第22話「号泣と殴打」

文字数 2,491文字

「ええ……とてもね……巫女って、大変な仕事なの……」

 俺の物言いを聞き……
 一気にトーンダウンして、急に元気がなくなったジョルジェットさん。
 
 ああ!
 こ、これはまずい!

 俺はいつもの通り、聞き役を申し出る。
 とても、小さな声で。
 
 後から考えると、これがまずかったのかもしれない。
 まるで、内緒話をしているように、聞こえたのかも……

「ジョルジェットさん、仕事のストレスが溜まっているのであれば、遠慮なく愚痴って下さい」

「え?」

「騎士様達には……俺が言わないように頼んでおきますし、俺は商業ギルド所属なんで創世神教会とは、直接利害関係がない。だから構わないですよ」

「……優しいのですね、クリスさん」

「ははっ、愚痴聞き役なら、任せて下さい」

 良く、さえないおっさんがもてたりするケースがある。
 そういう人は、聞き役に徹する事が出来る人じゃないかと俺は見ている。
 
 更に上手い人は、その場の空気に合った、最高の台詞(セリフ)が吐ける人であろう。
 そんなジゴロに、深く悩んでいる時の女性なんて……イチコロだ。

 しかしここで俺は、必要以上に囁いたりしない。
 何せ、相手はジャンさんの『彼女』である。
 もっぱら聞き役に徹し、専守防衛作戦だ。

 ジョルジェットさんは、ホッとした表情をしている。

「だったらお言葉に甘えようかしら。……最初から話して良い?」

「どうぞ、どうぞ」

 話が長くなりそうだが、俺は相槌を打った。
 それに、巫女さんの事情を知るのは、これから同じ巫女のリンちゃんと付き合う上で大切だ。

 それにしても、ジョルジェットさんの目は真剣だ。
 結構、悩みは深いらしい。

「私が創世神教会に入ったのは、崇高な志があったからです」

「そうでしょうね」

「命を救いたい! 困っている人を癒したい。その一念でした」

「分かりますよ、素晴らしいですね」

「ありがとうございます。日々の病気の治療は確かに大変ですが、戦場よりはまだましです」

「戦場? もしかして?」

「はい! 今は殆ど他国との戦争がありません。代わりに果てしない魔物との戦いが続きます」

 俺は一瞬ぞっとした。
 実は、この世界の俺は相当な怖がりだから。
 
 ゴブリンやオークなどの魔物は勿論、許されざる不死者(アンデッド)との戦いは寒気が止まらないくらい怖ろしいという。
 
 凶暴な魔物の無慈悲な攻撃や、不死者(アンデッド)の凄まじい腐臭に腐りかけた外見がもし俺の目の前に晒されたら……
「おわぁ! 勘弁してくれ!」と即、大声で叫ぶに違いなかった。

 そんな奴らと戦う、王国の騎士や従士など、王国軍が出兵する場合……
 さっきも言ったが……
 回復役は、創世神教会の巫女達が受け持つ。
 
 それに異世界の看護師、創世神の巫女=治癒士の方々は、怪我の手当てにとどまらず、動けない兵隊の下の世話までするらしい。
 
 とっても大変だと思った。
 看護師同様、お金じゃない、仕事が好きでなくては出来ない職業だと思った。
 本当に頭が下がる。
 
 もしかして……
 リンちゃんが巫女に転生したのも、その縁?

「お疲れ様です!」

 俺は、思わず声に出して言う。
 心からの賛辞である。

 ジョルジェットさんは、俺の言葉を聞いて力なく笑う。

「はぁ……傷の惨さを見るのと、治療、そして様々なお世話などはもう慣れましたが……」

 大きく溜息を吐いたジョルジェットさんは、途中まで話して……口籠る。

「傷ついた方の……命を助けられなかった時の虚しさ……そして、家族や身内の方から、お前みたいな能無しは、巫女をやめろ! って言う罵倒。そんな時は……どこかへ行ってしまいたくなります」

 え?
 罵倒?
 それって酷いな。
 
 巫女さんだって一生懸命やっているのに。
 彼女達は、癒しの力を持つ巫女さんだけど、決して万能の創世神様ではない。
 
 愛する家族が亡くなって、辛い気持ちは、確かに分かるけど……
 いくらなんでも、全てを巫女さんのせいにして、罵倒するなんて酷い。
 
 ジョルジェットさんは結構、煮詰まっている?
 でもジャンさんの脇で、俺が必要以上に慰めちゃ、まずいかもしれない。

 その時、視線を感じた。
 リンちゃんが、潤んだ瞳で俺を見つめている。

 そうだ、こんな事、考えている場合ではない。
 落ち込んだジョルジェットさんを、俺が、しっかり力付けないと!

「元気を出して下さい。ジョルジェットさんは、一生懸命、頑張っているじゃあないですか!」

「…………」

 ジョルジェットさんは、まだ無言だ。
 
 励ましが足りない!
 もっと、もっと!
 力付けないと、駄目だ! 

「人間は創世神様ではありません! 全てが、常に上手く行くなんてありえません!」

「え?」

 俺の物言いを聞き、驚く、ジョルジェットさん。
 
 よし!
 気持ちを籠めた俺の言葉が、少しは彼女の心へ届いたみたいだ。
 それ!
 どんどん、行こう。

「治癒士は素晴らしい仕事だし、ジョルジェットさんは、常にベストを尽くしています!」

「は、はい! 私なりに精一杯やっています」

「ならば! 胸を張って良いのです。酷い事を言った人も、後できっと分かってくれますよ」

「クリスさん! あ、ありがとうございます!」

「はい! 前向きに行きましょう! もし治癒士さんが居なければ、生死を彷徨う大怪我をされた方は、絶対に助かりません」

 おお、ジョルジェットさん、少し元気が出たみたい!
 と、思ったら!

「あ、ありがとうございます。私……私……うわあああああん!!!」

 ああっ!
 号泣って!
 まじで!?

 その瞬間!

 がっつん!

「がは!」

 顔に激痛が走り、俺は壁まで吹っ飛ぶ。

 ジョルジェットさんを力付ける俺を、本気で殴ったのは……
 鬼のような形相で、激怒したジャンさんであったのだ。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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