第4話 「俺は……魔法鑑定士」

文字数 2,631文字

 相変わらず、ノックの音は続いている……
 
 そのうちに、若い男の声も聞えて来た。
 何故か、聞き覚えのある声だった。
 
「お~い! 先輩~っ! また寝坊っすか。早く行かないとドミニク課長に怒られますよっ」

 ドミニク課長?
 はぁ?
 ドミニク課長って……ダレだっけ?

「開けますよっ!」

 がちゃり!
 
 扉が開けられた。
 開錠の魔法で、勝手に開けられた。
 失礼な奴だ。
 
 もう!
 何なんだよ。

「ま~だ寝巻きのままっすか? 早く着替えて下さいよぉ」
 
 顔をのぞかせたのは、オトボケ顔の金髪巻き毛。
 瞳だけは綺麗な碧眼だが、鼻は低く、唇は厚い。
 お世辞にも、イケメンとはいえない顔。

 ああ、思い出した……
 コイツは……俺の2年後輩。
 魔法鑑定士リュカ・アルノー。
 
 俺が去年の秋に合コン、つまりこの世界でいう自由お見合いで、結構可愛い彼女を世話してやったんだっけ。
 結局はリュカの奴、その子とは、今年の春に別れてしまったけど。
 
 それ以来、こいつは俺に恩を感じて、いろいろ世話を焼いてくれる。
 本音は……
 俺をまた上手く使って、次の彼女をゲットしたい……
 と、いうところだろう。

 そして俺の記憶が、不思議な感覚で、また、どこかへと接続された。
 
 そう!
 はっきりと思い出した。
 俺はこのリュカと同じ、B級魔法鑑定士クリストフ・レーヌ、25歳。
 ヴァレンタイン王国王都、セントヘレナ商業ギルドの所属だ。
 元はレーヌという、騎士爵家の次男坊だったけど……
 魔法の才能があったので、騎士の道には進まなかった。

 ああ、何だ、コレ?
 混乱して来たぞ。
 だけど、俺の頭の中には、ふたりの人間の記憶がしっかりある。
 大門寺トオルと、クリストフ・レーヌの記憶が、だ。

 俺は、頬をつねってみた。
 
 うわ!
 痛い!
 やっぱり、これは現実だ。
 しかしこんな設定、断じて日本ではありえない。
 
 不慮の事故で死んで、異世界転生……
 ってのは、ラノベでは良く読むが……
 
 寝て起きたら、単に違う世界に、別人格で居るだけ……
 神様のチート能力的な加護は勿論、お約束のお告げとやらさえもなかった。
 
 何かの原因で、俺は死んだのか?
 それとも、意識だけこのクリストフへ移されたのか?
 全然、分からない。

 異世界転生? 異世界転移?
 どっちにしたってそんなのない!
 凄く理不尽だ!
 俺の幸福を、返してくれっ!

 いつの間にか……
 俺は、声を大にして、不満を言っていたらしい。
 
 リュカの奴が、呆れたように見つめている。

「先輩! 日頃から、独り言と妄想癖が酷いって、思っていましたけど……今朝は、特に酷いっすよ……」

 うるさい、リュカ、黙れ!
 妄想じゃあ、ないんだよ。

 ああ、そうか……やっぱり、これは現実なのだ。
 何となく分かる……俺はもう、元の世界へは帰れないって。

 「はぁ」と溜息をつき、俺は、何故か納得すると……
 「ああ、今夜は……特別なイベントがあったっけ」と思い出し……
 ちょっと良さげな、お出かけ用の法衣(ローブ)へ、着替え始めたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 部屋から出た俺は……
 定時の出勤ということで、王都の街中をリュカと歩いている。
 改めて見れば……
 リュカの法衣も、いつもよりは、ずっとお洒落だ。

「クリス先輩! 今日という日を! 前からず~っと楽しみにしていましたっ! 僕、絶対に彼女を作りますよっ! 以前付き合っていた子よりも、ず~っと可愛い子をね」

「ふう~ん、そうかよ……」

 俺が気の無い返事をすると、リュカは怒った。
 どこかの、美少女の真似をして、口を尖らせる。
 まるで、アヒルのように。
 
 やめろって!
 お前が、それやっても、まったく可愛くない。
 頬を膨らませ、口を尖らせるツンデレポーズは……
 可愛い美少女だけに許される、特権の表情なのだ。

 そんな俺の気持ちも伝わらず、
 リュカの奴は、何と!
 俺に対し、説教を始めた。
 
「何か、ノリが悪いっすね。そもそも先輩は、女性のタイプや性格にこだわり過ぎますよぉ」

「…………」

「結婚を前提に、真剣に付き合うタイプじゃないと駄目なんて! 話して相性が合えば良いじゃないっすか。そんなの今時、流行(はや)らないっす」

 もう、朝から、うるさいな、こいつ。
 今時、流行らない、か……
 
 ああ、そうだ。
 
 俺が憑依した? クリスの記憶によれば……
 去年の春、このヴァレンタイン王国国王の、弟であらせられるフィリップ殿下が結婚した。
 それも、平民の娘と結婚したんだ。
 
 これを機に、身分の差を考えないで、自由に交際して……
 簡単に別れて、気が向けば結婚するって風潮が、王国内で広まったんだ。

 まず、その影響は、貴族階級から始まった。
 それまでは幼い頃に許婚(いいなずけ)として、親からは、がっつり決められていた結婚が、急に様変わりし始めたのだ。
 フィリップ殿下の結婚に次いで、上級貴族の子弟達がすぐに行動を起こしたのである。
 
 彼等、彼女達はいざとなれば家を継がないと脅した。
 そして、親の決めた婚約を容赦なく解消させ、代わりに自由恋愛を謳歌しだした。
 その出会いの手段として発達して行ったのが自由お見合い……
 いわゆる合コンである。
 
 誰か知人同士という、幹事を軸にした飲み会。
 という名の、実は結婚相手探し。
 
 とりあえず色々な人と知り合いたいという趣旨の、この『自由お見合い』は爆発的に流行った。
 貴族から始まった恋愛事情革命も、今や全ての身分に広がり、恋愛、結婚に関してのみ……身分制度は崩壊したのである。
 
 そんなわけで自由お見合いは、どんどん進化して行った。
 最初は単なる知人、職場繋がりから、最近は同じ趣味を持つ者同士で語り合う!
 現在は、そのような飲み会が増えているのだ。

 そして俺、クリストフ・レーヌ。
 こちらの世界でも、彼女居ない歴8年は、全く同じ……
 
 前世の大門寺トオルが知らない、この剣と魔法の異世界でも……
 相変わらず、
『世話好きの男魔法使い』として、しっかり、同じ立ち位置を確立していたのである。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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