20。

文字数 1,518文字

 
「え…退院?」
 病棟受付で看護士さんにそう言われた…。
 二美子さんがストレッチャーで運ばれた日、ワタシは遠くから見つめるだけで、帰ってしまった。それでさえ声なんてかけられないのに、あんなの反則だ。
 でも、何だかやっぱり来てしまった。
「そう…ですか…」
 ワタシの返事は相手に聞こえていないと思う。倒れたのって…えっと…2日前ぐらいだったっけ?今日退院したのかな?まあ…そういうこともあるんだろうな、ワタシには分からないけど…。
 病棟受付から立ち去ろうとする。電話の音や器具の音、人の行き交う足音がするガチャガチャした空間で、会話が漏れ聞こえる。
「なんだか気の毒よね…」
「仕方ないわよ…病院が危険にさらされちゃったらね……」
「でもね……彼女悪くないじゃない?」
 思わず振り返る。そこには何人もの病院関係者がいて何の話か分からないけど…
「まさかって…思ってしまう…」
 どうしてこんな取り留めもないことを思うのか。主語も何も聞いた文章の中に二美子さんを示すようなものはないが、脳裏にチラチラと過る嫌な予感。
「あれ…?翼希(ツバキ)くん?」
 病棟受付から1階ロビーに向かうところで、知っている声に出会う。
梨緒(リオ)先生…」
 彼女はワタシの主治医で、ここにかかってから、ずっと良い関係性だ。彼女は「なぜ」とは聞くが、ワタシは嫌じゃない。長く続いているのはそれだけなのだが、母親はどこかにかかっているという事実に安心していた。
「あれ…?今日って診察日だった?」
「違います」
「だよね。もしかして何かあったの?」

 え

「なぜそう思うんですか?」
「翼希くんは病院、嫌いでしょ?」
「はい」
「用事がないと来ないでしょ?用事はすんだの?」
「うーん、済んだというか…いなかったというか…」
「いなかった?」

 し……まった……

「い、いや…えっと……」
「……わあ、翼希くんが見える…」
「は…い…?」

 ワタシが見えるって……表現のしかた…

 いつも「え?」って思う言葉を使う先生。見えるって、今までも見えていたよね?急にホラーな展開?
「あ、翼希くんが見えるって言ったのは、あなたの純粋な反応が見えたってこと」
 梨緒先生は、まるでワタシの頭の中を見透かしたように返答した。
「あ…なるほど…」
「うん。ところでさ、私を探してたのかとも思ったけれど…」

 しまった、その手があった。

「うーん、違ったみたいだね。知ってる人が他にもいるんだね」
 時、既に遅し……。
 梨緒先生の話し方は、特別心地よいというわけではないのだけれど、間合いとか声の調子とか、何だか気兼ねすることなく話が聞けて……。
 あ……そうか、ワタシ、彼女の話が聞けるから平気なのか。
「……です」
「ふふ、会えなかったのは残念だったわね。別日には会えそうかしら?」
「えっと……無理な気がします」
「そうなんだ…。それは少し残念だね」
「はい……だいぶ」
「あら…」
 思わず口走って、あっと口に手を当てた。
 梨緒先生は目を真ん丸にして、ワタシを見る。
 しまった…早く帰ろう……もっとワタシが

しまう。
 帰る旨を伝えようとしたとき、
「姉さん、こんなとこにいたの?」
 梨緒先生の後ろから誰かが声をかけてきた。
「あ、ごめん。もう来てたのね」
 声をかけてきた男は、日の光に当たると煉瓦色になるふんわりとした髪を持つ人だった。ワタシより身長が高く、笑うと目の当たりに出きるシワが柔らかに見えて……

 あれ…?この人確か……

「二美子さんといた…!」
「え?」

 あ

 梨緒先生と、その男性はワタシの方を見た。
「翼希くん…二美子ちゃんのこと知ってるの……」
 と、梨緒先生。
「ああ……っとー……」
「もしかして…“いなかった”のって、二美子ちゃんのこと?」
 ……詰んだ。

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