第7話 藤の存在1

文字数 1,684文字

大和と華丸は、口を半開きにして俺を凝視した。


「お前マジか、長谷見。そんな失敗大学生の時だってしたことなかっただろ。」

「にわかには信じがたいね…。」


二人からの概ね予想通りのコメントを受け、俺は眉間を指で押さえる。


第7話 藤の存在


「…だから言いたくなかったんだ。」


藤との間に起こった事の一切を説明し終えた俺は、熱くなる顔を誤魔化す為にグラスに残ったビールを一気に飲み干した。

当時ですら相当恥ずかしい思いをしたのに、それを改めて付き合いの長い彼らに話して聞かせるのは苦行以外の何物でもない。

酒でも飲まないと平静を保っていられないので、俺は二人より一足先に店員に追加の日本酒を注文した。


「なるほどねぇ…それは確かに俺らに隠したくもなるわな。納得納得。」

「…それを話さざるを得ない状況に追い込んだのはお前だがな、大和。」



他人事のように頷きながら顎を撫でる大和を射殺さんとばかりに睨み付けると、華丸が、まあまあ、と言って俺を宥めた。


「確かにはせらしくないエピソードではあるけど…酒の失敗の一つや二つ誰にでもあるさ。気にする程のことじゃないよ。」


そう言って小さく肩を竦めた華丸は、俺の話を聞く前に比べ厳しい雰囲気が些か和らいでいた。

俺はその様子に少しほっとして、伸ばしていた背筋から自然に力が抜ける。


「いつも程ほどの所で止めるお前に言われてもな…華丸。」

「僕だって、君と居ない時にはタガが外れることもあるよ。」

「お前がか?」


珍しく華丸が冗談を言うので、俺はまさか、と鼻で笑ってしまう。

華丸はそれに対し口角をあげて見せてから、ビールを口にした。

すると、今度はその様子を見ていた大和が、あれ、と意外そうな声をあげて華丸に視線を向けた。


「華丸、いいのかよ?藤君のことは。」

「え?ああ。」


大和に問われ、華丸は思い出したように声を上げてグラスを置いた。

余計なことを、と俺は内心苦々しく思いつつも、別に悪いことをしているつもりもないので、開き直って華丸を見据えその言葉を待つ。


「まあ…聞いた限りじゃ質の悪い人じゃなさそうだし、特に言うことはないよ。色々だらしなさそうっていうのは、気になる所だけど。」


華丸は溜め息混じりにそう言って、眼鏡をくいと指で押し上げる。


最後に刺のある評価がついたが、概ね好感触なその様子に俺はようやく肩の荷が下りた気持ちになり、つられて深く溜め息をついた。

そんなこちらの心中を知ってか知らずか、大和が暢気に笑いながら俺の背中を平手で一発叩く。


「良かったな、長谷見。これで晴れて藤君と公認の仲じゃん。」

「お前に言われると腹が立つな…。」

「にしても華丸、やけにあっさり引いたな。もっと問い詰めんのかと思ったのに。」


大和がつまらなさそうに頬杖をついてみせると、華丸はドリンクメニューに手を伸ばしながら少しムッとした表情をした。


「僕だって、何も好き好んではせの交友関係を気にしてる訳じゃない。ただ相手がはせを部屋に閉じ込めるようなヤバい奴じゃないって分かれば、それで十分なんだよ。」


何の気なしに放たれたその台詞に、俺はもとより、さすがの大和も顔をひきつらせた。

それというのも、華丸の言ったことは大学時代に俺に起こった実際の事件のことだからだ。


加害者は、当時俺が付き合っていた女性だ。

彼女は事あるごとに俺を家に呼んでは泣いて縋ってくるような繊細な人で、俺はそれを慰めたり、時には身の回りの世話をしていたこともあった。

俺なりに彼女を大切にするつもりでその要求に応え続けていたのだが、それは日に日にエスカレートし、最終的に彼女は手首に剃刀を当てて俺を脅し部屋に軟禁しだしたのだ。

その時、いち早く異変を察知し助け出してくれたのが、華丸と大和だった。

そんな訳でこの一件以来、俺は二人に頭が上がらないのである。



「華丸…お前のブラックユーモア、エッジが効きすぎて笑えないんだけど。」

「は?別に笑かそうなんて思ってないけど。」


至って真面目に答える華丸に、大和は苦笑しながらグラスのビールを飲み干した。

華丸からの悪意なき砲撃で被弾した俺は
居たたまれず、自ら部屋の入り口に向かい店員に声をかける。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み