第7話  新しい5月 2

文字数 1,468文字

「そう言えば、由瑞。お母様が由瑞にぴったりな女性がいるから、一度会ってみませんか?って仰っていたわよ」
蘇芳は由瑞を見た。
「今の俺の話、聞いてた?仕事に専念するって言ったばかりだ」
由瑞はそう返した。
蘇芳は由瑞を見詰める。

そしてため息を付いて言った。
「はいはい。分かりました。まだ当分無理という事で。お母様にも伝えて置くわ。この、ヘタレ野郎」
由瑞はくすりと笑う。
「俺もそう思うよ。・・・まあ、時が経てば忘れるから」
そう言ってグラスに口を付ける。チーズを一つ取るとそれを口の中に放り込んだ。

新芽に彩られた山々には白い花が咲いている。
あれは山桜か?それともソメイヨシノか?
そろそろ吉野も満開になるだろう。


「でも、ネットワークの人なら安心よ。お父様も雄一郎さんもそうだから、私達の事はよく知っているし・・」
蘇芳は続ける。


「雄一郎さんとはどう?」
由瑞は蘇芳に聞いた。
「浮気は出来ないなって笑っていたわ」
「凄いな。君と夫婦なんて。俺には無理だな」
「うるさいわね。覗かないのがルールなのよ。
私だって、出来るだけ見ない様にしている。でも、長く一緒にいるとそれにも慣れるわ。逆に会社の相談事もいちいち細かく説明しなくて済むとか、言っているし。頭に思い浮かべて、だから君だったらどう思うか参考までに聞かしてくれとか言って。寧ろ時短になるって言っているわ」
蘇芳は笑った。
「母も私も経営者のアドバイザーでもあるから」
「時短ねえ・・・義兄さんらしい」
由瑞も笑う。

「それでもきっと子供が生まれたら大変だと思う。知っていても。・・・きっとショックだと思うわ」
蘇芳は自分のお腹を撫でながら、言った。

「アヌビスの呪い」
蘇芳は言った。

私達の子供は幼い時に狩りをする。ほんの一時期。
結婚して子供が生まれれば、隠しようがない。

大満月の夜に子供は人気(ひとけ)の無い深い山の中に連れて行かれる。
そこで子供は狩りをする。

その時期を無事にやり過ごしてしまえば、何とかなる。並外れた力と身体能力さえ、コントロール出来れば。


ネットワークの人間はそれを知っている。けれど、もしもそうでない人間を好きになってしまったら、それは大変な事になる。
相手を諦めるか、とことん愛して取り込むか。それでもいいと思える程に。
それとも子供を諦めるか・・。

自分達の子供は、実は月夜に獣を狩るのだと。
それを相手にどう伝えるか。
どう納得させるか。

連れ添った相手が秘密を守れない人間だったら、それは消すしかない。理由は何でもいい。事故でも病気でも。自殺でも。

「ネットワークの人間だって大変なんだから、それ以外の人を好きになったりしたら、それこそ命懸けよね。自分も恋人も。・・・史有は狩りの期間が長くて、ずっと大峰に預けられていたわね。私もあなたも7つか8つには落ち着いていたと思うけれど」
蘇芳はそう言った。


「史有はラッキーだったわ。赤津家も訳アリの家だから・・。あそこはあそこで、『狩り』位、何でもないわよ。そんなの。でも樹さんはどうだったかしら?
彼女に耐えられる?由瑞。あなたはその自信があったのかしら?」
蘇芳は由瑞をじっと見る。
「馬鹿な。止めてくれないか?蘇芳。そんな無意味な話。無意味過ぎる。もういい加減にしてくれ。しつこい。二度と彼女の名前を口にするな」
由瑞は蘇芳を冷たく見返す。
「折角楽しく飲んでいたのに。君と話をしているとビールが不味くなる。俺は部屋で飲むから」
由瑞はそう言ってグラスを持って行ってしまった。
蘇芳はその後姿を見送る。
「朱華の時も長かったから、今度も長いわね・・・はあ・・」
ため息を付いてそう呟いた。

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