4。

文字数 2,132文字

 何だか体が揺れている。
 視覚が全く効かない。目を閉じているのか?それとも光りも届かないほどの暗闇なのか…。回りは暗くて、どこかはわからないが、振動を感じる。
 
 これって車の中…?

 不意に体がフワッと浮いた。
 無重力になったかと思った瞬間に大きな衝撃が身体中に走る。

 えっ……?



 開かれた瞳には、しっかりと光が当たった景色が見えた。
 自宅の自分の部屋のベットから見える景色。
「……ゆ…め?」
 体が震える。息が上がる。心臓がドクドクと音を立てる。
「あ……あ……」
 なんだろう…とても怖かった。

 夢…だよね……?

 横たえた体は、思うように動かすことは出来るが、素早さを求められると……それは無理だ。目が覚めてから、すぐに体を動かすことは出来なかった。
 怖くて、動けるものなら逃げ出したかったのに、体は動かなかった。鼓動の早い胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。

 なんて夢を見てるんだ、私は。

 病院から帰ってきて、すぐに部屋で横になった。裕太(ユウタ)(にい)に言われたということもあるが、実際、横になりたかった。疲れたのだ。
 ただ、退院して、車で移動して、どこにも寄らずに帰ってきたのに、とても遠くに行っていたように、体はぐったりとしていて……。着替えるのも後回しで、部屋にはいるなり、私はベットに倒れ込んだ。そうして、今、気が付いたのだ。寝てたのか、目を閉じていただけなのか、自分のことなのに感覚が麻痺している。
 呼吸が落ち着いたところで、感覚を確かめるように体を少し起こす。
 左腕を支えにするように、少しずつベットと体の接地面を減らしていく。
 視界がちょっと高い位置にたどり着いた辺りでホッとする。
「……6時」
 机の上の時計は、まっすぐ上下を指していて、分かりやすい形状だった。

 これは寝てたな……

 大きくため息をつく。
 まず、着替えよう。まだ呼びに来た感じがないようなのが幸いだ。
 ベットからゆっくりと立ち上がり、クローゼットから部屋着を出す。

 尚惟(ショウイ)、何時に来るんだろう。

 ふと過った思いに、少し呆れる。
 毎日のように会いに来てくれていたその行為が、まるで当然のように感じている自分に苦笑する。
 いつからそんな風に考えるようになった?

 当たり前なんかないのにね……。

 動きやすいロングTシャツとジャージは、私のお気に入りのまったり着だ。髪を手ぐしで軽く整えたら、再びベッドに横になった。苦しくはないが、息が切れる。
「はぁ……」
 思わず、手を伸ばした先にあったぬいぐるみを掴む。その柔らかい、ふんわりとしたさわり心地に安堵する。

 良かった…夢で。


 そのほんの1時間ほど前。
 (タケル)は、目の前のソファで死んだように倒れ込んでいる男を見て、大きなため息をつく。

 まあ…こうなるよな……。

 買ってきた追加の飲み物をテーブルに置くと、上着を脱いで椅子にかける。

「俺がそばにいる。誰も寄せ付けねえ……」

 二美子が目覚めたとき、今、深い眠りに落ちているこの男、裕太(ユウタ)はそう言った。
「……ったく」
 母親違いの俺たち兄弟は、端から見ると不思議な関係性なのだろう。内情を知っている職場の同僚は、

「大変だな…」
「抱えんなよ」

 と心配してくれたり

「おい、大丈夫か?」
「妹さん大変だな…」
「裕太…たいへんだろ…?」

 と同情してくれたり…。
 俺は、長く独りっ子で、その時はきっとそれが普通だったと思うが…。
 こうして兄妹がいると分かり、一緒に暮らして、文字通り“苦楽を共に”していると、俺にとってはこれが日常で…。ちょっと違うのかもしれないが、二美子のことも裕太の無鉄砲も悩んだりはするが、それだけだ。これが俺たちの生活だと思っている。
 だから……裕太の無茶を“全く…”とため息はついても迷惑だと言う感情とは違うんだ。二美子の病状が辛い現実だったとして、それは…出きれば避けたい現実だが、そうなっても俺は俺なりに、裕太と二美子と3人で受け止めて、過ごしていくのだと、思っている。それは…呼吸をするのと同じで、自然なことなんだと。そうしてそれは、わざわざ口にすることじゃないとも思う。

「俺がそばにいる。誰も寄せ付けねえ……」

 裕太の宣言は、鮮明すぎて、驚いた。
 それはまるで……まるで…

 …………なに考えてんだ、俺は…

 霧にかかったような

を更に奥深くにおしやる。
 押し入れからタオルケットを出すと、裕太に掛ける。起こさないように…、なんて配慮して行動しているわけでもないのに、全く起きない裕太に、少々、呆れつつ、食事の準備にはいる。
 二美子は食事量が格段に減った。食べたくないと言うわけではなく、多くを食べることが出来なくなったようだった。
「パンが食べやすいと言っていたから……」
 裕太から情報を得て、すぐに購入してきた。キッチン近くに置いてある段ボールを開封する。中からホームベーカリーが出てくる。
「さて……焼きますか……」
 冷蔵庫横の調理台の上にある布巾のかかったボール。そこには話を聞いて、すぐに買ってきてこねたパン生地が入っている。
 初めてだからうまいかどうかは分からないが…。俺は結構器用だ。
 布をとると少し膨らんでいる。

 二美子が美味しそうに食べてくれたら…。

 そう思うだけで笑みがこぼれる。
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