第4話  あれから  12月

文字数 1,677文字

街に定番のクリスマスソングが流れる。
そんな金曜日の夕方。

渋谷は、高校生や大学生、仕事帰りのサラリーマンやOL、これから遊びに行く人達で混雑していた。
その中を由瑞は今井(うらら)と並んで歩いた。

麗と由瑞の身長差は10センチも無い。それでヒールの高い靴を履いているからほぼ一緒と言っていい位だ。
足が長くてスレンダーな体に柔らかいベージュのコート。
髪は明るい色に染めて緩くまとめてある。

由瑞は麗を見る。
「今日は何だか雰囲気が違う」
麗は由瑞を見返す。
「髪を染めたからじゃないかしら?」
「ふうん・・・」
「・・どうでもいいって感じね」
麗が笑う。
「いや。そんな事はない」
由瑞はそう言う。

「会社だって綺麗にして行っているでしょう?・・・・あなたを連れて歩くのが楽しみなのに
以前のままじゃ、あまりにも釣り合わないから。ちゃんと気が付いているかしら?・・・まあ、どちらかと言うと私はあちらが地なんだけれど。それに、職場には仕事以外何も求めていないしね」
麗は言った。
「西田さんが驚いていたよ。別人だって」
由瑞は笑って返す。


「何がいい?」
由瑞は聞いた。
「何でもいいけれど・・・中華かしら」
麗は答える。
「また、中華?」
そう言って由瑞は、はたと立ち止まった。

向こうから来るのは・・・。

夕方の雑踏に紛れて渋谷の駅を歩いてきた樹はふと前にいるカップルに気が付いた。
愕然とした。

多くの人の流れの中で由瑞と樹は立ち止まって見詰め合った。
麗は二人の顔を代わる代わる見詰めた。
「由瑞・・・」

由瑞は麗の顔を見ると言った。
「麗。先に行っていて」
麗は頷いた。
樹をちらりと見るとそのまま先に行く。
樹は由瑞を見詰めたままだ。

若いサラリーマンが樹の肩にぶつかって行った。
男は舌打ちをする。
「あっ・・済みません」
樹は頭を下げる。


由瑞は樹の腕を掴むと道の端に寄った。
そのまま樹を見詰める。
樹は口をぽかんと開けたまま由瑞を見る。


由瑞のその視線が緩んだ。
「・・・元気そうだね」
由瑞はそう言った。
家が近いから偶然に会う事もあるだろうと、そうは思っていた。
見掛ける事だって有るだろうと。
だが、まさかこんなピンポイントで出会うとは思ってもいなかった。それも渋谷で、こんなに沢山の人がいるのに・・・。

「・・・由瑞さんも」
樹は言った。
口がからからに乾いた感じがして唾をごくりと飲む。


由瑞は視線を上げると少し先の壁際でスマホを見ている麗を見た。
そしてまた視線を樹に戻した。

「あの・・」
樹が口を開くと、それに被せる様に由瑞は言った。
「樹さん。・・・君が元気そうで良かった。・・・聞いて。君も俺も東京にいる。だから、こんな風にばったり出会う事もあるだろう。いや、滅多に無いが、これからもあるかも知れない。

俺と君はもう他人だ。だから、これからはどこで見かけても知らぬ振りをしてくれないか?勿論挨拶も要らない。目も合わせないで欲しい。見知らぬ他人として・・・・そうしてくれないか?俺もそうするから」
樹は由瑞を見詰めた。
そして目を伏せた。
「・・当然ですよね。・・ごめ・・」
「謝らなくていい」
由瑞は冷静な目で樹を見た。
「じゃ。そう言う事で」
由瑞はさっさと歩き出した。
その後ろ姿に樹は慌てて声を掛けた。
「由瑞さん。お元気で」
由瑞はふと立ち止まったが、そのまま振り返らずに歩く。
麗の傍に寄ると
「お待たせ」と声を掛けた。
樹はその姿を見送る。
由瑞は麗の背中に手を回して黙って歩く。
麗は由瑞を見る。
そして後ろを振り返る。

樹の後ろ姿が見えた。

「もう行ったわよ」
麗は由瑞に囁いた。
「いいから。このまま」
由瑞はそのまま歩く。


「彼女が樹さんなのね」
麗が言った。
由瑞はぎょっとする。
立ち止まって麗の顔を見る。
「どうして・・・」
麗は笑って由瑞の腕を引いた。
「だって、あなた、寝言で彼女の名前を呟いていたわよ。何度か」

「・・マジで?」
由瑞は言った。
「マジで」
麗は返す。
二人は黙って歩く。


「彼女、可愛い人ね。ふふふ。私の好みだわ。私とあなたの趣味は似ているのかしら?・・今度、三人で楽しむって言うのはどうかしら?」
麗は流し目で由瑞を見る。

「馬鹿か」
由瑞は呆れてそう言った。
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