかけた。
「あの…ぶしつけで申し訳ないが……もしかして二美子の知り合いですか?」
「えっ?!」
「え…?」
少年のあまりの驚き方に少し気圧される尊。一緒にいた男性も少年の反応に少し驚いていた。
ってことは…、二美子に関係あるのは少年の方か。
「二美子って言いました?!呼び捨てにしました?!え?エレベーターに乗ってきた人ですよね?ええ??」
これまで口を開いていない少年がダダダダッと指摘する。
「はは…、やっぱり知り合いかい?」
一呼吸おいて少年の目を見て質問をする。少年、何度か呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「貴方は…誰ですか?」
直接的ではあるが、嫌みな気持ちで言っている感じではない気がする。きっと彼は、普段からこういう物言いをするのだろう。
「俺は二美子の兄だよ」
「「……お兄さんですかっ」」
思ってもなかったな…。まさか二人とも反応してくるとは。
まったく……
二美子ー…裕太でなくともお兄さんは心配になってしまうぞ……?
俺は、前方を確認しながらゆっくりと時間を過ごしていた。店舗外では、時折、警察官が数人見られた。誰かを探しているのか、取り締まりをしているのか……。
電子タバコを燻らせながら窓越しにそれを見やる。最近ではどこも禁煙表示で、吸えるところはほとんどない。ここは数少ない喫煙していい席のある喫茶店だ。
「痛っ……!」
足を組み替えた時、チクッとした痛みが走る。
走っていたときは感じなかったが、どうやら逃げているとき、足を捻ったようだった。
「全く……貧乏くじひいた…」
だいたい、こうなる予定は全く無かった。こんな隠れるように喫茶店で過ごすとは……数週間前には思ってもなかった。
うまくのらりくらりとやってきたんだが…今回は読み違えたか。
人の闇はどこにでも、どの時代でもあるもんだ。憎しみに駆られて相手を恨み倒すヤツ、実際に困らせようとするヤツ、エトセトラ…。俺はそれをちょこっと手伝ったりしてその報酬で上手いこと生きてきた。
今回は、好きな男を奪った女への復讐だと言っていた。本来ならこういう
怪しい依頼
は受けないが…、こっちも生きていくのに少々物入りだった。今、体調が悪くて入院しているから、その間に一度脅してくれたらいい、という内容だったため、適当に脅して帰ろうと思っていた。依頼者は、あの忍び込んだ日に、ちゃんと警備服を用意して裏口に準備してあった。病院内へ入るための入場証まで用意されていたことにはちょっと驚いた。これは…内部にいる人間だなと思ったが、俺にとってはどうでもいいことだった。どうでもよく
なくなった
のは2つの出来事のせいだった。ひとつは、ターゲットに用のある奴らが他にもいたということ。
中に入ったらすでに
先客
がいた。そいつは、震えていて段取りも悪かったが、それならそれでもいいかと、俺は催眠ガスのみ噴霧し、その階のターゲットの横の部屋の患者は出られないように、そっと扉をロックした。ナースステーションは一人ずつ眠りについたのを確認した。そうして、階下に降りた。そのまま撤収する予定が、早々と仕事が終わったことで、予定外の事象が起きた。巡回の警備員が来てしまったのだ。思わず反対方向に移動し、玄関前に来てしまった。いつもいる警備員がいてどうしようかと思っていたら、交代時間だった様子で、容易にその場に自分ひとりという空間が成立した。これで屋外に出ればいいのだが…。
ここで2つ目の誤算。あの刑事が来た。
ほかのヤツならまだいい。いや…、警察の目に留まるのはあまりよくないが、それでもこの刑事以外ならまだ良かった。あいつは鼻が利きすぎる…。
「ああ……よりによってあいつが来るとは……運が良くないな」
ぽつりと呟く。
こういうときは引き上げる。これが“のらりくらり”の原則だ。
男は、電子タバコをしまうと、席を立った。
さて……
二美子の携帯の微弱電波はここから出ていた。どこかに落ちているか、善意の第3者が持っているならいいんだが、悪意のあるものが持っていたとしたら…気付かれた途端に追えなくなる。
尊は、仕事で動いているのではなく、休暇を使って動いていた。出張した日の代休として、帰ってきた翌日はそのまま休みだったのだ。
だから、立ち位置としては……
受け付けに声をかける。警察としてではなく、あくまでも二美子の兄として行動をする。
「あの、落とし物がないかうかがいたいのですが……」
「あ、それなら…奥の0番受付にいってもらえますか?」
「あ、分かりました。0番ですね」
渡された持ち物になかったなら、落とし物も見とく必要がある。そこでなければ、院長の許可を取って、病院内を捜索する手はずを整える。まだ、この一件が事件と直接関連があるのかは…分からない。そうでないとしても、妹の携帯が紛失だなんて、兄としては、見過ごせるわけない。年頃の女性の携帯が紛失とか冗談じゃない…。
その上、事件の発端が警察への…てか、裕太への恨みなわけだから、この件は引きずることになるだろうな。世間的にも、これが事実なら警官の家族に手を出すなんて事がまかり通るわけにはいかない。更にだ、二美子に手を出そうなんて…。何より…俺が許さない。裕太から二美子への繋がりを見つけて、病院へ潜り込むとか……
「……顔見たら理性がとびそうだ…」
