第1話  その夏

文字数 560文字

8月

樹と融は珠衣に来ていた。

樹は庭先で星空を見ていた。
足元には伊刀が寝そべっている。
空には溢れんばかりの光が瞬いていた。

樹の耳に「ことこと」と言うストックの音が蘇って来る。
「怖い位の星空って本当にあるのね」
震えながら思わず漏らした自分の言葉。

「本当に吸い込まれそうな星空だ」
そう言った由瑞の声も。

あの日。
連休の木曜日。
午後から由瑞と海に出掛けた。
海で夕焼けを見て、その帰り道、山の見晴らし台で、車を停めて星空を眺めた。

小さなスペースで他に車は無かった。
樹は車を降りて、目の前に広がる星空に圧倒された。
恐ろしい程の星の数だった。
無数の星が我先にダイヤモンドの光を放つ。暗い空は星で覆い尽くされていた。
途端に鳥肌が立ってぶるりと震えた。思わず、由瑞の腕にしがみ付いた。


樹は目を閉じた。
「由瑞さん・・・元気かな・・」
無意識に呟いた。
伊刀の耳がピクリと動く。

獅子座か・・・。融君と一緒だな。

「樹」
融の声がして、樹は振り向いた。

「星を見ているの?」
「うん」
暫し、二人で星空を見上げる。

「東京ではこんな綺麗な星空は見る事ができないね」
樹は言った。
伊刀は伏せたまま片目を開けて二人を見る。

「家に入ろう。ほら、こんなに肌が冷たくなっている。夜は冷えるから」
そう言って樹の肩を抱く。
寄り添って家に向かう二人の後ろ姿を伊刀はじっと見ていた。




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