27。

文字数 3,298文字

「二美子は?!
 病院内だというのに、かまうものかという気持ちが先行した。
 病院の待ち合いには輝礼(アキラ)壽生(ジュキ)がいた。
(タケル)さん…。今、特別室に移してもらって寝たとこです。睡眠剤が効いていてまだ目覚めないとのことです」
「睡眠剤…?」
 壽生の説明に戸惑う。
 医療的措置として?それとも、相手に何らかのものを嗅がされたとか…。奥歯が軋む。
「そうか……」
 俺はソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。
「尊さん、帰ってないんですか?」
「あ?……いや、荷物は置いてきた」
 動いてないと…おかしくなりそうだったんだ……。
 壽生(ジュキ)、自販機でお茶を購入すると、尊に手渡す。
「ありがとう」
「いえ…」
 そのまま横に座る壽生。
「結局……あの佐脇(サワキ)って看護士は何だったんですか?」
 壽生の言葉は妙に落ち着いていて、それが俺を少し冷静にした。
「啓さんに好意を寄せてた看護士だ。以前働いていた病院で、ストーキングしたとして接近禁止の口頭命令がなされてる」
「じゃあ……」
「まあ…今のところ、姉である梨緖先生がいるからR国立病院へ来たってことではなく、偶然だったとは言っているけどね。たまたま、姿を見かけて気持ちが再燃したと…。佐脇は、啓さんが二美子に会いに来ていりと勘繰って、特別な関係に思い込んだんだな。一気に感情が爆発したようだ。接近禁止になった自分、幸せそうな相手。そんな怒りが心に生まれた。携帯を盗み、中身を見ようとしたがロックがかかっていて、見ることができなかったそうだ」
「なんだそれっ……」
 輝礼が叩きつけるように言葉を吐く。

 俺も思うとこはある。

「二美子さんを襲ったヤツは結局、誰ですか?」
「闇サイトで募ったようだな。互いにそこは認めてるから間違いない。裕太がサイト元に了承もらって、加入者調べてビンゴだった。まあ…そこまではな」
「何だよ…そのスッキリしない言い方」
 輝礼、不満を口にする。
「そう、スッキリしない。現行で逮捕したのは周道(シュウトウ)と二美子を掴んでた目出し帽の男……。こいつらと佐脇は、互いに互いを知らない」
「「え?」」
 尚惟と輝礼は顔を見合わす。
「闇サイトだから互いを知らなくても…」
「いやいや、そういう知らないじゃなくて、つまりは、佐脇が雇ったのは周道じゃない。もう一人のヤツでもない」
「え、どういうこと?」
 輝礼の疑問に、壽生がハッとした。
「え……主犯が2人?」
 壽生の呟きに頷く。
「そう。ひとりは、裕太を勝手に恨んでやらかした周道。闇サイトで仲間募った結果、二美子をつれ回したのはそいつだろうな……。2人目は啓さんに好意を寄せ、転じて怒りに変わった佐脇。こちらも闇サイトで仲間募って行動に出た。それぞれが動機があって交わってない。これは別事象だ。裏付けるように佐脇の利用したサイトは周道が使った

とは違う」
「動機が違うから別だって言われたら確かにそうかって感じだけど……同じ日に決行…?」
 そう…そんな偶然の産物。起こるかもしれない、起こらないかもしれない。
 俺は、お茶を一口飲んだ。
「それから、二美子の携帯…」
「ああ、佐脇が持ってたんだろ?さっき、中身見ようとしてダメだったって……」
 輝礼、さっき聞いた、と言わんばかりにため息と共に下を向く。
「そうなんだが……ちょっと妙なんだよな」
「妙……?」
「…どのタイミングで盗られたのかと考えたとき、可能性として高いのは二美子が倒れたときだと考えられる。実際、その瞬間は見てないが、その時に妙な行動をしていた者を見てたって者がいる」
 俺の発言に2人とも“え?”と表情が変わる。
「え……?そうなの?」
「ああ。その子はあの騒ぎの中、二美子の携帯の置いてあるとこにいたヤツをみている。ただそれが、佐脇じゃないっていうんだ」
「え…?」
「その看護士は、男だったって言うんだよ」


