2-9 八方塞がり
文字数 2,440文字
「お待たせしました」
仙台駅のステンドグラス前といえば、仙台市民定番の待ち合わせ場所だ。土曜日の昼時ともなれば人がごった返しており、待ち人を探すのにはいささか骨が折れる。
だが、彼は『着いたよ』と連絡を入れてから、ものの数秒で夏波の目の前に現れた。
「こんにちは」
厚手のマフラーにマスク、それから帽子を目深に被った美月幸平は、ひらりと夏波に片手を振る。
「なんだかあったかそうですね」
「そういう夏波さんは、とっても寒そうだなぁ」
対する夏波はスキニーズボンとシャツの上からコートを羽織った格好で、確かにミツキの横に並ぶと少し寒々しく見える。
二人で軽く笑った後、ミツキが「さて」と切り出した。
「じゃぁ、行こうか」
ニコリ、と僅かに見えている目が細まる。夏波は表情を固くして、こくりと一つ頷いた。
「“神隠し”が起こったのは、定禅寺通りの交差点です」
歩いて二十分、と言ったところだろうか。地下鉄に乗ると早いのでミツキに提案してみたが、彼は「夏波さんとお話しながら歩きたいです」とまたストレートで死球 を狙いに来た。油断も隙もありはしない。
「あの……」
その後もさんざ質問攻めを食らった夏波だったが、その間隙を縫って口を開いた。
「どうしました?」
嬉しそうに夏波の顔を覗き込むミツキ。肩を強張らせ、夏波は「前から気になってたんですけど」と前置きをしてから問いかけた。
「ミツキさんって、……なんで僕に声かけたんですか?」
改札前で声をかけられた時。最初、彼は奇妙な質問をしながら夏波に声をかけてきた。
何故夏波が多賀城に行くと思ったのかもそうだが、どうして声をかけたのかが未だに腑に落ちない。
夏波の自己評価は、容姿は並以下、性格も良くないし、何か特技がある訳でもない。その上で、悲しくなるほど自己肯定感が低い事だけは自覚があるのだ。負の面しかない人間のどこに魅力を感じたのか甚だ疑問だった。
しかし、
「運命を感じたからです」
ミツキは片手を軽く握って言い切る。
「運命って……」
『本当に言う人がいるんだ』と半ば他人事の感想が頭の中をうろついた。表情を取り繕う事を忘れて、思わず苦笑をこぼす。
「あ、信じてないですね?」
「えと……すみません……」
「あはは、謝らなくていいですよ。半分は冗談ですから」
「半分は本気と……」
「言語化できない部分もありますからね」
ミツキはあっさりと認めた。
「でもあの時、ボクが声をかけた時に、反応するのが当たり前、みたいな感じで振り向いたじゃないですか。それで、『あ、この人良い人なんだな』って思いました」
「そうですかね……、大抵の人は振り向くと思いますよ」
「いやいや、そんなこと無い無い」
アーケードを通り過ぎ、幅の広い横断歩道を渡る。土曜日ということもあってか、人通りは多い。
「それに、一目惚れなんで。顔ですね」
「僕、顔が一番自信ないですが……」
「それは色んな人に喧嘩売ってますねー。とっても可愛らしいですよ」
グサリ、と胸になにかが刺さる音。
おかしい。漫画やアニメなら、こういう台詞を言われたら胸が高鳴る物だと聞いていた。なのにどうしてこう、痛みを伴うような高鳴りなのだろうか。
「可愛い……ですか……」
胸に刺さった何かを吐き出すように呟く。
ふとミツキが笑顔をしまって、恐る恐る夏波を伺いみた。
「あの……何か気に触りましたか?」
「い、いえ!そういう訳じゃないです。嬉しい、というか、恥ずかしいですね、アハハ……」
この場に三科が居たとしたら『お前マジで取り繕うの下手くそな』と笑われているのだろう。
無論そんな言い方で俳優が誤魔化されるわけもなく、ミツキはやはり不安そうにしていた。いまさら笑顔を引っ込めるわけにもいかず、夏波は押し通す。
「ホントに、気にしないでください。言われ慣れてないだけなんです」
