12。
文字数 3,779文字
カーテンの隙間から柔らかに光りが差し込んでくる。もともと陽射しはそれほど緩やかではない季節だから、これは病院の建物の立地のせい?カーテンの遮光性のせい?
「……ふぅ……」
小さくはいた息が、自然にため息のようになる。
ちょっとだと思っていた検査入院が10日経った。流石にこうなるとアルバイトしたいとは言えない。それぐらいは、私だってわかってるし、
この10日間、病院でしっかりと静養をした。入院翌日から3日ほど風邪をこじらせた。それが、自分の中で、目の前のことから頑張ろうということが身に染みたといいますか…。
騒いでたわりには私自身が一番自覚が足りなかったといいますか…。要するに反省しました……。
なんだか、自分の足跡を残そうと躍起になっていたことは確かだ。終わりを考えたとき、あまりにも私は無力で、何もなくて。ああ…忘れられていくのだなと、ふと、思った。寂しくて、怖くて。でも、それとこれとは別なのだ。気持ちが揺れて、それをくんで体が健康になるわけではない。分かっていることじゃないの…。
ベッドから足を下ろすと、室内履きを探す。少しはなれたところに揃えられておかれていた。とはいえ、少し足を伸ばすと届く距離にある。こんな置き方するのは尊兄さんかな…。ちょっと、笑みがこぼれる。
真面目に不器用なんだよね、たっくんって。
足でちょっと寄せて室内履きのスリッパに足をとおす。
明日、退院が決まった。
検査の結果に、大きな変化はない。
【回想】
「自覚はあるんじゃないかなと思うんだ」
検査結果をみた医師は、くるりと私に向き合って言葉を繋いでく。
「発作は無理しなきゃ出ないと思うんだけどね」
「……ですね」
「検査の結果は、いいとは言えないよ。薬はいつものように出しておくよ」
「はい……」
「…………二美子さん、顔を上げてもらえるかな?」
「……」
医師は、カルテを台において私を見ていた。
「二美子さんはどうしたい?」
「え……」
「実際どういう状態で、どうしたらいいか、良くなるのか。きっと、色々思うだろうね。僕たちはね、医者だから、病を治すために治療を優先する。だからって、患者さんの気持ちを聞かないわけではないんだよ」
「……はい」
「ちゃんと向き合うことはね、時には残酷なこともあるよ。でも、僕はね、諦めてないよ。二美子さん、向き合いかたはひとつではないと僕は思うんだけどね」
お医者さんは、とても丁寧に説明してくれている。きっと、その通りなんだよね……。
退院が明日になったのは、私の要望。医者 は、もう少し様子を見てもいいといったが、帰りたいと言った私の意志にOKを出してくれた。ただし、自宅療養だから、外出は控えることが条件だった。
「……やっぱ、帰りたい……」
後悔が心の大部分を占めている。……帰りたい。
財布をポケットにいれると、病室を出る。
下の売店にあるシュークリーム。頑張ろうって時に食べるシュークリーム。明日の退院にむけて、食べとかないと。
病院の廊下は見慣れた風景だ。知らない人ばかりが、随分近い空間で弱い部分を比較的さらした状態で共存してる。助けてもらって、守られてるから、息がしやすくて…今の私にはちょっと怖い。どうしてそう思うんだろう?
「二美子ちゃん」
前方から見覚えのある人が歩いてきた。
「啓 さん…?」
「あれ?どっか行くの?」
喫茶店じゃないところで見る啓 さんは、なんだかちょっと違って見えた。カウンター越しの啓さんはエプロンをつけた柔らかい雰囲気のお兄さんだ。でも、目の前にいる啓さんは少しチャラい。
「えっと……おやつを買いに…」
「そうなの?じゃあ、一緒に行くよ」
「ふぇ?」
「ふぇって言った?」
啓、苦笑する。
私は、ちょっと恥ずかしくて、眉をポリポリ…。
「え、いや、別に後で買いに行くからいいんですけど……」
「いいよ。後で行くなら今でもいいじゃん。ね、行こ」
何だか爽やかに誘われて、売店に行っちゃってるけど……いいの…かな?
