第19話「ああ、わが友よ!」
文字数 2,771文字
話は付いた!
とばかりに、ジャンさんは一礼すると、さっさと行ってしまう。
彼としては……
「今宵の限られた時間の中で、たった一秒たりとも無駄には出来ない!」
というのが本音であろう。
目標の確保に向けて……
ジャンさんは完全に、猟師モードへと入っているのだ。
しかしジェロームさんも、ジャンさんに続いて、「とことこ」歩き出そうとする。
「ジェロームさん!」
俺は、ジェロームさんを呼び止めた。
このまま、彼が宴席に戻っても、
「この人は絶対にまたやらかすぞ」
俺は、そう思ったのだ。
合コン慣れしていない、この御曹司へ……
もう少し、『刷り合せ』をしておかないと……いけない。
折角の会がぶち壊しとなる。
「何だよ、お前。まだ用があるのか?」
あら、ジェロームさん。
少し居丈高だ。
もしかして……怒っているの?
どうやら、後輩であるジャンさんに、散々怒鳴られた怒りの矛先が、俺に向かっている?
でも、それは……逆恨みというものだ。
しかし、人間は感情の生き物。
理屈では分かっていても、「生理的にお前は嫌い」とかいうアレである。
これでは、まずい。
ジェロームさんの事は、ジャンさんから頼まれたし、今夜は楽しい夜と感じさせる責任がある。
『情けは人の為ならず』だ。
ジェロームさんだって、俺の気持ちを理解してくれれば、きっと感謝する筈だ。
俺がこの異世界で生きて行く上で、カルパンティエ家のラインは強力なツテとなるかもしれないし。
だから俺は、今宵ジェロームさんをケアしなくてはならない。
再び俺は、ジェロームさんに呼び掛けた。
騎士という、『軍人向け』の言い方である。
「ジェロームさん、席に戻る前に、対巫女の『作戦』を立てましょう」
「む? 対巫女の作戦?」
「はい! 聞いて頂けますか?」
「むう……作戦か……そう言われれば仕方がない。ジャンとの約束だもの、な」
ジェロームさんは、渋々と承知した。
「じゃあ、時間もないし質問します。ジェロームさんの、今夜の本当の目的は何ですか?」
俺のいきなりの、ピンポイントな切り込みに、ジェロームさんは驚く。
だが、こうした方が手っ取り早いし、今回は悠長に話している時間も無い。
「も、目的だと!? 無遠慮な奴だな、お前になど、話す必要があるのか?」
「ジェロームさん! ジャンさんとの、や・く・そ・く!」
「わ、分かったよ! ええと……最初から彼女じゃなくても良い。今夜の目的はまず俺と趣味の合う、真面目で、親しくなれそうな女性を探しに来たのさ」
「趣味の合う、真面目で親しくなれそうな女性? 本当ですか?」
「ああ、本当だ」
暫しの沈黙……
俺は、ジェロームさんの『趣味』を、勝手に想像していたのだ。
「えっと……ジェロームさんの趣味って、武道か、何かですか? もしくは鍛え上げられた筋肉を、鏡に映してムフフと喜ぶ、とか」
しかし、ジェロームさんは「違う!」と首を横に振った。
「騎士にとって武道や乗馬は、出来るのが常識! 俺の趣味は武道ではないっ! 確かに鍛え上げられた、己の筋肉を鏡で見ると、大いに感動するが……」
げっ!
何か、あてずっぽうで言った微妙な趣味が……当たってる?
でも武道じゃないとすると……肝心の趣味って、何だろう?
「ジェロームさん、貴方の趣味って何ですか?」
「…………」
ジェロームさんは、俯いてしまった。
何故か、答えない。
口篭っている。
「ジェロームさん! 白状して下さいよ」
俺が促すと、ジェロームさんは少し顔を上げ、上目遣いにこちらを見た。
「クリス、決して笑わないと約束するか?」
「笑わないっす」
俺が約束したから、ジェロームさんは、遂に自分の趣味をカミングアウトする。
「じゃあ、言うぞ! おおお、お菓子作りだ! ああ、言ってしまったぁ!!!」
え?
逞しい騎士がお菓子作り?
