第1話 「俺は愛の伝道師」

文字数 2,995文字

「やったぁ!」

 ここは、都心から……
 少し離れた某私鉄線駅最寄り、徒歩5分。
 狭いワンルームマンションの殺風景な一室である。
 
 家具も電気製品も、必要最低限しかない……
 ひとり暮らしをする、シンプルな俺の住まいだ。 
 
 今の季節は、秋も、もう半ば……
 やがて、身体にも心にも寒い冬がやって来る。 
 ひとり身だと一番辛い、12月の『あの特別な日』もある……

 今夜は、フローリング仕様の床が、やけに冷たく感じる。
 
 しかし!
 部屋の真ん中に座った俺は、とんでもなく元気一杯だ。
 遂に春が訪れた! 
 とばかりに、力強く拳を突き上げてしまう。
 
 うんうん。
 『調べ物』もバッチリ終わった。
 ノートPCを「ぱこん」と閉める。
 これで……準備は万端だろう。

「ようし、よしっ! 今度こそ! 特にクリスマスは絶対に、可愛い彼女と過ごす! あの子と楽しく、素敵な夜を過ごすんだっ!」

 笑いが止まらない俺は、今度は立ち上がって踊り始める。
 心の底から吹き上がる、わくわく感が止まらない。
 
 事情を知らない人が、傍から見ていたら、凄く変な奴だと思うだろう。
 そして、「お前は何がそんなに楽しいのか?」
 と、必ず聞いて来るだろう。

 馬鹿みたいに踊り狂う俺は、大門寺トオル、25歳。
 しがない入社3年目の貧乏リーマン。

 俺が勤めている会社は、世間から厳しい労働条件を指摘され、マスコミからバンバン叩かれていた。
 いわゆるブラック企業だ。
 
 同期入社の仲間は……結構やめた。
 30人ほど入って、3年経って残っているのは、たった8人だ。

 だけど、俺はやめずに頑張って勤めている。
 確かに、仕事はきつい。
 でもその分、同世代の世間平均より、ほんの少し給料が良い。
 俺は金だけが理由で、何とか我慢出来ている。
  
 そう!
 俺は、金を!
 金をガンガン稼ぎたいんだ。
 
 思う存分遊びたいから?
 凝った趣味に惜しみなく使いたいから?
 確かに、そう思う時もあった。

 だが、第一の目的は、『貯金』をしたいから。
 何故、そこまで金を貯めたいのか?
 それは、俺につよ~いつよい、結婚願望があるからなのだ。
 
 え?
 もう結婚?
 早い?
 まだ25歳なのに何故だって?
 
 全然若いし、もっともっと遊べるぜぇとか、
 嫁とはいえ、赤の他人に縛られるのなんて、勿体無いよぉ……
 と、疑問に思う人も大勢いるだろう。
 昔ほど、結婚に夢がなくなっているこのご時勢……
 子供が生まれても、育てるのに難儀する時代だものね……

 でも俺が、ここまで結婚に憧れるのには理由(わけ)がある。

 ちょっと話が長くなるけど、聞いて欲しい。

 実は俺、小さな子供の頃から、良く同じ年頃の女子に相談されていた。
 私見だけど、女子は男より早く、心が大人になるからね。
 まだ幼い小学生だって、立派な『恋に悩む乙女』とでもあり、大体が、恋愛の相談。
 でも相手は……俺じゃないんだな、これがさ。

 一番多いパターンは、といえば、
「トオル君の友達の、〇〇君ってカッコいいよね。私が好きって、伝えておいて」
 って奴さ。
 小学校時代から、25歳になった現在まで、ず~っとだ。

 そう!
 歴史は繰り返すというのは当たってる。
 大人になってからも、状況は全く変わらないもの。
 友人や知人から、合コンのセッティングや出席を、頻繁に頼まれる。
 何故ならば、俺が出席した合コンは、カップル成立が続出しているから。

 口コミで、俺の噂が広がり、渾名が付いた。
 『キューピッド・トオル』または『愛の伝道師』って。
 う~ん、微妙だ。
 『流星の戦士』とか、『炎の魔法使い』なんて、冒険者のふたつ名みたいに、恰好良くはないよね。
 
 ちなみに、何故、こんなオタクっぽい事を言うのか?
 
 実は、一般公開していないけれど……
 この年齢でも、俺、結構な中二病なんだ。
 秋葉原には頻繁に遊びに行くし、中世西洋風異世界を舞台にした、ラノベなんかも、良~く読んでる。

 話がそれたから、元に戻すと……
 キューピッドやら、愛の伝道師やら、こんな渾名を付けられ、
「無理やり呼ばれて、上手く使われるだけの、便利屋的な参加なの?」
 と、聞かれれば、そうでもない。
 
 俺は元々、大の合コン好き。
 理由は簡単、可愛い女の子と楽しく美味しい酒を飲むのは最高だから。

 更に言えば、俺は彼女が居ない癖に、不思議と「がつがつ」していなかった。
 人の世話を焼くのが、大好きでもあった。
 
 もしも自分が、個人的に惚れなければ……
 友達が、可愛い女の子と仲良くするのも、微笑ましいと感じていた。

 そんなこんなで……
 俺が合コンに出る事、通算99回。
 
 え?
 何故、回数が分かるかって?
 いやいや、出席頻度が多いと、費用が厳しいから、合コンは毎回チェック。
 せこいけど、通算回数を数えていたんだ。
 
 ついでに、カップルが成立したのもチェックしていたら、何と何と55回!
 これ、常識では考えられない数字じゃないか?
 
 つまり!
 俺と一緒に合コンに出ると、2回に1回以上は相手に巡り合える計算なのだ。
 あ、そこの貴方、無害な俺ならば、合コンに連れて行きたいと思ったでしょ?
 
 これが偶然なのか?
 それとも、俺がフォローしたのが寄与している?
 …かは、分からないけど……

 でも、その結果……
 同級生や友人、先輩、後輩には早くも結婚に至った者もたくさん居る。
 「やっぱり恋のキューピッドだ」と新郎新婦に絶賛された事も数多い。
 幸せそうなカップルを見ると、俺まで心が温かくなる。
 あの幸せを味わいたくなる。
 
 良く言うよね。
 人はひとりでは生きていけないって。
 結婚すれば、大好きな人とずっと一緒に居られる。
 だから、俺は結婚に憧れる。
 否定的な意見も凄く良く聞くけど……
 最初から結婚をネガティブに考えたくない。

 でもでもですよ。
 肝心の、俺自身の恋愛はどうなのって感じ?
 最近は、合コンに出る度、自問自答しているんだ。

 まあ、これまでに……
 一応、それなりの結果は出ている。
 
 合コンに99回も参加した結果、多くの女の子とは知り合えた。
 そのうちの何人かとは、その後のケアも抜かりなく、続けて会う努力もちゃんとした。

 おしゃれな街に出て、万全なデートも散々やった。
 会う場所も外してなかった筈だし、食事も相手から不満は出なかったと自負している。

 でも、不思議というか、残念というか自らの恋には繋がらない。
 
 微妙な間柄の、女友達は出来るが、正統な『彼女』はずっと出来ないのだ。
 ちなみに相手の女性からは、いつも……

「トオルさんは、良い人ね、私には勿体ない」

 とか、
 
「今後は、良き友人として、付き合いましょうね」
 
 と、言われる始末……

 ああ、良い人とか、良き友人として……
 なんて、遠回しな断りの言葉は……
 もう、聞きたくない。
  
 結局、俺は少年時代から、せっせと……
 他人の恋愛の、世話ばかりして来たのだ。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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