「すいません…、結局、買ってもらっちゃって……」
「うううん。こっちもさ、お見舞いどうしようかなって思ってたから……っていってもこれだけじゃあカッコ悪いけど」
売店でシュークリームとペットボトルのあったかい紅茶を買ってもらった。外は行っちゃダメなので、今いるのは病院内のランチルームだ。テーブルと椅子があって、3時までなら、うどんとか軽食も食べられる。窓際の席に向かい合わせに座る。あたたかな日差しが心地よい。
「もしかして…梨緖先生から聞いたんですか?」
「まあね。聞かれたんだ。二美子さんが来てなかったかって」
「ああ…、喫茶店に寄った後、診察に来てそのまま入院になったので。梨緒先生、心配してくれたのかも…」
「かもね。あれからだと…結構長くいるね」
「はい。アルバイトの件、相談に乗ってもらっていたのに、ごめんなさい。連絡もしないで」
「何で?二美子ちゃんが悪い訳じゃないでしょ?しょうがないよ。こんなときもあるって」
思わず、啓さんを見つめてしまっていた。
「ん?どうしたの?なんか違う?」
啓さん、ペットボトルの蓋をあけ、一口紅茶を飲むと、私の方に微笑む。
「えっと…雰囲気が…」
「はは、よく言われる。まあ、ポラリスでは営業用だから。仕事だし」
「そうなんですか?」
「そんなに違う?僕って」
「あっと…いい悪いってわけではなくて、喫茶店にいるときの啓さんて、とても静かに息をしているというか。今の啓さんは体全体で話している感じ…なんです」
啓さんの動きが止まる。笑顔がゆっくりと溶けて、表情が顔に溶け込んでいく。
「わあ…二美子ちゃんて際 を生きてる?」
「え…」
「“終わり”を考えたことがあるんだ…」
え……
彼は、シュークリームの袋を開けて一口頬張った。
「うん、うまいな。二美子ちゃんも食べなよ」
「あ…は、はい…」
まるで、違った空間を切り取ったようで、彼の発言が空間に消えていった。シュークリームの袋を開けながら、空耳だったのかな?と聞き返しもしなかった。変な間があったことは一口食べたシュークリームの甘さでかき消されてしまった。
「甘いですね」
「だね。懐かしい感じがする…」
私のセンサーが“懐かしい”に反応した。
「懐かしいのかな?私は頑張るぞって思うときに食べるんですけど……」
啓さんに話をしながら、脳内のノイズに気をとられる。
あれ……これって…
記憶の残像が久しぶりにカチカチ…ザザザ……
忘れてた記憶が浮かび上がってくるとき、こういうことが起きる。
だいたいこれっていい記憶じゃないことが多い。私は、自分を守るために封印した記憶がほとんどで、そうなると、思い出すモノはだいたいが辛いものなのだ。思わず身構えてしまう。
変化にきづいた啓。
「二美子ちゃん…?」
えっと……これは裕太兄かな…?今より若い…学生服…で
土手に裕太とならんで座っている。裕太が「偉かった」って言って、私の頭をクシャってする。そうして渡されたのは……
「…コンビニのシュークリーム……」
「コンビニ?」
「私……忘れてた…」
「二美子ちゃん?なんか思い出したの?」
「……私、シュークリーム、ずっと好きって訳じゃなくて、ここに来てから、頑張ろうって思ったときに買ってたんです。でも、実は、私にとってよく頑張ったねの味だったんだ…………」
「ご褒美…ってこと…?」
そう……シュークリームは頑張った証…
「兄が…偉かったっていって、買ってくれたんです。シュークリーム…」
「そうなんだね」
「だから…ちょっと嬉しくなっちゃうんだ」
どうして忘れてたんだろ?これって嬉しい思い出で、忘れたくないものなのに。忘れたい思い出だけ封印じゃなくて、やっぱりゴソッと消えてるんだ……。
一瞬…、全身の強 ばった無駄な力が全部抜けてった気がした。
ひとつひとつ私の頭の中の鍵が、カチッて開くとふわふわ浮いていた“なんとなく”の出来事が、しっかりとした記憶になってピースが揃ってはまってく。嬉しいこともあるんだ…。私の中にはいい思い出もあるんだ。
「二美子ちゃん、大丈夫?」
「…ごめんなさい。ちょっと固まっちゃいました」
私は、どっかで……こんなに頑張ってるんだから、もういいじゃないって……許してもらおうとしてる。そして、それは卑怯だとも思ってる……。
「なんか…すごく頭がつかれちゃいました」
「うん。そうだね。病室へ帰ろう」