確かに、意外だ。
俺は少しだけ、吃驚した。
「は? お菓子?」
「くぅ! わ、笑いたければ! わ、笑うが良い! 誇り高き! カルパンティエ公爵家の嫡男である、この俺が! お、お菓子作りが趣味なのさぁ!」
「…………」
「ん? クリス、どうした? 笑わないのか?」
「いやぁ、笑わないっすよ。素敵じゃないですか」
俺は暫し考え込んだが、特に違和感は覚えない。
これは、前世の大門寺トオルの記憶のせいだろう。
「素敵? 何でだよ? ……お前の反応、変じゃね?」
じゃね? って……
逆に、訝しげな表情のジェロームさん。
いや、俺の反応は、全然おかしくない。
騎士である、貴方の口調の方が、変なのだ。
話を戻すと……
俺が、バレンタインフェアなど、百貨店で目撃した有名なパティシェは、殆ど外国人の男性だった。
目の前のジェロームさんが、もしそうでも決しておかしくはない。
と、なれば、作戦は決定だ!
「いや! 俺も甘党ですからね、美味しいお菓子を貴女の為に! だなんて女性にとってはポイント高いと思いますよ。ようし、分かりました! 今夜はお菓子作戦で行きましょう!」
「そ、そうか! 俺の趣味を理解してくれた上で、作戦まで立ててくれるのか!? お、お前は我が友だ! いやお前だなんて呼んで申し訳ない。クリストフだったな?」
「我が友よ!」って……
どこかの……ガキ大将かよ……
「俺の呼び方は、気楽にクリスで良いっす! でも、段々分かって来ました。ジェロームさん、真面目な女性が良いって……もしかして、結構マジで、結婚相手を探していませんか?」
「おい! わ、分かるのか!?」
「ええ、俺もジェロームさんと同じなんですよ。真面目に、相手を探しているのです。このような飲み会に来るのはね。……後輩には、凄く馬鹿にされますが」
「え? クリスが、凄く馬鹿にされる?」
「はい! でも俺は、結婚に対して真剣ですから。それにジェロームさんの、最初は同じ趣味からって……けして、一過性の付き合いではなく、同じ趣味の相手とじっくり、まじめに付き合って、徐々に仲を深めて行こうっていう考えでしょう?」
「お、おおおおお!!! お前! いやクリスっ! 本当に俺の心が分かっているぞ! 我が友よ! 俺の同志よ!!!」
がしっ!!!
「くわうっ!」
まるで、鶏が絞め殺されるような、苦痛の声をあげたのは……俺である。
ジェロームさんは俺をしっかり抱擁し、その逞しい腕が、背中に「ぐわっ!」と食い込んでいたのであった。
とばかりに、ジャンさんは一礼すると、さっさと行ってしまう。
彼としては……
「今宵の限られた時間の中で、たった一秒たりとも無駄には出来ない!」
というのが本音であろう。
目標の確保に向けて……
ジャンさんは完全に、猟師モードへと入っているのだ。
しかしジェロームさんも、ジャンさんに続いて、「とことこ」歩き出そうとする。
「ジェロームさん!」
俺は、ジェロームさんを呼び止めた。
このまま、彼が宴席に戻っても、
「この人は絶対にまたやらかすぞ」
俺は、そう思ったのだ。
合コン慣れしていない、この御曹司へ……
もう少し、『刷り合せ』をしておかないと……いけない。
折角の会がぶち壊しとなる。
「何だよ、お前。まだ用があるのか?」
あら、ジェロームさん。
少し居丈高だ。
もしかして……怒っているの?
どうやら、後輩であるジャンさんに、散々怒鳴られた怒りの矛先が、俺に向かっている?
でも、それは……逆恨みというものだ。
しかし、人間は感情の生き物。
理屈では分かっていても、「生理的にお前は嫌い」とかいうアレである。
これでは、まずい。
ジェロームさんの事は、ジャンさんから頼まれたし、今夜は楽しい夜と感じさせる責任がある。
『情けは人の為ならず』だ。
ジェロームさんだって、俺の気持ちを理解してくれれば、きっと感謝する筈だ。
俺がこの異世界で生きて行く上で、カルパンティエ家のラインは強力なツテとなるかもしれないし。
だから俺は、今宵ジェロームさんをケアしなくてはならない。
再び俺は、ジェロームさんに呼び掛けた。
騎士という、『軍人向け』の言い方である。
「ジェロームさん、席に戻る前に、対巫女の『作戦』を立てましょう」
「む? 対巫女の作戦?」
「はい! 聞いて頂けますか?」
「むう……作戦か……そう言われれば仕方がない。ジャンとの約束だもの、な」
ジェロームさんは、渋々と承知した。
「じゃあ、時間もないし質問します。ジェロームさんの、今夜の本当の目的は何ですか?」
俺のいきなりの、ピンポイントな切り込みに、ジェロームさんは驚く。
だが、こうした方が手っ取り早いし、今回は悠長に話している時間も無い。
「も、目的だと!? 無遠慮な奴だな、お前になど、話す必要があるのか?」
「ジェロームさん! ジャンさんとの、や・く・そ・く!」
「わ、分かったよ! ええと……最初から彼女じゃなくても良い。今夜の目的はまず俺と趣味の合う、真面目で、親しくなれそうな女性を探しに来たのさ」
「趣味の合う、真面目で親しくなれそうな女性? 本当ですか?」
「ああ、本当だ」
暫しの沈黙……
俺は、ジェロームさんの『趣味』を、勝手に想像していたのだ。
「えっと……ジェロームさんの趣味って、武道か、何かですか? もしくは鍛え上げられた筋肉を、鏡に映してムフフと喜ぶ、とか」
しかし、ジェロームさんは「違う!」と首を横に振った。
「騎士にとって武道や乗馬は、出来るのが常識! 俺の趣味は武道ではないっ! 確かに鍛え上げられた、己の筋肉を鏡で見ると、大いに感動するが……」
げっ!
