第18話「人の恋路を邪魔する者は」

文字数 3,143文字

「俺達、ちょっと、トイレ行って来ま~す」

 席を外す為、俺はまたも、おどけて宣言する。
 
 3人一度に、トイレへ立つなんて……
 あまりにも不自然過ぎるが、幸い女性陣は深く追求せず、笑顔で見送ってくれた。
 俺から離席を切り出したのは、ジェロームさんもジャンさんもそのような事が言える『オトボケキャラ』ではないからだ。

 『オトボケキャラ』といえば……
 こんな時、後輩のリュカがフォローしてくれれば、いう事はないのだが……
 
 奴は最近、合コンにおいて、マイペースまっしぐらの、『困ったちゃんキャラ』に変貌する。
 
 そう!
 今夜もだ!
 あれだけ、諭したのに……
 俺との『約束』などすっかり忘れていた。
 
 先輩のフォローなど一切しない、自分の幸福のみを追い求める、『罪深い男』になっていたのだ。
 これでは、どちらが先輩なのか、分かったものじゃない。

 だが、神様は居る。
 
 リュカは……
 巫女さんの中では、最年少のステファニーちゃん(推定20歳)を必死に口説いている。
 だが、対面に座る彼女から、「リュカなど全く好みじゃない!」という反発オーラがばりばり出ている。
 リュカは、まともに相手にして貰えず、適当にあしらわれているようだ。

 それを見て、ちょっとだけ、溜飲が下がった。

 そんなこんなで、俺達3人はトイレに向かう。
 ジェロームさんの『教育』などに、時間をかけてはいられない。
 俺がそっと見ていると、ジャンさんの機嫌がすこぶる悪いから。

 勝負事には、流れと決め時のタイミングがある。
 それを無理矢理中断させた俺とジェロームさんは……
 ジャンさんからしてみれば、とんでもない『妨害者』だということになる。
 『赤い流星』の怒りは尤もなのだ。

 しかし、ジェロームさんは相変わらず、『空気読み人知らず』……である。

「おい、クリス。一体何だ? 急に中座して。女性達に悪いではないか」

 あ、あの……ジェロームさん、一体、何を仰っているのでしょうか?
 場がしらけた、原因を作っているのは……貴方! ……なのですよ。

 ジャンさんも、俺と同じ思いらしい……
 こんなジェロームさんの『寝惚け言葉』を聞いて、怒りがMAXに達しようとしていた。
 「寝言は寝てから言え!」 と、憤怒の顔に書いてある。

 もう怒りの限界という感じで、ジャンさんの頬が、ぷるぷると震え出した。
 正直言って怖い!

 そして、凄い怒りのあまり、能面のように無表情になってしまったジャンさん。
 抑揚のない口調で言う。

「先輩……」

「おお、何だ?」

「改めて、お聞きしましょうか。今夜のセッティングをしたのは、一体、誰でしょう?」

 ジャンさんの、口調だけは冷静だ。
 しかし、その口からは、今にも竜の息(ドラゴンブレス)が吐き出されそうな恐ろしい雰囲気だ。

 だけど、ジェロームさんは、全く分かっていない。
 ジャンさんの怒りと、その原因を……

「そりゃ、お前さ、ジャン」

「結構! では、ここまでの経過は、認識していますよね?」

 ここで、ジェロームさんが、ふいっと目を逸らし、「ぽつり」と言う。

「ああ、お前がさ、男の数が足りないから、ぜひ、来てくれと……」

 その瞬間。
 とうとう、ジャンさんの様子が一変した。
 
 普段、物静かな青年は、『女』という餌を、お預けになった『飢える狼』に変身したのだ。

「おい! 違う! 違うったら、断じて違うだろ!!!」

 え? 
 おい?
 だろって!?
 寸止め、手加減なし、本気度100%の物言いが、さく裂だ!
 
