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文字数 2,545文字

「で、お前は、お兄ちゃんに黙って、何してたんだ?」
「…そんな怒ることじゃないと思うけど……」
 冒頭より20(ハタチ)越えても、いまだに兄に怒られております。うーん…、うまく隠せていると思っていたけれど、やっぱり裕太(ユウタ)兄に隠し事は無理か……。
 私の兄は、警視庁捜査一課で働く刑事だ。周囲は兄を優秀であると称する。非常に良い検挙率を上げ、上司からの信頼も厚いとのこと。後輩からは鬼のような先輩と言われているが、慕われもしてる。私はその仕事振りを直接は知らないため、いまだに不器用な兄が、器用に事件を解決してる姿を想像できない。私の親代わりを務めてくれた裕太兄。兄であり、父であり、母だ。そう考えると実は器用なのだろうか?
 私の出生は複雑で、随分周りを苦しめたようだ。その戒めのように、私は心臓を患っている。皮肉にもそのことが私と母の繋がりを強く印象づけるものとなっている気がする。そんなことも最近分かったのだけれど…。
二美子(ニミコ)、お兄ちゃんは心配してるの。分かってるでしょ?」
「分かんない……」
「二美子」
「……分かってるよ。ごめん」
ある事から、曖昧だった私のことがどんどん鮮明になってきて、そして……
「裕太、落ち着けって。ミコが困ってる」
(タケル)兄さん」
 そして、私にはお兄ちゃんが1人増えた。


「ね、お願い!1ヶ月だけ!ね?」
「うぬーーー……、いや、それは、二美子、おまえの体がだな……」
「絶対無理しません!長い時間でもないし!」
 私は、今、兄2人を前に、アルバイトの交渉をしていた。今まで、私のもやっとした記憶の混濁を、つい先だっての様々な事件で、幸か不幸か、濁りが消えて鮮明になった。それはそれで苦しむことがなくなったわけではないけれど、スッキリはした。……と思いたい。
 けれど、現実は現実として、しっかりと私に迫ってきていた。弱った心臓は、自己治癒でどうにかなるものではなく、これ以上悪くならないように病気と二人三脚で生きていくことになる。ちょっとした気持ちの乱れはどうしても否めないため、定期的に梨緒(リオ)先生にもかかっている。病院とは、なかなか縁が切れない。これは、仕方のないことだし、私はそうやって生きていくのだと理解している。でも、ただ生きてるだけじゃなくて、出来ることや、やりたいこともしてみたくて……。
「8時から12時までの4時間だけ。週に2日だけ。注文とってお客さんのところに運ぶのと、会計するの。ね、いいでしょ?」
「……ダメだ」
「裕太兄……!」
私は、思わずテーブルから身を乗り出した。裕太は腕組みして、尊も言葉こそ発しないが難しい顔をしている。
「いいか、二美、俺だって意地悪で言ってるわけじゃないんだ。まだ時々発作があって、安定してないだろ?先生だって、もうちょっと様子を見ようって言ってたじゃないか」

 それは…そうなんだけど……

循環器内科の先生は賛成しかねると言った。私も、ちゃんと働ける自信は…ない。
でも、私にはどうしてもアルバイトしたい理由があった。
「ホントに無理しない。そこの喫茶店はね、梨緒(リオ)先生の兄弟ががやってるとこで、いい人なの。事情も知ってて、いいよっていってくれたの!」
「ちょっと待て……二美子。おまえ、会ったのか?」

 あ、ヤバイ……

 裕太の目の色がちょっと変わった。尊もまずいと察したのか、言葉を挟む。
「裕太、落ち着けって」
裕太、ぐっと言葉を飲み込み、息を吐く。
「梨緒先生はおまえの主治医だから、それは、信用してる。けど、それとこれは別の話だ。もう少し安定してきてからでいいじゃないか」
兄の言っていることは正しい。分かってる……。でも、
「それっていつ……?」
「ミコ…」
「私の心臓が良くなるのっていつ?待ってたって、いつまでも何も出来なくて、で、ただ、生きてるだけになっちゃう!」
「ミコちゃん」
テーブルの上に置いた私の手の上に、尊兄の手が重ねられる。
「そんな風に思ってるの?」

 もう……私ってばなにやってるんだろ

兄2人に、こんな顔させたいわけじゃないのに……。
「どうしてそんなにバイトしたいんだ?」
「……それは…言え…ない」
「なんだ?なんで言えないんだ」
「言えないの!」
「おまっ…そんなんで許せるわけないでしょうが!ダメです!」

 ああもう、振り出しだ……

「なんで?どーしてなんでも反対するのよ!」
「何でも反対はしてないだろ!」
「してるもん!お兄ちゃん、キライ!」
「なっ…!おまっ!なんでそんな……!おにいちゃんは泣くぞ!」
「なっ、泣くって何よ!小さい子じゃあるまいしっ!私だって…………!」

 トクゥー…………ン

あっ、やばい…そう思ったときには遅かった。胸がちくっとする。思わず胸の辺りをぎゅっとおさえて崩れ落ちる。
「「二美子!」」
2人の兄がテーブルを越えて二美子の傍に近づく。
「だ、大丈夫……ちょっ……と……痛いだけ……」
「バカ!興奮するからだ!」
「誰だっけ、興奮させたのは」
尊が裕太を睨む。グッと言葉を飲む裕太。
尊、二美子の肩を支え、ゆっくりソファへ移動させる。
「ゆっくりでいいよ、ミコ」
少しずつ息をして、落ち着かせる。小さく頷く。ソファに座って、尊に寄りかかる。
「二美、薬飲んどくか?」
「う、うん……飲む」
裕太が近くのタンスの上にある薬ストッカーから2錠、冷蔵庫から水のペットボトルを取ってくる。
「飲めそうか?」
「……うん。大丈夫、ありがとう」
裕太から薬を受けとる。口に1錠含む。ペットボトルのキャップを開け、二美子へ渡す。
「ミコ、ゆっくりでいいから」
尊のゆっくりとした言葉が耳障りよく響く。喉を流れていく水の冷たさに、ちょっと痛みが強調され、眉間にシワが寄る。
「二美…?」
さっきの強い調子とは裏腹に、心配そうな裕太。横に座って肩を抱く尊も心配そうだ。
「ん……ふぅ………」
息をゆっくりはいて、薬がやっと飲めたことに安堵する。まあ、あと1錠あるけど…。最近は、薬が飲みづらい。痛いときには飲み込むという動作がしんどいのだ。これを兄たちには知られたくない。
「……あと1錠……飲める?」
「うん、平気」
着実に弱ってきてるから……だから、少しでも早いうちに自分の力で出来ることをしたい…。2人の兄の不安げな顔を見ると辛いけど。今回は曲げる気はない。
私はどうしても叶えたいことがある。
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