言われ慣れていないのは本当だ。手をぱたぱたと顔の横で往復させて夏波は何でもないとアピールを試みる。ミツキは慌てふためく夏波の様子が面白かったのか、とうとう吹き出した。
「やっぱり優しいですよね、夏波さん」
「う……」
それは純粋に恥ずかしい。動きを止めて俯きがちに歩いていると、うっかり前方から来る早足の男性と肩をぶつけてしまった。
「あ、すみませ……」
「チッ……」
相手から最大な舌打ちをかまされて、夏波の心がべコリと凹む。
こんな些細な事ですらしばらく気にかけてしまう、自分の弱さが恨めしい。
「大丈夫ですか……?」
「あ、はい、すみません。不注意で……」
ふと、ミツキの手が肩に触れていた。庇うように、守るように置かれていたその手を見て、胸がざわついた。
「あ、し、信号、渡っちゃいましょう!」
咄嗟にその手から抜け出して、夏波はチカチカと点滅し始めた横断歩道に逃げ込んだ。
――どうしよう
渡り終え、そしてミツキと二人何事もなかったかのように並んで歩く。
先程と同じように、を心がけた。ミツキが楽しげに話してくれるのに対し、応答する。けれど、心の中の自分が酷く落ち込んでいるのだ。
――僕、やっぱりダメなんだ
夏波は決してミツキが嫌いな訳ではなかった。けれど、彼に触れられるのは嫌だった。
不快――とも少し違う。そこにあるのは明確な恐怖だ。
恐ろしいのだ、触れられることが。
夏波には、自分の良さがわからない。だから今は好いてくれる相手でも、いつか愛想を尽かされるんじゃないかという恐怖から逃れることができない。
ひとりぼっちは怖い。見放されるのも怖い。でも、近付かれるのはもっと怖い。
無ければ無いで諦めがつくけれど、あったものがなくなるのには耐えきれない、といえばいいのだろうか。
――どうにもならない
八方塞がりなどうしょうもない自分。
だからこそ、こんな自分でも役に立つような場所がほしい。
“救った”という、事実が欲しい。
それさえ手に入れる事ができたなら、ミツキの手を受け入れられるのだろうか。
沈む心を奮い立たせ、夏波は定禅寺通への道を歩いた。
仙台駅のステンドグラス前といえば、仙台市民定番の待ち合わせ場所だ。土曜日の昼時ともなれば人がごった返しており、待ち人を探すのにはいささか骨が折れる。
だが、彼は『着いたよ』と連絡を入れてから、ものの数秒で夏波の目の前に現れた。
「こんにちは」
厚手のマフラーにマスク、それから帽子を目深に被った美月幸平は、ひらりと夏波に片手を振る。
「なんだかあったかそうですね」
「そういう夏波さんは、とっても寒そうだなぁ」
対する夏波はスキニーズボンとシャツの上からコートを羽織った格好で、確かにミツキの横に並ぶと少し寒々しく見える。
二人で軽く笑った後、ミツキが「さて」と切り出した。
「じゃぁ、行こうか」
ニコリ、と僅かに見えている目が細まる。夏波は表情を固くして、こくりと一つ頷いた。
「“神隠し”が起こったのは、定禅寺通りの交差点です」
歩いて二十分、と言ったところだろうか。地下鉄に乗ると早いのでミツキに提案してみたが、彼は「夏波さんとお話しながら歩きたいです」とまたストレートで
「あの……」
その後もさんざ質問攻めを食らった夏波だったが、その間隙を縫って口を開いた。
「どうしました?」
嬉しそうに夏波の顔を覗き込むミツキ。肩を強張らせ、夏波は「前から気になってたんですけど」と前置きをしてから問いかけた。
「ミツキさんって、……なんで僕に声かけたんですか?」
改札前で声をかけられた時。最初、彼は奇妙な質問をしながら夏波に声をかけてきた。
何故夏波が多賀城に行くと思ったのかもそうだが、どうして声をかけたのかが未だに腑に落ちない。
夏波の自己評価は、容姿は並以下、性格も良くないし、何か特技がある訳でもない。その上で、悲しくなるほど自己肯定感が低い事だけは自覚があるのだ。負の面しかない人間のどこに魅力を感じたのか甚だ疑問だった。
しかし、
「運命を感じたからです」
ミツキは片手を軽く握って言い切る。
