第20話「将軍、作戦開始です!」

文字数 2,712文字

 万力のように、俺を抱き締めていたジェロームさんは……
 5分ほど、そのままだったが……
 さすがに、解放してくれた。

 息が苦しかった俺が、噛みながら尋ねる。

「はぁ、はぁ、はぁ……で、で、では! お、俺が、ジェローム将軍の軍師、もしくは参謀ということで……良いですね?」

「おお! 良いぞ! 今夜の、『巫女攻略作戦』……成功は、軍師である、お前の指示にかかっている」

 あれ?
 ジェロームさん……『巫女攻略作戦』って……
 おお、機嫌が完全に直ってる。
 ああ、良かった。
 それどころか、もうノリノリである。
 
 ジェロ―ムさんと、意気投合して色々と話すと……
 真面目なのは分かっていたけれど、結構ユーモアもあって、案外良い人だって分かった。
 
 同じ甘党同士という事で、趣味も合いそうだしね。
 これなら、親しい先輩になってくれるかもしれない。
 合コンでは、こういう意外な出会いもある。
 
 そして、こんな時は、素直に告げておいた方が良い。
 俺がさりげなく、「真向かいのリンちゃんが気に入った」と伝えたら、ジェロームさんは、協力しようと返してくれた。

 これで良し!
 多分、誠実なジェロームさんは、裏切らないだろう。
 リュカが気にはなるが、リンちゃんは身持ちが堅いし、俺ひと筋……
 とりあえず、今夜は上手く行きそうだ。

「ただいま、戻りました!」

「おう! 戻ったよ!」

 俺とジェロームさんは、大きな声で帰還宣言をして、元の席に座る。

「お帰りなさい~! 待ってたわ」

 おお、リンちゃんたら、
 気を利かせて、嬉しい事を言ってくれる。
 爽やかな、笑顔も眩しい。
 
 「ええっと、他のメンツは?」と、俺が見れば……

 巫女側の幹事役……シュザンヌさんは、少しつまらなそうだ。
 多分、エール飲みを断わった、ジェロームさんのせいだろう。
 このままではでは、彼女も可哀そうだから、ケアしないと、いけない。
 
 そして……
 ジャンさんとジョルジェットさんは、相変わらず『ふたりきりの世界』に入っているし。

 ぶっちぎりで不機嫌MAXなのが、好みではないリュカの相手をずっとしているステファニーちゃんだ。
 そのリュカは必死だけど、顔には少々の疲れと、大きな焦りが見えている。

 場の空気が、少し……澱んで(・・・)いる。
 ちょっとだけ、流れを変える必要がありそうだ。

 そうだ!
 最初に決めたルール通り、時計回りで席替えをするのが良い。
 
 愛するリンちゃんと、離れるのは、正直辛いが……
 根回しをしたし、リンちゃん対策は大丈夫。
 真面目で、義理堅いジェロームさんは、逆に俺をフォローしてくれるかも。
 
 よし、決めた。
 それしか方法は、ないだろう。

「ええと……そろそろ席替えを……」

 司会進行役の俺が、そう言った瞬間。

 どかんっ!
 ミシッ!

「わっ!」
「ああっ!」
「きゃっ!」

 誰かが、床を思い切り踏んだ。
 
 びびって、音がした方を、そうっと見れば……
 ジャンさんの傍の、床が壊れていた。
 迷宮の古い敷石に、大きな亀裂が入っている。
 
 おお!
 何という、パワー。
 さすが、赤い流星。
 戦いと恋のパワーは共に、常人の10倍らしい……

 しかしジャンさん本人は、視線をこちらへ動かさず、ジョルジェットさんをじっと見つめたままだ。

 おお!
 凄い集中力である。
 さすがは、赤い流星!

 し、しかし、このデモンストレーションは?
 どのような意味があるのだろう?

 暫し、考え、俺にはピンと来た。
 
 そうか、分かったぞ。
 まだ、席順を動かすな! 
 そういう指示……ですよね!
 
 ジャンさん、了解です!
 合コンって、全てにおいて、臨機応変ですよね?

 雰囲気が、凄く微妙だが……
 気を取り直して、仕切り直しだ!

