第5話 「職場は気楽で良いけれど」

文字数 2,900文字

「ふたり揃って、遅刻なんて、少しは頭を冷やしなさいっ!」

 朝一番で、俺達を席に呼びつけ、頭から突き抜けるような、凄い声で叫ぶのは……
 ドミニク・イベール課長。
 俺とリュカの、上司である。
 
 35歳で独身。
 そんなタイトルの、人気漫画があったような気がするが……
 
 金髪碧眼。
 鼻筋がすっと通り、端麗な顔立ち。
 ボンキュッボンで、スタイルも抜群な、グラマラス美人。

 普通に見れば、とても良い女。
  
 俺みたいな年下には憧れのお姉さん、年上のオジ達からは危険な遊び相手。
 女の魅力が、満載な筈……
 でも、俺が商業ギルドへ入って以来、男の噂が皆無なのだ。

 まあ良い。
 
 俺は相手として、許容範囲より年上の女性には、あまり興味がない。
 加えて、社内なら尚更である。
 社内恋愛は色々と大変。
 だから俺は、個人的にパス。
 それに俺は、課長の性格が分かっているからね。
 相性は、最悪だろう……

 閑話休題。
 
 ここでまた遅刻の言い訳をしたり、逆らったりすると、ヒステリーがさく裂して、散々説教を喰らう。
 そんなのは御免。
 だから、俺達は適当に謝ると、すぐ支度を始めた。
 
 俺とリュカは、一応商業ギルドに所属してはいる。
 だが、このギルドは各所からの要請により、俺達魔法鑑定士を、派遣する業務形態を取っている。

 そもそも俺達魔法鑑定士の仕事というのは、未鑑定の様々な商品の真贋と価値を、魔法と知識を使って鑑定するものだ。

 国家認定試験により、B級に認定された鑑定士は基本的な鑑定は対応可能である。
 これがA級ともなると、付呪(エンチャント)された魔道具の価値の鑑定、呪われた商品の解呪(ディスペル)等が可能など、一気にレベルが上がる。

 当然、人数も少なく各方面から引っ張りだこになる。
 だが、通常の業務はB級でも事足りるので、俺達だって結構な人気者なのだ。
 
 まあ鑑定魔法のレベル、知識の差などで、B級の鑑定士の間にも、個人的に実力の差は出るけれど。
 
 ドミニク課長の命令で、勤務場所へ向かうべく、魔法鑑定課を出た俺とリュカ。 ふたり一緒に、廊下を歩いている。
 
 羨ましそうな表情のリュカが、俺に話し掛けて来る。

「良いっすね、クリス先輩は。商業ギルド内勤の僕と違って派遣手当てが出るし、冒険者ギルドの職員って、凄く可愛いアールヴが居るでしょう?」

 アールヴは、エルフとも言われる妖精族の末裔。
 人間より長寿の種族だが、今や俺達人間の社会に混在して、この王都でもたくさん暮らしている。
 俺がラノベで知るエルフの通り、男女とも超美形だ。

 しかしアールヴは、俺の恋愛対象外。
 アウトオブ眼中。
 その理由は……はっきり言ってやろう。
 
「リュカ、アールヴなんて外見だけじゃないか。あのケリーを見たら分かるだろう? 排他的で同族としか付き合わないぞ、すんげー高飛車だし!」

 俺が、そう言った瞬間。

「ふ~ん、クリス。それって……私達へ対する、酷い偏見ね」

 やべ~
 つい話に夢中で、近くに居たのに気が付かなかった。
 
 この話題で、一番、面倒臭い奴に聞かれた。
 
 俺を睨んでいるのはケルトゥリ・エイルトヴァーラ。
 丁度今、話していたアールヴの女子である。
 所属は俺達と同じ、魔法鑑定課、いわゆる同僚だ。

「あ、ケリー先輩、ごきげんよう。じゃあクリス先輩、僕はもう行きますので、じゃあ今夜!」

 こんな時、リュカは素晴らしく要領が良い。
 軽くケルトゥリに挨拶すると、さっさと居なくなってしまった。

「じゃあ、俺も行くよ。またな、ケリー」

 ああ、嫌な予感しかしない。
 俺も、さっさと、ずらかるに限るよ。

「待ちなさい!」

「愚図愚図していると、ドミニク課長に怒られるんでね。じゃあな」

 こんな時には、上手く上司の名前を使うべきだ。
 その為の、上司だろう。

 チラ見すれば、ケリーは頬を、栗鼠のように膨らませた、お怒りモードだ。
 軽く手を振ると、俺はその場を緊急脱出したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 商業ギルドを出た俺は、派遣先である冒険者ギルドへ急ぐ。
 しかし、両ギルドの距離は近い。
 歩いて、たった5分程度しか離れていない。

 俺は冒険者ギルドの裏手にある、職員専用入り口から中へ入る。
 建物内で、何人かの知り合いとすれ違い、軽く挨拶する。

「お早うっす!」

 ああ、この軽い挨拶の仕方。
 何となく、リュカの物言いに似てきたが……まあ良い。
 
 行き先は、冒険者ギルド総務部。
 俺を雇用してくれているのは、冒険者ギルドの総務部なのだ。

「おはよう、クリス君。すぐ鑑定室へ行ってくれ」

 派遣先での上司にあたる総務部長のバジル・ケーリオは、物静かで温厚なおっさんだ。
 彼が本当の上司だったらと、俺は何度も、神様へ祈ったほどである。

「了解っす!」

 冒険者ギルドの鑑定室は、裏庭の別棟にある。
 様々な冒険者達が、日々持ち込む遺跡や迷宮のお宝は、膨大な数に上る。
 魔法鑑定士はそれらを鑑定し、価値を明確にして金額換算するのだ。

 冒険者ギルドの鑑定に限らず、魔法鑑定士が仕事をする上で1番注意しなくてはいけないのが……『呪い』である。
 
 今迄、お宝を所持していた者が殺されたり、死ぬ時に怨念がかけられたりすると……
 禍々しい瘴気が出ていたり、極めて怪しい魔力波(オーラ)に覆われていたりするのだ。
 たまには、『魂の残滓(ざんし)』が付着していたりする。
 魂の残滓とは、ほら! 
「恨めしい」とか言って……おどろおどろしく出現する、あのお方達である。
 そんなの、絶対に見たくない。

 呪われた商品を、うっかり触ったりすると……
 こちらまで、呪われてしまう。
 体力の低下は、まだ可愛い方。
 ……下手をすれば死ぬ。
 
 だから俺は、そんなヤバイ商品が来ると、すぐオミットする。
 もっと上のランクの、エリート鑑定士にお任せしちゃう。

 まあ、俺は見ただけで、呪われた商品が判別出来る。
 だが、大抵の魔法鑑定士は、確認用の魔法水晶を翳して確認するようだ。

「お早うっす!」

 俺が鑑定室へ行くと、俺以外の職員は、既に出勤していた。
 あと、5分で午前9時になる。
 毎日この時間に、鑑定室はオープンし、営業を開始するのだ。

「ちょっと……」

 冒険者ギルド所属の、魔法鑑定士女子が、こっそり手招きする。
 
「ねぇ、クリス。私、付き合っている彼と上手く行っていないの。相談に乗って」

 はぁ、まただ。
 彼女は確か、名前がルネちゃん。
 昨夜、彼氏と喧嘩でもしたのだろう。
 
 あのね、ルネちゃん。
 俺は、人生相談の先生じゃないっての。
 だけど仕方がない、可哀想だから、昼休みに話だけでも聞いてやるか……

 俺はそんな事を思いながら、いつも通りに、仕事を開始したのであった。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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