第6話 始まり2
文字数 1,429文字
「申し訳ない…貴方にとんだ恥をかかせて…。」
間抜けな一人芝居を終えて意気消沈しながら席に着いた俺は、隣に座る藤に深々と頭を下げた。
藤は別に気にしちゃいねーよ、と言って気前よく笑う。
「ここの客はほとんど顔見知りだからな。それを言うなら要らなく恥をかいたのはアンタの方だろ。むしろ悪かったなぁ。」
「それは、もう…いや…いいんです…。」
先程の恥ずかしい場面を蒸し返された挙げ句、謂れのない謝罪を受けてしまった俺は表情が定まらず眉間に手を添えた。
そんな俺の気も知らず、藤は呑気にメニュー表を眺めながら話を続ける。
「それより、今ので完全に興醒めしちまったろ?そっちの方が問題だよな。お詫びに奢るよ。」
「は?いやいや、お構い無く!元々、それほど、楽しんでいたわけでは…」
「お?ひょっとして、自棄酒かい?」
言葉を交わして数回足らずで図星を突かれ、胸がざわめく感覚を覚える。
しかし、藤はどこ吹く風で店主に酒を頼んでいて、その質問にこちらが答えようが答えまいがどちらでも良いようだった。
その様子に俺は毒気を抜かれてしまい、まあ…と力なく肯定してしまう。
「そうか。仕事の不満?それともプライベートのことで?」
「…仕事のことです。不満では、ないですが。」
「ふーん。見たところ、敏腕そうな雰囲気だけどな、アンタ。お役所にでもいそうな感じの。」
「まさか。一般企業のサラリーマンですよ。仕事も別に…人並みです。」
投げやり気味に答える俺の話に、藤は店主から徳利とお猪口を受け取りながら、そうかそうか、と相槌を打った。
普段なら出会ったばかりの人間にこんな風に自分の情報を無闇に話して聞かせたりしないのだが、藤の軽快な会話のペースにハマると自然と口が滑らかになってしまうようだった。
いかんと思い気を引き締めようと一人顔に力を入れていると、テーブルに置いていた俺の空のお猪口に藤が自分の徳利を傾け酒を注いだ。
それがあまりに自然で流れるような動きだったので止める隙がなく、俺は狼狽えてしまう。
すると、そんな俺を余所に藤は頬杖を付いて口の端を"にっ"と持ち上げ、自身のお猪口を俺のにぶつけた。
「じゃ、今日は俺ととことん飲もう。自棄酒でも、二人で楽しめばそう悪くないもんになるかもだぜ。」
そう言って藤は喉を仰け反らせて酒を呷り、俺の自棄酒を強引に二人の酒宴に変えてしまった。
色々と言いたいことはあった。しかし、そんな俺に見向きもせず目の前でいかにも旨そうに酒を呑む藤の姿を見ていたら、何だか落ち込んでいるのも馬鹿馬鹿しくなり、俺も同じように酒を呷った。
それから俺達は、適当に当たり障りのない話をしながら酒を楽しんだ。
互いの生活の話や、趣味、好きな食べ物、最近読んだ本の話など。ほとんど喋っているのは藤だったが、自分のことを話すのが不得手な俺には丁度良かったし、藤の話術がなかなか巧妙なので聞くだけでも飽きなかった。
そうしていると、不思議なことにさっきまではいくら飲んでもまともに味も匂いも感じなかった酒が、まるで違うもののように美味しく感じていた。今日のこの席が、藤の言う通り「悪くない」ものになりつつあったのだ。
しかし、この時自分のアルコール許容量をとっくに超えていたことに俺は気付いていなかった。二人で二合徳利を5本空けた辺りで、既に記憶は、曖昧になっていた。
そして、目覚めた時には俺は"211号室"の畳の上に敷かれた布団に横たわっていて、家主である藤は俺の足下で、壁を枕に眠っていたのである。
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間抜けな一人芝居を終えて意気消沈しながら席に着いた俺は、隣に座る藤に深々と頭を下げた。
藤は別に気にしちゃいねーよ、と言って気前よく笑う。
「ここの客はほとんど顔見知りだからな。それを言うなら要らなく恥をかいたのはアンタの方だろ。むしろ悪かったなぁ。」
「それは、もう…いや…いいんです…。」
先程の恥ずかしい場面を蒸し返された挙げ句、謂れのない謝罪を受けてしまった俺は表情が定まらず眉間に手を添えた。
そんな俺の気も知らず、藤は呑気にメニュー表を眺めながら話を続ける。
「それより、今ので完全に興醒めしちまったろ?そっちの方が問題だよな。お詫びに奢るよ。」
「は?いやいや、お構い無く!元々、それほど、楽しんでいたわけでは…」
「お?ひょっとして、自棄酒かい?」
言葉を交わして数回足らずで図星を突かれ、胸がざわめく感覚を覚える。
しかし、藤はどこ吹く風で店主に酒を頼んでいて、その質問にこちらが答えようが答えまいがどちらでも良いようだった。
その様子に俺は毒気を抜かれてしまい、まあ…と力なく肯定してしまう。
「そうか。仕事の不満?それともプライベートのことで?」
「…仕事のことです。不満では、ないですが。」
「ふーん。見たところ、敏腕そうな雰囲気だけどな、アンタ。お役所にでもいそうな感じの。」
「まさか。一般企業のサラリーマンですよ。仕事も別に…人並みです。」
投げやり気味に答える俺の話に、藤は店主から徳利とお猪口を受け取りながら、そうかそうか、と相槌を打った。
普段なら出会ったばかりの人間にこんな風に自分の情報を無闇に話して聞かせたりしないのだが、藤の軽快な会話のペースにハマると自然と口が滑らかになってしまうようだった。
いかんと思い気を引き締めようと一人顔に力を入れていると、テーブルに置いていた俺の空のお猪口に藤が自分の徳利を傾け酒を注いだ。
それがあまりに自然で流れるような動きだったので止める隙がなく、俺は狼狽えてしまう。
すると、そんな俺を余所に藤は頬杖を付いて口の端を"にっ"と持ち上げ、自身のお猪口を俺のにぶつけた。
「じゃ、今日は俺ととことん飲もう。自棄酒でも、二人で楽しめばそう悪くないもんになるかもだぜ。」
そう言って藤は喉を仰け反らせて酒を呷り、俺の自棄酒を強引に二人の酒宴に変えてしまった。
色々と言いたいことはあった。しかし、そんな俺に見向きもせず目の前でいかにも旨そうに酒を呑む藤の姿を見ていたら、何だか落ち込んでいるのも馬鹿馬鹿しくなり、俺も同じように酒を呷った。
それから俺達は、適当に当たり障りのない話をしながら酒を楽しんだ。
互いの生活の話や、趣味、好きな食べ物、最近読んだ本の話など。ほとんど喋っているのは藤だったが、自分のことを話すのが不得手な俺には丁度良かったし、藤の話術がなかなか巧妙なので聞くだけでも飽きなかった。
そうしていると、不思議なことにさっきまではいくら飲んでもまともに味も匂いも感じなかった酒が、まるで違うもののように美味しく感じていた。今日のこの席が、藤の言う通り「悪くない」ものになりつつあったのだ。
しかし、この時自分のアルコール許容量をとっくに超えていたことに俺は気付いていなかった。二人で二合徳利を5本空けた辺りで、既に記憶は、曖昧になっていた。
そして、目覚めた時には俺は"211号室"の畳の上に敷かれた布団に横たわっていて、家主である藤は俺の足下で、壁を枕に眠っていたのである。
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