 でも、さすがだ。
 ジャンさんは、この微妙な状態を放置しなかった。
 結局、「あと10分、席を現状のままで」と、自身の口から延長申し入れがあったのだ。
 
 そうか……
 あと、僅か10分だけあれば……
 「標的の、ジョルジェットさんを、確実に落とすよ」という意味だろう。
  
 ここで、ジャンさんの『意向』を、ジェロームさんへは伝えておく事にした。
 
 さすがに、分かってはいるだろうが……
 戦いとは違い、恋に関しては、経験値が絶対的に少ない、真面目過ぎるジェロームさんだ。  
 常に、俺は万全を期す。
 ただ、声が大きくなってはまずい。
 なので、小声で話すようにも言う。

「ジェローム将軍、ジャン参謀長の目標は……ジョルジェットさんです」

「ふうむ、我が軍師よ……敢えて言えば、あのジョルジェットという娘の優先交渉権は、この会の発案者であるジャンの既得権……という事だな」

 優先交渉権?
 既得権?

 何か、表現が凄い……
 でも、当たってるし、そういう事。
 さすが、ジェロームさんは上級貴族。
 女子への接し方はともかく、このような話の理解は素早い。

 まあ、良い。
 『軍師』の俺も愚図愚図せず、早速、作戦開始だ。
 
 さあ、話題を変えよう。
 ジェロームさんが……
 つまり『将軍』が得意にしている、あのネタを振らないと!

 俺は、場の空気を和らげる為、またもおどけた表情を見せる。

「シュザンヌさん! フルールさん! お菓子は好き?」

「大好き!」

「超好き!」

 やっぱりだ。
 女性で、お菓子が嫌いな人は見た事がない。
 
 ふたりとも、満面の笑みで応えてくれた。
 良いぞ!
 会話が、少しずつ、盛り上がって来た。

 よっし、ここはジェロームさんの為に、更なるフォローだ。
 話題を、シュザンヌさんへ振ろう。
 
「シュザンヌさんは、お菓子とか、ご自分で作ったりするのですか?」

「ええっと、私は、あまり……」

 俺の質問に対し、シュザンヌさんが、極端にトーンダウンしてしまう。
 彼女はあまり、料理やお菓子つくりが得意ではないらしい。

 おお、これは凄いチャンスだ。
 俺は、ジェロームさんに囁いた。

「チャンスです、ジェローム将軍、作戦開始です。シュザンヌさんが、お菓子の事で困っていますよ。女性に、優しくするのが騎士の本分でしょう?」
 
「おお、クリストフ。我が軍師よ、ナイスフォローだ、作戦を開始しよう」

 ジェロームさんは笑顔で頷くと、シュザンヌさんへ、大きな身振りで話しかけたのである。
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登場人物紹介

☆大門寺トオル(俺)※転生前

本作の主人公。ブラック企業勤務のリーマン。25歳。独身。彼女いない歴8年。

あだ名は『愛の伝道師』

飲み会に参加するとカップル成立率が抜群に上がるのと、恋愛世話好きな為、周囲から重宝がられる。

しかし、遂に自分の幸せを追い求めようと決意。

人生通算100回目の合コンで、運命の女性? 相坂リンと出会い、デートをするが……



☆クリストフ・レーヌ(俺)※転生後の大門寺トオル

愛称はクリス。ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

25歳。彼女なし。

元は、完全な別人格だが、大門寺トオルの人格が憑依。

恋愛世話好きなキャラは全く同じ。


☆相坂リン

某大病院勤務の看護師。24歳。独身。

優しい性格で、癒し笑顔が特徴の美人。トオルの事を友人から聞き、合コンで意気投合した。


☆リュカ・アルノー

ヴァレンタイン王国商業ギルド魔法鑑定課所属の魔法鑑定士。

クリスの後輩で23歳、独身。

面倒見の良いクリスにくっつき、可愛い彼女を作ろうと画策中。

☆ドミニク・イベール

ヴァレンタイン王国商業ギルド所属の魔法鑑定士。

クリスとリュカの上司で魔法鑑定課課長。35歳。独身。

結構なストレスを抱えているらしく、いつもクリスとリュカを怒鳴り散らしている。

☆バジル・ケーリオ

ヴァレンタイン王国冒険者ギルド総務部部長。51歳。独身。

クリスの出向先である冒険者ギルドでの上司。温厚で真面目な性格。

☆フルール・ボードレール

バジル部長の姪。創世神教会勤務の巫女で治癒士。24歳。独身。

目鼻立ちの、はっきりした端麗な美人。

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