「すみません…」
「いいんだよ」
啓さんの柔らかい髪質と紅茶の色がマッチして、啓さんからダージリンの香りが放たれているような錯覚をする。食べかけのシュークリームを手に、飲みかけの紅茶のふたをして、席を立つ。疲れからか、ちょっとふらつく。
「ちょ、大丈夫?」
啓、二美子の肩を引き寄せる。
「はは、すみません…。ちょっと震えちゃって……」
「顔色が変わったね。ムリしちゃダメだ。車椅子借りてくるから、ちょっと座ってて」
再び、椅子に座る。
「すみません…」
啓、二美子の脈をとる。
「ん、ちょっと早いかな…。座ってて、すぐ戻る」
啓さんは、入り口にいた看護士さんを呼びとめる。
意識はあるし、動けると思っているのに足に力が入らない。手が震えている。
これはどの症状なのだろう…。私の身体はどのことに反応しているのだろう。ああ…、手放してしまいそうになる…。
「……ふぅ……」
小さくはいた息が、自然にため息のようになる。
ちょっとだと思っていた検査入院が10日経った。流石にこうなるとアルバイトしたいとは言えない。それぐらいは、私だってわかってるし、
分かっていた
。この10日間、病院でしっかりと静養をした。入院翌日から3日ほど風邪をこじらせた。それが、自分の中で、目の前のことから頑張ろうということが身に染みたといいますか…。
騒いでたわりには私自身が一番自覚が足りなかったといいますか…。要するに反省しました……。
なんだか、自分の足跡を残そうと躍起になっていたことは確かだ。終わりを考えたとき、あまりにも私は無力で、何もなくて。ああ…忘れられていくのだなと、ふと、思った。寂しくて、怖くて。でも、それとこれとは別なのだ。気持ちが揺れて、それをくんで体が健康になるわけではない。分かっていることじゃないの…。
ベッドから足を下ろすと、室内履きを探す。少しはなれたところに揃えられておかれていた。とはいえ、少し足を伸ばすと届く距離にある。こんな置き方するのは尊兄さんかな…。ちょっと、笑みがこぼれる。
真面目に不器用なんだよね、たっくんって。
足でちょっと寄せて室内履きのスリッパに足をとおす。
明日、退院が決まった。
検査の結果に、大きな変化はない。
【回想】
「自覚はあるんじゃないかなと思うんだ」
検査結果をみた医師は、くるりと私に向き合って言葉を繋いでく。
「発作は無理しなきゃ出ないと思うんだけどね」
「……ですね」
「検査の結果は、いいとは言えないよ。薬はいつものように出しておくよ」
「はい……」
「…………二美子さん、顔を上げてもらえるかな?」
「……」
医師は、カルテを台において私を見ていた。
「二美子さんはどうしたい?」
「え……」
「実際どういう状態で、どうしたらいいか、良くなるのか。きっと、色々思うだろうね。僕たちはね、医者だから、病を治すために治療を優先する。だからって、患者さんの気持ちを聞かないわけではないんだよ」
「……はい」
「ちゃんと向き合うことはね、時には残酷なこともあるよ。でも、僕はね、諦めてないよ。二美子さん、向き合いかたはひとつではないと僕は思うんだけどね」
お医者さんは、とても丁寧に説明してくれている。きっと、その通りなんだよね……。
退院が明日になったのは、私の要望。
「……やっぱ、帰りたい……」
後悔が心の大部分を占めている。……帰りたい。
財布をポケットにいれると、病室を出る。
下の売店にあるシュークリーム。頑張ろうって時に食べるシュークリーム。明日の退院にむけて、食べとかないと。
病院の廊下は見慣れた風景だ。知らない人ばかりが、随分近い空間で弱い部分を比較的さらした状態で共存してる。助けてもらって、守られてるから、息がしやすくて…今の私にはちょっと怖い。どうしてそう思うんだろう?
「二美子ちゃん」
前方から見覚えのある人が歩いてきた。
「
「あれ?どっか行くの?」
喫茶店じゃないところで見る
「えっと……おやつを買いに…」
「そうなの?じゃあ、一緒に行くよ」
「ふぇ?」
「ふぇって言った?」
啓、苦笑する。
私は、ちょっと恥ずかしくて、眉をポリポリ…。
「え、いや、別に後で買いに行くからいいんですけど……」
「いいよ。後で行くなら今でもいいじゃん。ね、行こ」
何だか爽やかに誘われて、売店に行っちゃってるけど……いいの…かな?