 そう…。
 啓さんと翼希くんと会って、2人に事情を話し、彼らからは彼らの事情を聞いた。
 啓さんには“もしかして”という

があった。それが佐脇だった。しかし、この日は病院には居らず、婦長に聞けば、あの事件の後、休みを取っているという。婦長としては、佐脇はその日勤務していたこともあり、ショックだったのだろうと、使っていなかった有給をあてていたらしいのだが…。


 【回想】
「でもねえ…、今日は連絡がなくて、ちょっと心配してたのよね」
「それまでは連絡が来てたのですか?」
「まあ…。今までの勤務態度も良かったし、腕としても文句ないから、出来れば長く働いてもらったらと思ってたんだけれど……。無断欠勤の兆候が見えてくると話が変わってくるの。知らないわけないと思うけど」
 俺と啓さんは顔を見合わせた。
 婦長は佐脇さんの実情を知らないようだ。
「あの…婦長、ちょっといいですか?」
 俺は、ナースステーションから少しはなれたところで、事情を説明した。
「え……?そういうことなら……休憩室はこちらです」
 2階にある看護士の控え室へと向かう。ここは、1階に外来の看護士の控え室。2階に病棟看護士の控え室と分かれているようだ。婦長を加えた4人は、2階控え室へと向かう。
 意外に広さのある控え室に案内され、佐脇のロッカーまで移動する。婦長がロッカーのロックを解除した。
「そうぞ」
「ありがとうございます」
 俺がおもむろに中を確認する。そこには別に隠す気などないと言わんばかりに、スマホが1台置かれていた。ミコの好きな星形のチャームがついている。手袋を着用し、取り出したそれをビニールの袋に入れる。
「間違いない。ミコのだ」
 そばで見ていた啓さんの表情は何とも言えず辛そうだった。その少し後方でこれまたなんとも言えない表情でいる男…いや、少年がいた。
「佐脇さんって…男性ですか?」
「「「え」」」
 他、3名が止まる。
「あの…ワタシが見たのって男性の看護士なんだけど…」



「ああ…盲点だな。勝手に女性だって思ってた」
 そう…。相手も別に意図していたわけではないだろう。これが計算だったら、ちょっと面倒な相手だが、混乱もたまたまだったであろうことから推察すると、思い付きの行動のような気がする。
「じゃあ、看護士の格好をした男か」
「そうなる。婦長に確認した。R国立病院には20名ほどの男性看護士がいる。全員白だった」
「外部から侵入…?」
「まあ誰がいたとしても比較的フリーな場所であるから、不法とも言えないしな。ただ、看護士でもないのに看護士であるかのような偽装をしていたのだとしたら……」
「まあ……怪しいわな」

 で、問題は、それが誰かってことだよ…。

 とにかく、俺は分かったことを裕太に伝えて、ここへ来た。二美子の周りで何が起こっているのかは分からないけど、周道より(たち)が悪い気がする。
 周道は…、直接裕太を狙わず、家族を狙っている。そのあたりは確かに姑息だが、まだ動機が見え、分かりやすい。感情の軌跡が見えるというか。おそらくは、捕らえたもう一人が周道が募った相手としたものだろう。まだきちんとした聴取はしていないが、警察への不満から手を貸したと見られている。

 じゃあ……逃げたヤツは…?

「尊さん」
「どうした、輝礼」
 もう一口、お茶を飲もうとしたとき、輝礼が口を開いた。
「俺……逃げたヤツ…知ってるかもしれない……」
「…え」
 俺だけでなく、尚惟の視線も輝礼に釘付けになる。
「後から駆けつけた時、茂みから男が出てきた。逃げてた犯人だと思う。後から警官と裕太さんが追いかけてたから」
「そんなに早く到着してたんだ、輝礼…」
「たまたま近かったんだ。で、その時、声を聞いたんだよ。思ってもないとこに俺がいて、驚いたんだろうな…」
「顔は?」
「ちょうど街灯がなくてさ、ふわっと暗いんだ。はっきりはわかんね。けど、声がさ、聞いたことあるような気がするんだよ」
「え…特徴があったってことなのか……?」
 俺の質問に首をふる。
「違う…聞き馴染みがあったんだ。だから引っ掛かった…し、思い出しもしなかったんだけど」
「あまりにも日常的すぎてってことか?」
「なんとも言えねえけど……」
 俺は少し背筋がゾクッとした。
 だとしたら…随分近くにいるかもってことじゃないのか…?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み