第9話  新しい5月 4 星空

文字数 990文字

由瑞は(うらら)の事を考えた。

麗は自分よりも6つ上だった。
友達としても、時にベッドを共にする女性としても彼女はとてもいい。
聡明で優しくてさっぱりした性格で。
何よりもあの声がいい。
ざっくばらんな様で本当は細やかな気遣いが出来る女性だ。
麗といると落ち着いた。
だが、心が疼く程の恋心を彼女に感じる事は無い。

ただ、その女性(ひと)に触れたい、その声を聞きたい、笑顔を見ていたい。
いっしょにいたい。その人の体温を感じていたい。

彼女の事を思うと切なくなる。
彼女が恋しい。
彼女を独占したい。
麗にそう感じる事は無かった。

それは病気に近いのでは、と麗に言われた。
自分でもそうだと思った。
確かに病気みたいな恋だ。
失恋の後遺症が酷い。
いつまでも尾を引いて。
これはいつか完治するのだろうか?


由瑞は満天の星空を思い描いた。
あれが麗とプライベートで逢った最後の日になった。

3月に入ってすぐの日曜日。
麗と湖を見に出かけた。日光へ。
中禅寺湖は凍っていた。降り積もった雪がぐるりと岸に残る。
人は少なかった。
静かだった。
何もかもが白く凍っていた。


その帰りに見晴台で星を見た。
車は数台停まっていた。
「カップルが星を見に来ているんだ」
由瑞はそう言った。
「わざわざこんな所まで?」
麗は笑った。


車から降りて外に出ると、一面の星空が広がっていた。
麗はぶるりと震えた。
寒さで震えたのか、それとも恐怖で震えたのか分からなかった。
思わず自分の胸を抱いた。

「寒い・・。でも、怖いほどの星空って本当にあるのね」
由瑞はふと麗を見詰めた。
「?」
「何かしら?」

由瑞は頭を軽く振った。
「軽いデジャブだ」
そう呟いた。

「彼女と二人で星を見たんだ。海に行った帰りに。あれは五月だった。」
「樹さんと・・?どこで見たの?」
「千葉だったかな・・。もう道も覚えていない。帰り道の山の見晴らしで。・・・今日と同じような満天の星空だった」
由瑞は空を見上げた。



「寒いな。車に入ろう」
由瑞と麗は車に入るとシートを倒して、上着を体に掛けた。窓を開けて星を眺める。
冷気が忍び込む。

エンジンもライトも切ってある。
静かだ。
由瑞は話し始めた。
「山の上の駐車場には俺達しかいなかった。遠く山の向こうには街の光が見えた。
俺達は縁石に座って星を眺めた。確かに、怖しいほどの星の数だった。全ての星が我先に瞬いて・・・・彼女は怖がっていた。『恐い程の星空って本当に有るのね』って。さっきの君の様に・・」



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