何か、あてずっぽうで言った微妙な趣味が……当たってる?
でも武道じゃないとすると……肝心の趣味って、何だろう?
「ジェロームさん、貴方の趣味って何ですか?」
「…………」
ジェロームさんは、俯いてしまった。
何故か、答えない。
口篭っている。
「ジェロームさん! 白状して下さいよ」
俺が促すと、ジェロームさんは少し顔を上げ、上目遣いにこちらを見た。
「クリス、決して笑わないと約束するか?」
「笑わないっす」
俺が約束したから、ジェロームさんは、遂に自分の趣味をカミングアウトする。
「じゃあ、言うぞ! おおお、お菓子作りだ! ああ、言ってしまったぁ!!!」
え?
逞しい騎士がお菓子作り?
確かに、意外だ。
俺は少しだけ、吃驚した。
「は? お菓子?」
「くぅ! わ、笑いたければ! わ、笑うが良い! 誇り高き! カルパンティエ公爵家の嫡男である、この俺が! お、お菓子作りが趣味なのさぁ!」
「…………」
「ん? クリス、どうした? 笑わないのか?」
「いやぁ、笑わないっすよ。素敵じゃないですか」
俺は暫し考え込んだが、特に違和感は覚えない。
これは、前世の大門寺トオルの記憶のせいだろう。
「素敵? 何でだよ? ……お前の反応、変じゃね?」
じゃね? って……
逆に、訝しげな表情のジェロームさん。
いや、俺の反応は、全然おかしくない。
騎士である、貴方の口調の方が、変なのだ。
話を戻すと……
俺が、バレンタインフェアなど、百貨店で目撃した有名なパティシェは、殆ど外国人の男性だった。
目の前のジェロームさんが、もしそうでも決しておかしくはない。
と、なれば、作戦は決定だ!
「いや! 俺も甘党ですからね、美味しいお菓子を貴女の為に! だなんて女性にとってはポイント高いと思いますよ。ようし、分かりました! 今夜はお菓子作戦で行きましょう!」
「そ、そうか! 俺の趣味を理解してくれた上で、作戦まで立ててくれるのか!? お、お前は我が友だ! いやお前だなんて呼んで申し訳ない。クリストフだったな?」
「我が友よ!」って……
どこかの……ガキ大将かよ……
「俺の呼び方は、気楽にクリスで良いっす! でも、段々分かって来ました。ジェロームさん、真面目な女性が良いって……もしかして、結構マジで、結婚相手を探していませんか?」
「おい! わ、分かるのか!?」
「ええ、俺もジェロームさんと同じなんですよ。真面目に、相手を探しているのです。このような飲み会に来るのはね。……後輩には、凄く馬鹿にされますが」
「え? クリスが、凄く馬鹿にされる?」
「はい! でも俺は、結婚に対して真剣ですから。それにジェロームさんの、最初は同じ趣味からって……けして、一過性の付き合いではなく、同じ趣味の相手とじっくり、まじめに付き合って、徐々に仲を深めて行こうっていう考えでしょう?」
「お、おおおおお!!! お前! いやクリスっ! 本当に俺の心が分かっているぞ! 我が友よ! 俺の同志よ!!!」
がしっ!!!
「くわうっ!」
まるで、鶏が絞め殺されるような、苦痛の声をあげたのは……俺である。
ジェロームさんは俺をしっかり抱擁し、その逞しい腕が、背中に「ぐわっ!」と食い込んでいたのであった。