 ああ、一旦怒ったら、先輩にも容赦がないんだ、この人。
 だんだん、ジャンさんという人が、分かって来たぞ。

 しかしジェロームさんも、後輩にこのような口の利き方をされて、怒るかと思いきや違った。
 今回の件では、ジャンさんに対し、弱みがあるのだろう。
 意外にも、ひたすら低姿勢である。

「わ、分かった、ジャン! じょ、冗談だよ。俺がぜひ、連れて行って欲しいと頼んだのだ」

「だったら、先輩! 約束してください、彼の指示に、クリス君の言う事には素直に従うと!」

 そう言うと、ジャンさんは俺を指差した。

「僕は彼に先輩のサポートを頼みました。不器用な僕よりも、ずっと適任だと思ったからです」

 はい~?
 不器用な……僕?
 んな、馬鹿な!!!

 俺は思わず、ジャンさんの顔を、まじまじと見つめてしまう。

 だって!
 彼は、ヴァレンタイン王都騎士隊勤務の隊士、ジャン・アズナヴールさんだよ。
 愛用の赤い革鎧が似合う伊達男で、『赤い流星』というふたつ名を持つ、超有名人だよ。
 常人の10倍の速度(スピード)で、女の子を落とせる恋の達人だよ!!!

 その彼が不器用???

 しかしジャンさんは、俺の無遠慮な視線など完全スルー。
 平然と、話を進めている。

「彼はこういう宴会の達人です。女の子との会話にも慣れていて気配りが出来る男です。羨ましい限りなんです」

 あはは!
 嘘くさい!

 俺は思わず苦笑いしそうになったが、頑張って表情が出ないよう、押し止めた。
 このような時に平気で笑うほど、俺は『空気読み人知らず』ではない。

 ジャンさんは、怒った後に、困惑顔となる。
 先輩のジェロームさんに対し、懇願していると言っても過言ではない。

「先輩、良いですか? 今夜の僕は、自分の事で精一杯なんです。素直に彼のサポートを受け、頑張って下さい」

「で、でも、こいつ、とんでもないぜ。女性の飲みかけのエールを飲むとか言うし、俺にも飲めって、強引に勧めるんだ」

 ダンっ!
 みししっ……

 凄い音がしたのは……
 ジャンさんが思い切り、トイレの壁を叩いた音だ。
 あまりの威力に、壁には無数の亀裂が走る。
 
 当然、ジェロームさんは吃驚した。

「わっ!? きゅ、急に、ななな、何だよ?」

 ジャンさんの顔は、またもや一切の感情を表さない、能面のようになっている。
 こ、怖い!!!

「先輩、騎士の精神を言ってみて下さい」

「何だよ! 先輩に向かって偉そうに!」

「良いから!」

「分かったよ! 忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕という精神だろう?」

「正解! 加えて年配者、女性、子供に対して親切であれ! これも常識ですよね。では困った女性がそんなに飲めないよ~、というエールを代わりに飲んでさしあげる行為のどこがいけないのですか! 残ったエールを無駄に捨てろ! というのですか? 勿体無い!」

 ああ、凄い!
 怒ってはいても、ジャンさんの話は理路整然としている。
 これは、俺もぜひ見習いたい。

 案の定、ジェロームさんは、虚を衝かれたようになる。

「う!?」

「これは騎士の、奉仕の精神そのものです。クリス君はこの場で、しっかりその精神を発揮したのですよ。実に見事じゃあないですか」

 先ほどの話し方で分かったが、ジャンさんは口が立つ。
 ジェロームさんは、ずっと押されっ放しだ。

「ぐうう……」

 話し始めてもう5分が経った。
 ジャンさんは、そろそろ頃合だと見たようである。

「この事ひとつ取っても、クリス君の判断は的確です。今夜のジェロームさんをきっと幸せにしてくれます。さあ、僕の話は終わりです、今夜は彼の指示に一切従う! 分かりましたね?」

 有無を言わさない、ジャンさんの一気呵成な『指導』に対し、ジェロームさんは仕方なく頷くしかなかったのである。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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