「運命って……」
『本当に言う人がいるんだ』と半ば他人事の感想が頭の中をうろついた。表情を取り繕う事を忘れて、思わず苦笑をこぼす。
「あ、信じてないですね?」
「えと……すみません……」
「あはは、謝らなくていいですよ。半分は冗談ですから」
「半分は本気と……」
「言語化できない部分もありますからね」
ミツキはあっさりと認めた。
「でもあの時、ボクが声をかけた時に、反応するのが当たり前、みたいな感じで振り向いたじゃないですか。それで、『あ、この人良い人なんだな』って思いました」
「そうですかね……、大抵の人は振り向くと思いますよ」
「いやいや、そんなこと無い無い」
アーケードを通り過ぎ、幅の広い横断歩道を渡る。土曜日ということもあってか、人通りは多い。
「それに、一目惚れなんで。顔ですね」
「僕、顔が一番自信ないですが……」
「それは色んな人に喧嘩売ってますねー。とっても可愛らしいですよ」
グサリ、と胸になにかが刺さる音。
おかしい。漫画やアニメなら、こういう台詞を言われたら胸が高鳴る物だと聞いていた。なのにどうしてこう、痛みを伴うような高鳴りなのだろうか。
「可愛い……ですか……」
胸に刺さった何かを吐き出すように呟く。
ふとミツキが笑顔をしまって、恐る恐る夏波を伺いみた。
「あの……何か気に触りましたか?」
「い、いえ!そういう訳じゃないです。嬉しい、というか、恥ずかしいですね、アハハ……」
この場に三科が居たとしたら『お前マジで取り繕うの下手くそな』と笑われているのだろう。
無論そんな言い方で俳優が誤魔化されるわけもなく、ミツキはやはり不安そうにしていた。いまさら笑顔を引っ込めるわけにもいかず、夏波は押し通す。
「ホントに、気にしないでください。言われ慣れてないだけなんです」
言われ慣れていないのは本当だ。手をぱたぱたと顔の横で往復させて夏波は何でもないとアピールを試みる。ミツキは慌てふためく夏波の様子が面白かったのか、とうとう吹き出した。
「やっぱり優しいですよね、夏波さん」
「う……」
それは純粋に恥ずかしい。動きを止めて俯きがちに歩いていると、うっかり前方から来る早足の男性と肩をぶつけてしまった。
「あ、すみませ……」
「チッ……」
相手から最大な舌打ちをかまされて、夏波の心がべコリと凹む。
こんな些細な事ですらしばらく気にかけてしまう、自分の弱さが恨めしい。
「大丈夫ですか……?」
「あ、はい、すみません。不注意で……」
ふと、ミツキの手が肩に触れていた。庇うように、守るように置かれていたその手を見て、胸がざわついた。
「あ、し、信号、渡っちゃいましょう!」
咄嗟にその手から抜け出して、夏波はチカチカと点滅し始めた横断歩道に逃げ込んだ。
――どうしよう
渡り終え、そしてミツキと二人何事もなかったかのように並んで歩く。
先程と同じように、を心がけた。ミツキが楽しげに話してくれるのに対し、応答する。けれど、心の中の自分が酷く落ち込んでいるのだ。
――僕、やっぱりダメなんだ
夏波は決してミツキが嫌いな訳ではなかった。けれど、彼に触れられるのは嫌だった。
不快――とも少し違う。そこにあるのは明確な恐怖だ。
恐ろしいのだ、触れられることが。
夏波には、自分の良さがわからない。だから今は好いてくれる相手でも、いつか愛想を尽かされるんじゃないかという恐怖から逃れることができない。
ひとりぼっちは怖い。見放されるのも怖い。でも、近付かれるのはもっと怖い。
無ければ無いで諦めがつくけれど、あったものがなくなるのには耐えきれない、といえばいいのだろうか。
――どうにもならない
八方塞がりなどうしょうもない自分。
だからこそ、こんな自分でも役に立つような場所がほしい。
“救った”という、事実が欲しい。
それさえ手に入れる事ができたなら、ミツキの手を受け入れられるのだろうか。
沈む心を奮い立たせ、夏波は定禅寺通への道を歩いた。