第16話  奥の院 4

文字数 1,213文字

小夜子は一方的に樹を連れ去った融を呆然と見送った。

「何なんだ。あいつは。突然キレて・・・・何であんなに怒っているんだ?意味不明だ」
ぶつぶつとそう言うと一人、池に向き直る。

しばらく池を眺めていたが、くすりと笑った。
両腕を後ろに付いて空を見上げる。
「赤津の人間のくせに・・・」
そう呟いた。

青い世界でぽつりと座る。

「伯母様。そこにいらっしゃいますか・・・?」
小夜子は声に出して呼びかける。

「ふふふ。融は幸せ一杯です。あなたが望まれた様に・・・良かった」
返って来る言葉はない。
小夜子は池に向かって独り言を続ける。


「伯母様。・・・だから、もう母を許してくれますか?」
小夜子は言葉を切る。

「伯母様。・・・怜はもう私と逢う事も叶いません。・・・伯母様。だから、もう、怜と母を…・いや、母を許してくれますか?

あなたが何を望んだのか私には分かりません。

どちらにしろ、怜はもういない。そして融は赤津とは違う世界の女性を選び、そして幸せです。・・だから・・・もう母を・・・そして怜を・・・私を、許してくれますか?」



「サヨちゃん」
史有の声がした。
小夜子は振り返る。
史有はウタを見る。
「また、出て来たのか。お前ら。ちょっとは大きくなったかな」

史有は小夜子の手を取った。
「べたべただよ。ウタを触るから。サヨちゃん。ご飯が出来たよ。帰ろう。もう樹さんと融さんが並べている」
小夜子は池の水で手を洗う。
それを自分の服で拭く。

「そうやるから、服にウタの匂いが染みつくんだよ。勘弁してよ。俺の服もウタ臭くなる」
「いや、ウタが上って来た」
「それ、俺のと別にして洗ってよ」
史有は言った。
「匂う?分からないけれど」
「俺、鼻は敏感だから」
史有は笑った。
史有は小夜子の手を取る。
小夜子は史有を見上げる。
「後で石鹸で洗うからいい」
史有は微笑む。


歩きながら史有は聞いた。
「今日は怜さんに何を話したの?」

「いいや・・。今日は、伯母様に呼び掛けていた」
小夜子は答えた。
「融さんのお母さん?」
「そう。とても強くて、とても優しい人だった」
小夜子は答えた。

「史有。私は今、すごく幸せだ。それは史有のお陰だよ。私は史有に感謝している。そしてすごく愛しているよ」
小夜子は史有を見て言った。

史有は笑って小夜子の髪に口付けて言った。
「俺もすごく幸せだよ。サヨちゃんと一緒に暮らしている今が俺の人生の中で一番幸せだ。もうすぐ子供も生まれるし。すごく楽しみだよ。俺は頑張って仕事をするから」


寄り添って森の中に消えて行く二人を3匹のウタは見送った。
その中の一匹が大きな口をぱくりと開けると何かを飲み込んだ。
他の二匹も口を開ける。

そうやって暫く口を開けたり閉じたりしていたが、ちょろちょろと池に戻ると深い水の中に帰って行った。

ウタが消えて辺りの青も消えて行った。
水は動かない。
空には美しい夕焼けが広がる。

透明な水は夕焼け空を映した。
鏡の様な水面に映る夕焼けは、空と同じ無限の深さを持っているように思えた。
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