だいたい、裕太に恨みがあるなら裕太だけ狙えばいいんだ。直接狙えないからって妹を狙うという思考回路はどういうことだ?俺に喧嘩うってるよな?裕太だけじゃなくて俺にも喧嘩売るとか上等じゃねえか…。本来ならすぐにでも留置場へ行って、俺が問いただして…
涼しい顔をして、頭の中は驚くほど怒りが渦巻いていた。
0番受付は、一般の受付場所からは少しはなれていた。セカンドオピニオンの受付があるその奥にあった。病院入口からは随分離れたところにあり、そこに用事がある者しか立ち入らない雰囲気はある。総合病院であるためだろう。受付に訪れる人々は途切れない。それよりは少ない印象がそう思わせているのかもしれないが…。
さて…確認を……
入口に手を掛けたところで、中から男1人と少年1人が出てきた。
ぶつかりそうになり、男性の方に「あ、すいません」と軽く謝罪される。「いえ…」と営業スマイルを浮かべ、先に相手を通す。すれ違い、後方へ去っていく時に、会話がチラリと聞こえた。
「やっぱりなかったね…携帯」
「うん。やっぱり彼女が濃厚かな…」
「そう思うなら、すぐ確認したらいいのでは?」
「そうだね。ここはちょっと慎重にってね……思ったけど、行くか」
去っていく2人を見送りながら、少し引っ掛かっていた尊。気がかりながらも中に入り、受付けの職員に携帯の落とし物がないかを聞いてみる。職員は少し驚いたようにこちらを見た。
「え、あなたもですか?」
「え?あなたも……?」
「さっきも携帯の落とし物の事を聞かれて。この間、あんな騒動があったばかりですから、ひょっとしてと……」
「さっきのって…男性と少年の二人組ですか?」
「そうですよ。内科病棟の階層のフロアでここ2、3日の間でって……」
「あったんですか?」
「いえ…、この病院全体でもこちらで預かっている携帯は、ございません」
俺は職員に軽く礼をすると、すぐにさっきの二人を追う。
何であの二人は携帯を探していたんだ?これは偶然?何を話していたっけ…確か……
「やっぱりなかったね…携帯」
「うん。やっぱり彼女が濃厚かな…」
「そう思うならすぐ確認したらいいのでは?」
彼らはひょっとしてなにかを知っているんじゃないか?
いや、でも、二美子のことであるとは限らないじゃないか…、いや、しかし……こんな偶然があるのか……内科病棟って…!
辺りを見回すが、どこへいったのかもう分からない。多くの人が行き交う総合病院。ぎっちりと人がいるわけではないが、職員や看護士、医者や業者と、改めて意識するとさまざまな職種の人がいる。
「………はぁ」
「すぐに確認」「彼女が濃厚」
気になるが……、いないなら仕方ない。とりあえず先に、入院していた病室のあるフロアのナースステーションへ行ってみることにする。エレベーターホールへ行くと、ちょうど扉が閉まりそうだ。ランプは上を指している。
「あっ、乗ります……!」
「あ……」
俺の存在に気付いてくれたのか、閉まろうとしていた扉が開く。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…ごー…ざいます」
感謝の返答がちょっとおかしなことになってしまった。
軽く会釈して乗り込む。相手は「いえいえ」と優しく微笑む。ふんわりとしたレッドブラウンの髪が印象に残る。この男は、さっき0番から出てきた2人組の…。エレベーターの奥にもう片方の少年がいた。
「何階ですか?」
「あ…3階です」
「同じですね」
さらっとした会話は、狭い空間でもストレスを感じないものだった。
目的の階へ到着するとゆっくりと扉が開く。
「先にどうぞ」
俺は扉を軽く抑え、手で促す。
「あ…すみません」
軽く会釈した男は、少年を連れだって先に降りた。俺も続けておりる。
3階で携帯をなくした……。探しにここへ来た。二美子のものとは限らないが、関係あるかもと思ってもおかしくない。
エレベーターを降りてすぐのところは広いホールになっており、ちょっと進むとすぐにナースステーションがある。
先に降りた2人は、受付けから少し距離のあるところで止まる。
「んー…」
「どうしたの?」
「あれ……今日は勤務じゃないのか?」
ステーション内を見つめながら呟く2人。これは…誰かを探してる……?
「あの、すみません」
俺は2人に声をかけた。
「あの…ぶしつけで申し訳ないが……もしかして二美子の知り合いですか?」
「えっ?!」
「え…?」
少年のあまりの驚き方に少し気圧される尊。一緒にいた男性も少年の反応に少し驚いていた。
ってことは…、二美子に関係あるのは少年の方か。
「二美子って言いました?!呼び捨てにしました?!え?エレベーターに乗ってきた人ですよね?ええ??」
これまで口を開いていない少年がダダダダッと指摘する。
「はは…、やっぱり知り合いかい?」
一呼吸おいて少年の目を見て質問をする。少年、何度か呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「貴方は…誰ですか?」
直接的ではあるが、嫌みな気持ちで言っている感じではない気がする。きっと彼は、普段からこういう物言いをするのだろう。
「俺は二美子の兄だよ」
「「……お兄さんですかっ」」
思ってもなかったな…。まさか二人とも反応してくるとは。
まったく……
二美子ー…裕太でなくともお兄さんは心配になってしまうぞ……?
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