第14話  奥の院 2 

文字数 1,349文字

ぎいい・・ぎい・・と遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
樹は空を見上げる。覆い被さるように生えた樹木が邪魔をして空が見えない。
風が出て来たのか、木々がゆらゆらと揺れた。

結構な急斜面だ。
「凄い道だね」
小夜子は頷く。
彼女は妊婦なのにすたすたと歩く。樹はぜいぜいと息を切らしながらそれに続く。
あちこちに石仏が置かれていた。
森の中に。
得体の知れない神様や崩れかけた行者の像。
それがちょっと怖かった。

しばらく歩いて、視界が開ける。
見慣れた池の畔に辿り着いた。

樹はほっとした。


胸いっぱいに空気を吸い込む。
「うーん。いい空気。すごく爽やか」
樹は言った。
小夜子は短く「ピィ」と口笛を吹く。そして池の近くに樹を誘う。

また風が吹く。
そわりと木々が揺れた。

崖から落ちる水音だけが聞こえた。
静かだなあ・・樹は思う。
家の周りであんなに鳴いていた蝉の声が聞こえない事に気が付いた。
蝉はどうした?

水辺に寄ってみた。
ん・・?水が青い?

樹は空を見上げる。
日が陰ったのだろうか?空気が青っぽく見える。まだ夕方には早いのに・・・。
小夜子を見る。

「小夜子さん。天気が悪くなるのかしら・・。洗濯物を取り込まないと」
「ああ。そうだ。でも、それは史有がきっとやってくれる」

少し肌寒くなってきた。樹はぶるりと震えた。
「寒い。・・何で?さっきまで暑かったのに」

「これで樹さんも本当に赤津の家の一員だ。ここに来ることが出来たから。樹さん、気分はどう?気分は悪くない?」
そう言って尋ねた小夜子の瞳が一瞬紫色に見えた。
「?」
樹は目を擦る。
「樹さん?」
「気分?いや、全然。ちょっと寒いなって思ったけれど。日が陰っていい感じよね。日本は暑過ぎだっつーの」
樹はにこにこと笑って答えた。

二人は並んで座る。
「ふふふ。じゃあ、あの池の社に向かって・・」
小夜子は池の真ん中の社を指差した。
「社・・ん?あれ?黒い?」
樹は社をまじまじと眺める。
「白だったよねえ・・・。」
首を傾げる。
「小夜子さん。あの社って、黒いですか?どうも黒に見えるのですが・・・」
樹がそう言った時、池にさざ波が立った。
樹は池を見詰める。

空気がもっと冷たくなる。
青の帳が落ちて来る。
樹はぶるりと震える。両腕で自分の体を抱く。
と、何かの白い背中が見えた。それが3つ。
まだ小さい。

それが水からちょろちょろと上がって来る。
そして水際から真っ直ぐに小夜子の足元までやって来る。
小夜子はその手を差し出す。
大きさは子犬程度。
まだまだ、先代のウタには遠く及ばない。

「よしよし。今度は迷わないで来れたな」
小夜子は笑う。
樹は驚く。
「こんなに大きくなったの?」
「樹さん。手を出してみて」
樹は恐る恐る手を差し出す。
その手にオオサンショウウオを載せる。3匹を次々に載せる。
樹の手から降りたそれは、樹の膝に這い上がる。
小夜子は笑った。
「これでもうウタは樹さんの匂いを覚えた」

小夜子はその濡れた皮膚に触れる。一匹が小夜子の体に這い上がる。
小夜子はそっと掴んで土の上に置く。
頭に指を置く。それはじっとして動かない。

「ウタ。この人は樹さんだ。融の奥様だよ。お前達を探し出してくれた人だ。言うなれば・・
お前たちの親みたいな人だ」
そう言うと小夜子は笑った。
「親は大げさ」
樹もそう言って笑った。


「小夜子!」
融の声だ。
二人は森を見る。
融は走って来た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み