第2話  あれから  由瑞

文字数 734文字

由瑞は校門に立って、懐かしい校舎を眺めていた。
自分のいた教室。
そして書道教室。
書道教室に明かりが灯っていた。
カーテンの向こうで動いている人影を見て微笑む。

もう退勤時間を過ぎたから生徒達はいない。
校門からの花壇には紫陽花の葉が茂っていた。
端にコスモスが揺れている。
それに手を翳しながら歩いて行く。
コスモスの花が次々に掌に触れる。

主事室で受付をする。
菊池さんが驚いた顔をする。
「佐伯先生!いや、これは驚いた。お久しぶりです」
由瑞は懐かしい気持ちで一杯になる。
「ご無沙汰しています。菊池さん。お元気そうで何よりです」
そう言いながら受付名簿に名前を書く。
「おや、宇田先生にお会いに?」
「そうです。ちょっとお渡ししたいものがあって。仕事で東京に来たので、ついでに寄って渡していこうかと思いまして・・」
「そうですか。いや、皆さんびっくりすると思いますよ。先に職員室に寄られますか?」
「後で寄ります。じゃあちょっと書道教室へ先に行きますね」
「分かりました」

由瑞は階段を二段飛ばしに上がって行く。
途中の踊り場で何度も眺めた景色を見る。
何もかもが懐かしい。

書道教室の前で息を整える。
彼女はどんな顔をするだろうか・・・。
はやる気持ちを抑えてドアをノックする。
中から樹の声がする。
「はい」
由瑞はドアに手を掛けた。

部屋の中は無人だった。
ただクリーム色のカーテンが揺れていた。
見覚えのある机、それに戸棚・・。
由瑞は呆然として部屋の中を見詰めた。


由瑞はふと目が覚めた。
夢を見ていたのだ。
しんとした悲しみだけが心に残った。

あの学校。校庭。教室。・・・同僚の顔。職員室。生徒の顔。書道教室。そして樹・・。
夢の中で何度もあの学校を訪れる。彼女に会いに。または彼女を迎えに。

由瑞は体を丸めて、目を閉じた。




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