第12話「若くない総務部長の悩み②」

文字数 2,385文字

 ああ、はっきりさせたい!
 そうでないと、凄~く気持ち悪い。

 俺は部長に対し、ストレートに聞こうとした。
 でも、心と身体のバランスが合わず、盛大に噛んでしまう。

「ぶぶぶ、部長! ももも、もしかして……」

 変な気配? を感じたのか……
 わざわざ俺に、付き合わなくても良いのに、部長も釣られて、派手に噛んでしまう。

「ななな、何だね! い、いきなり、ややや、やぶからぼうに」

「そそそ、その人の名は」

「あぐぐ……名は?」

「ドミニク……イベール……さん、ですかぁ!?」

「う、わああっ! し、知られてしまったぁ!」

「…………」

 あの「ガーン!」という、独特な音こそ、鳴り響かないが……

 俺はハンマーで、脳天を思い切り叩かれたような気分であった。
 
 まさか!
 あのヒステリーなドミニク課長が?
 この優しい、バジル部長と付き合っていたとは!
 それも5年!?

 だけど……
 5年って事は、付き合い始めた頃は、部長が46歳で課長が30歳そこら?
 
 うっわぁ!
 何か、想像しただけで……凄いや!

 ええっと、ここは……
 ドミニク課長も……持ち上げておくべきだろう。 

「ええと、ドミニク課長は、俺の大切な上司ですし……普段、とても良くして貰っていますけど」

 ああ!
 俺は……嘘をついた。
 超が付く、真っ赤な嘘を。
 創世神様!
 ごめんなさいっ!
 お許し下さい!
 
 ……ヒステリー気味のドミニク課長には、ず~うっと、いじめられているのに……

「そうだろう、そうだろう……ドミニクは優しくて、とても思いやりのある女性なんだ」

「そう……ですね」

「あはははは、うん、うん。クリス君はやはり彼女の部下だね、身近に居て良く分かっている」

 俺が返事をためらって、口ごもり気味なのに、部長は全然気付かない。
 部長、貴方は幸せな人です、そして限りなく純粋です。
 
 まあドミニク課長だって、根は……良い人かもしれない。
 そういえば、あの厭世観は……恋に悩んでいる裏返しかも……
 
 でも……
 今日捕まらなくて、本当に良かった。
 下手をすれば、エンドレスナイト。
 万が一、想定外の『事故』が起きて……
 俺とドミニク課長が、もし『変な関係』になど、なってしまったら……
 バジル部長により、俺は、確実に殺されてしまう。
 公私共々……
 
 しかしと、俺は考える。
 
 ふたりが結ばれるのに、何の問題もない。
 何故、部長は悩むのだろう?

「部長、お互い独身で、相思相愛なら悩む事ないですよ」

「でもなぁ……私なんかじゃあ……」

 おお、成る程!
 そのひと言で!
 事情は、良~く分かりました。
 
 彼氏が自信の無さから、自分を卑下して勝手に悩んでいる。
 片や、彼女は……
 告白をずうっと待っているのに……相手が、来ないでイライラ。
 
 で、俺とリュカが、とばっちり。
 そのような、分かりやすい図式だったんですね?

 確かに部長は優しくて良い人。
 
 だけど、俺が彼に対し、共感していた意味も分かった。
 部長って、俺と同じ『ヘタレ君』なのですね。

 だから俺は、部長の背中を押してやる。
 
 バジル部長とドミニク課長がくっついて、あのヒステリー攻撃が無くなれば……
 当人同士だけじゃなく、俺も幸福になれるもの。

「安心して下さい、部長なら、男から見ても、良い奴だなって思えます」

「ほ、本当かな?」

「ええ、誠実で、穏やかだし。女性を対等に見ています」

「おお、君から見たら、そう見えるのか……私は仕事なら良いが、女性に関しては、自分に自信がないんだ……」

「大丈夫です! 自信を持って下さい! どちらにしても、ドミニク課長とは、じっくり話した方が良いです」

「そうか……そうだよなぁ……」

「ええ、俺は当事者じゃないから、あまりいい加減な事は言えませんが……部長の好きだという、真剣な気持ちを、思い切りぶつけた方が良いですよ」

「……そうか、でもどうして? 君はそこまで、親身になってくれるのかい?」

「実は部長の事……俺の兄貴だったら良いなぁ、と思うくらいですから放っておけません」

 この物言いは、ちょっとだけ、計算づく。

 ここは、父親だったらと言うより……
 「兄貴!」と言った方が、バジル部長も気分が良いだろうって。
 案の定、部長ったら、満面の笑みを見せている。

「ありがとう! 私も君が、実の弟だったらと思うよ」

「いえいえ、こちらこそ、弟だなんて、ありがとうございます!」

「うん、弟の言う事なら、間違いない。確かにそうだ!」

「ですよ! 行きましょう、思いっきり!」

「うん! 君の言う通りだ。ずうっとうじうじしていても駄目だし、優柔不断が原因で、万が一ドミニクに嫌われたら……私はもう立ち直れない。ここはど~んと彼女へ告白してみるよ」

 部長は、気持ちを固めたみたい。
 でも、万が一、って事もある。
 俺のヘタレ病が、発病した。

「えっと、もし駄目でも、一応、自己責任でお願いします」

「あはははは、分かっているって」

 結局は、チキンな俺を見て、怒らず……
 逆に、屈託なく笑うバジル部長。
 そんな部長を、俺は「絶対に応援しよう!」という気持ちになった。

 と、その時。

「伯父様! お料理を、お持ちしました」

 鈴を転がすような可愛い声。
 え?
 この声って……何か、聞き覚えがある?
 いや、聞き覚えがあるどころじゃない。
 あの子に、そ、そっくりだ!

 だけど俺の視線の先には……知らない女子が居た。
 バジル部長の身内らしい子が、料理を盛った皿を持ち、立っていたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み