「すいません…、結局、買ってもらっちゃって……」
「うううん。こっちもさ、お見舞いどうしようかなって思ってたから……っていってもこれだけじゃあカッコ悪いけど」
売店でシュークリームとペットボトルのあったかい紅茶を買ってもらった。外は行っちゃダメなので、今いるのは病院内のランチルームだ。テーブルと椅子があって、3時までなら、うどんとか軽食も食べられる。窓際の席に向かい合わせに座る。あたたかな日差しが心地よい。
「もしかして…梨緖先生から聞いたんですか?」
「まあね。聞かれたんだ。二美子さんが来てなかったかって」
「ああ…、喫茶店に寄った後、診察に来てそのまま入院になったので。梨緒先生、心配してくれたのかも…」
「かもね。あれからだと…結構長くいるね」
「はい。アルバイトの件、相談に乗ってもらっていたのに、ごめんなさい。連絡もしないで」
「何で?二美子ちゃんが悪い訳じゃないでしょ?しょうがないよ。こんなときもあるって」
思わず、啓さんを見つめてしまっていた。
「ん?どうしたの?なんか違う?」
啓さん、ペットボトルの蓋をあけ、一口紅茶を飲むと、私の方に微笑む。
「えっと…雰囲気が…」
「はは、よく言われる。まあ、ポラリスでは営業用だから。仕事だし」
「そうなんですか?」
「そんなに違う?僕って」
「あっと…いい悪いってわけではなくて、喫茶店にいるときの啓さんて、とても静かに息をしているというか。今の啓さんは体全体で話している感じ…なんです」
啓さんの動きが止まる。笑顔がゆっくりと溶けて、表情が顔に溶け込んでいく。
「わあ…二美子ちゃんて
「え…」
「“終わり”を考えたことがあるんだ…」
え……
彼は、シュークリームの袋を開けて一口頬張った。
「うん、うまいな。二美子ちゃんも食べなよ」
「あ…は、はい…」
まるで、違った空間を切り取ったようで、彼の発言が空間に消えていった。シュークリームの袋を開けながら、空耳だったのかな?と聞き返しもしなかった。変な間があったことは一口食べたシュークリームの甘さでかき消されてしまった。
「甘いですね」
「だね。懐かしい感じがする…」
私のセンサーが“懐かしい”に反応した。
「懐かしいのかな?私は頑張るぞって思うときに食べるんですけど……」
啓さんに話をしながら、脳内のノイズに気をとられる。
あれ……これって…
記憶の残像が久しぶりにカチカチ…ザザザ……
忘れてた記憶が浮かび上がってくるとき、こういうことが起きる。
だいたいこれっていい記憶じゃないことが多い。私は、自分を守るために封印した記憶がほとんどで、そうなると、思い出すモノはだいたいが辛いものなのだ。思わず身構えてしまう。
変化にきづいた啓。
「二美子ちゃん…?」
えっと……これは裕太兄かな…?今より若い…学生服…で
土手に裕太とならんで座っている。裕太が「偉かった」って言って、私の頭をクシャってする。そうして渡されたのは……
「…コンビニのシュークリーム……」
「コンビニ?」
「私……忘れてた…」
「二美子ちゃん?なんか思い出したの?」
「……私、シュークリーム、ずっと好きって訳じゃなくて、ここに来てから、頑張ろうって思ったときに買ってたんです。でも、実は、私にとってよく頑張ったねの味だったんだ…………」
「ご褒美…ってこと…?」
そう……シュークリームは頑張った証…
「兄が…偉かったっていって、買ってくれたんです。シュークリーム…」
「そうなんだね」
「だから…ちょっと嬉しくなっちゃうんだ」
どうして忘れてたんだろ?これって嬉しい思い出で、忘れたくないものなのに。忘れたい思い出だけ封印じゃなくて、やっぱりゴソッと消えてるんだ……。
一瞬…、全身の
ひとつひとつ私の頭の中の鍵が、カチッて開くとふわふわ浮いていた“なんとなく”の出来事が、しっかりとした記憶になってピースが揃ってはまってく。嬉しいこともあるんだ…。私の中にはいい思い出もあるんだ。
「二美子ちゃん、大丈夫?」
「…ごめんなさい。ちょっと固まっちゃいました」
私は、どっかで……こんなに頑張ってるんだから、もういいじゃないって……許してもらおうとしてる。そして、それは卑怯だとも思ってる……。
「なんか…すごく頭がつかれちゃいました」
「うん。そうだね。病室へ帰ろう」
「すみません…」
「いいんだよ」
啓さんの柔らかい髪質と紅茶の色がマッチして、啓さんからダージリンの香りが放たれているような錯覚をする。食べかけのシュークリームを手に、飲みかけの紅茶のふたをして、席を立つ。疲れからか、ちょっとふらつく。
「ちょ、大丈夫?」
啓、二美子の肩を引き寄せる。
「はは、すみません…。ちょっと震えちゃって……」
「顔色が変わったね。ムリしちゃダメだ。車椅子借りてくるから、ちょっと座ってて」
再び、椅子に座る。
「すみません…」
啓、二美子の脈をとる。
「ん、ちょっと早いかな…。座ってて、すぐ戻る」
啓さんは、入り口にいた看護士さんを呼びとめる。
意識はあるし、動けると思っているのに足に力が入らない。手が震えている。
これはどの症状なのだろう…。私の身体はどのことに反応しているのだろう。ああ…、手放してしまいそうになる…。
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